その日は職員会議があるということで部活動は全校的に休止だった。休みにしている水曜日や、こんな風に部活がない日は決まって結月と帰っていた玲菜だったがこの日、結月は委員会があるということらしく、仕方なく玲菜は一人で帰ろうとしてした。
しかし、そこで天音と出会うと天音はせっかく部活がないのだから寄り道をしていこうと玲菜を誘ってきた。
おそらく、天音曰くの【デート】をしていなければ断っていただろうが玲菜はそれを了承していた。
「玲菜先輩は席取っておいてください。注文は私がしておきますから」
「あぁ、了解した」
訪れたのは学校の最寄駅近くのファーストフード店だ。
(さすがに、人が多いな)
全校で部活がないので、今の玲菜と同じ理由で寄り道している人間はかなりいるらしく、同じ制服の客がほとんどだ。
(ふむ、あそこにするか)
テーブル席はほとんど埋まっているようだったが、隅のカウンターの席がちょうど二つ空いており玲菜はそこに陣取った。
レジから離れてしまったので、天音が気づくだろうかと多少心配にはなるが、大丈夫だろうと玲菜は特にすることもなく正面の道路を見る。
駅前ということで人通りも多く、やはり同じ学校の生徒をよく見かける。
「そういやさ、演劇部のほうはどう?」
(ん?)
仕切りの向こう、直接は見えない隣のテーブル席からそんな言葉が聞こえてきた。
盗み聞きするつもりなどないが、演劇部という単語に反応してしまった。
確か座る前に同じ制服を見ていて、同じ学校の生徒だということは認識している。だが、知った声ではない。ということは、こちらではない演劇部のことだ。
そう考えた玲菜はそれで興味を失いかけたが、次の会話に聞き耳を立てることになる。
「確か、あいつ入らなかったんだよね」
「宮守?」
「そ、それ」
(宮守? ……天音のことか?)
同姓とも考えられるが、演劇部という単語が出ていたことを考えると天音に間違いないだろう。
「うん。見学は来てたみたいだけどね」
「ふーん。よかったじゃん」
(……………)
玲菜は目を細め仕切りで区切られた反対側に鋭い視線を送る。
あまり玲菜にとって面白くない会話だということがすぐにわかる。まして、天音にとってはなおさら。
「まぁねー、中学んときみたいなことになったら楽しくなくなっちゃうしさ」
「大変だったよねー、役は奪われちゃうし、いちいち何かとうるさいしさー」
「そうそう」
「あーあ、宮守が入らなかったんならあたしも演劇部にしとけばよかったかなー」
「なんなら今からでも入る。平和だよ。中学のときと違って」
「楽しくできるんならそれもいいかもねー」
「…………っ」
玲菜は拳を握りしめていた。
玲菜はこういったことに耐性がない。これまでほとんど結月以外の同年代とは話したことはなく、結月やそれ以外とも誰かの悪口というものは言ったことがないし、またいいようもなかった。
しかし、玲菜自身もともと正義感が強くたとえ、自分や知り合いでなくともこうした話題は聞くだけで気分が悪くなる。
それが自分の知り合いであればなおさらだ。
(っ………!?)
文句を言ってやろうと立ち上がろうとした玲菜は、視界の端に天音がうつったことに驚きを覚えた。
「……天音」
トレイを手にした天音は切なげな表情でそこに立っていた。
(聞いて、いたな)
どこからかはわからないがそれは間違いない。
「出るぞ」
それを判断した玲菜は天音のカバンを持ち、トレイを天音から奪うとそのままトレイごと商品を返却して、その様子を呆然と見ていた天音の手を引いて店から出て行った。
「もうー、玲菜先輩ってば、せっかく注文したのにお金の無駄じゃないですかー」
店を出て、玲菜の手から逃れた天音は玲菜の前で両手を後ろに組んでわずかにかがみながら口をとがらせた。
「む、それは、すまない。君の分も払おう」
天音の本音はともかく、普通であれば今のが本気ではなかったことはわかるだろうが玲菜は真に受けてしまいすぐに財布からお金を取り出そうとした。
「わ、わわ、じょ、冗談ですよぉ」
「しかし、君に無駄な出費をさせてしまったのは事実だろう」
「そ、それはいいですってば、確かにあそこで食べようって気分にはなれなかったですし。……というか、私の方こそ気を使わせてしまってすみませんでした」
それまで無理に気を高ぶらせたようにしていた天音だが、そのことに触れると急にしぼんだ風船のように小さくなった。
「やはり、聞いていたのか」
「はい。でも、別にそんなに気にしてはないですよ。あんなの」
その場でくるりと回って玲菜に背を向ける。
そして、そのまま歩き出し、少し遅れて玲菜も続いた。
「意外と冷静なのだな」
玲菜でなければ一連の行動に隠したい気持ちを見つけるのだろうが、そうした経験のない玲菜は自分の疑問だけを口にする。
「意外とってなんですかぁ? もう、玲菜先輩ってばいつも私のことどんなふうに見てるんです?」
「いや、もう少し怒ったりなんなりするかと思ってな」
「それ、フォローになってないんですけど………」
友人や、普通の先輩後輩という関係ならこういった会話にはならないかもしれないが、それが玲菜らしさでもあるとこのわずかな期間で理解する天音は、わずかに心を軽くし
「………まぁ、あのくらい。慣れちゃってますし」
反動でより深く心を鎮める。
「……そうか」
人の心を理解するのが苦手な玲菜であっても、慣れるということが悲しいことだということくらいはわかる。
「あは、そういうわけですから。心配してもらわなくても大丈夫ですよ」
「う、む………」
だが、玲菜はこういうときかける言葉を持っていなかった。
「んー、でも寄り道って気分じゃないですよねー。なーんかもったいないような気もしますけど、帰りましょうか」
「そう、だな」
結月ならこういう時になんと声をかけるのだろうかと、思案する玲菜だが答えは出てこず相槌を打つだけになってしまう。
「それじゃ、これで失礼します。また明日」
「あぁ、また、明日な」
ここからでは玲菜と天音は反対方向に向かうことになっていて、天音は最初だけ小走りに玲菜から離れ、すぐにゆっくりとした足取りになる。
玲菜はそれを見てはいたのだが、追いかけてもらいたいという天音の気持ちまでは察することができずにほとんど立ち止るような速度になる天音をしばらく見つめた後、踵を返して自分の帰路へとついてしまうのだった。