初夏の心地いい風が開け放たれた窓から入ってくる。

 玲菜はベッドのでカーテンがなびくのを見ながら物思いにふけっていた。

 いつも凛々しい表情をする玲菜であるが、今はどこかぼーっとして無防備な様子。結月ですらあまり見れない姿だ。

(…………)

 それをさせるのが誰よりも大切な結月ではなく、まだ会って二ヶ月ほどしかたたない香里奈であることは珍しいを通り越して、初めてのことだ。

「………むぅ」

 軽く唸り声をあげ、香里奈のことを頭によぎらせた玲菜は今悩みの原因となっていることを思い出す。

 

 

 それは、今日の帰りのことだった。

 部員たちを外に待たせ部室の戸締りをしていた玲菜のもとに香里奈が一人戻ってきた。

 何かようかと告げる玲菜に香里奈は

「今度のお休みひまー?」

「なんだいきなり。まぁ、休日に私の予定ができることはまずないが」

 唐突の質問に玲菜は自分にとっては当然ながら寂しいことを告げる。

「んーとね、暇だったら私の家に来てほしいなーって」

「君の家に?」

「うん」

「なぜまた君の家なんだ」

 これが遊びの誘いであれば、初めての相手をいきなり家にさそうというのも珍しいだろう。

「お姉ちゃんにぶちょーのこと話したら連れてきなさいって」

「君の姉が?」

「うん。ぶちょーと話しがしてみたいんだって」

 これが普通の相手であれば玲菜は断っていただろう。もともと人づきあいは苦手なのだ。香里奈相手ならともかく、その姉というのでは話すこともなく気まずい思いをするだけに思える。

 まして、自分の予定はなくとも結月に予定があればそれに付き合うのは玲菜にとっては当たり前のことで結月の予定も聞かず頷くのは普段の玲菜ならあり得ないことだ。

「…………わかった。お邪魔させてもらおう」

 だが、この時のしばらく考えた後玲菜はそう頷いていた。

 

 

「ふぅ……」

 思考を現在に戻した玲菜は小さくため息をつく。

 これまですべて結月を中心に生活をしたいたのに、それを崩す相手が香里奈で会った子とは自分でも驚くことだった。

(考えすぎかもしれないというのはわかっているのだがな)

 今回玲菜に頷かせた理由それはもちろん、香里奈の家庭のことだ。正確に言うのなら玲菜が勝手に想像している香里奈の家庭の問題だ。

 親のようなことをする姉と、年齢以上に子供である香里奈、親がいないという香里奈の言葉。

 そして、今回の誘い。

 朝おこしたり、弁当を作るというのは姉としてはありえることだろう。だが、妹が学校で付き合っている相手をわざわざ家に呼び話してみたいというのは明らかに普通の姉の立場を逸脱している。

 また、親であってもいまどきこのようなことはしないだろう。

 そこには普通ではない理由があるはずである。

 そして、そこには玲菜の予想する事態もあるのかもしれない。

(しかし、だとしたらどうするというのだ?)

 自分の予想通りの事態があったからとはいえ、それが何かをもたらすとは限らない。しかし、それでも話してみたいというのが玲菜の本音だった。

「よし」

 自分の決意を固めた玲菜はベッドから立ち上がると部屋を出ていく、そのまま玲菜は隣の部屋のドアをノックした。

「結月、入るぞ」

 返事を待つこともなく玲菜は結月の部屋の中に入っていく。

「あ、玲菜ちゃん。今行こうと思ってたんだ」

 玲菜の部屋同様に一人にしては不相応に大きな部屋。玲菜の歳を感じさせない簡素な部屋とは異なり、小物やぬいぐるみなどがあふれた少女らしい可愛い部屋。

 窓辺の前にある机でパソコンをいじっていた結月は玲菜の来訪に嬉しそうな声をあげた。

「ふむ。そうか」

 玲菜はまっすぐと結月のもとへ歩いていき隣にある自分用のイスに腰を下ろした。

「何か、用なのか?」

 自分こそ用があって結月に会いに来たが、結月が会いに来ようとしていたということに結月も話があるだろうと優先する。

「用っていうか、今度の休みに姫乃ちゃんと買い物行くから玲菜ちゃんに一緒にどうかなーって」

 パソコンを閉じた結月はイスをくるりと回転させて玲菜に向き合う。

「…………」

 結月の何気ない誘いに思わず閉口する玲菜に。

「玲菜ちゃん?」

 結月はそれにいち早く気づく。普段なら考えるまでもなく、「そうか」と了承してくれる。結月の誘いや頼みごとを断るなど玲菜にはありえないことなのだから。

「…………すまない。その日は、駄目なのだ」

 香里奈の家に行くという予定は決めていても、それでも結月の誘いに迷った玲菜だったが結局はそう口にした。

「そう、なんだ」

 結月も当然OKがもらえると思っていたぽかんとする。

「その日は、香里奈と約束があってな」

 実際にはまだ返事をしていない。だが、玲菜の中ではそれはもう決定事項となっている。

「香里奈ちゃんと?」

「あぁ。なんでも姉に会って欲しいそうだ」

「? 香里奈ちゃんのお姉ちゃんに会うの?」

「あぁ」

「ふーん?」

 姉に会うという妙な用事に結月は首をひねるものの、玲菜にもその理由は説明できないこと。

「私自身も多少興味があってな」

 だからこそ、玲菜は自分の意見を述べた。

「へぇ」

 結月はそれに感心とも感動とも感嘆ともいえない顔をする。

「すまないな。付き合えなくて」

「ううん、そんなことないよ。そういうの、玲菜ちゃんに取ってはいいことだって思うし」

「む、そう、か?」

 今までの玲菜は結月中心だった。結月が何かを言えば、たとえ自分に予定があろうとも結月のことを優先する。

 それは結月にとっては嬉しいことではあったが、同時にそれではいけないとも考えていた。そんな玲菜が自分の誘いを断り、予定があったとはいえ自分を優先することは、まるでこの成長を感じる親のような気分になった。

「でも、玲菜ちゃんがそんなこと言い出すなんてね。やっぱりあれかな? 学校行くようになってよかった?」

「さてな。去年は退屈で仕方なかったが。まぁ今は、嫌いではないよ」

 そう告げる玲菜の表情はやはり今まで結月が見たことのないもので、そんな玲菜に結月は嬉しさとともにわずかな寂しさを感じた。

 

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