「え? じゃあ、久遠寺先輩、来ないんだ」

 翌日、休み時間に昨夜のことを結月が話すと、姫乃は多少驚いたように言った。

 姫乃もまた玲菜のことは他の相手よりも知っているつもりだ。その上、これまでのなんでも結月を優先してしまうことを結月が憂慮していたのも知っている。

 だから、今回も当然玲菜がついてくるものと思っていた姫乃は結月に気づかれない程度に落ち込む。

「うん。なんか香里奈ちゃんと約束があるみたい」

「初音さん? ………なんというか、意外な組み合わせね」

 玲菜が来ない理由に意外な相手の名が出てきて姫乃は表情を変化させ、しばし言葉を探した後に素直な疑問を口にした。

「だよねー。接点が見えないっていうか、しかも理由がわけわかんなくてさ。香里奈ちゃんのお姉さんに会うんだって」

「え?」

「って、なるよね。ただでさえよくわかんないのに何で、お姉さんって話だし」

「まぁ、そう、ね。でも、意外よね。中学の時は結月のこと以外じゃ、興味なさげだったのに。確か、この前の連休も宮守さんと出かけたんでしょ」

「うん。あれは、玲菜ちゃんの中じゃ部活の用事ってなってるみたいだけど」

「それにしても、やっぱり意外……っていうか、変わったわね」

 去年までの玲菜を知っている姫乃は、結月以外の相手と出かけたというところですでに驚きを隠せない。

 玲菜と知り合ってもう数年になるが、玲菜にとっての優先順位は何を置いても結月だということは身をもって知っているから。

「けどさ、玲菜ちゃんにも言ったけど、それっていいことだって思うよ」

「そうね。いつまでも結月の世話ばかりさせてちゃ久遠寺先輩も可哀そうだし」

「別にそんなのさせてないよー」

「あら、この前久遠寺先輩言ってたわよ。せめて朝くらいは一人で起きてほしいって」

「そ、それは……」

 実は今朝も玲菜に起こされているだけに、結月は口をとがらせることもできず閉口するしかなかった。

「他にも……」

「あー、もう、それはいいっしょー。とにかく、玲菜ちゃんは来れないってことでオッケー?」

 このまま姫乃に話させても自分にとって愉快にことにならないのは明白で結月は無理やりに話を最初にもどした。

「はいはい。別にそれで予定を変更させるほどじゃないわよ」

 姫乃は口ではそういうものの

(そっか。来ないんだ)

 と、若干心を動揺させていた。

「?」

 結月はそんな姫乃に何かいつもと違うかなと程度に思い首をかしげるものの言葉までは出てこず

「にしても、初音さんのお姉さんと何を話すのかしらね」

 もっともな話題で話すをそらす姫乃に

「さぁー?」

 と、まんまと引っかかってしまうのだった。

 

 

(しかし、何を話すつもりなのだろうな)

 約束の当日玲菜はそんなことを思っていた。自分には自分なりの目的がある。

 だが、香里奈の姉の目的はまるでわからない。

 香里奈が玲菜のことを姉にどう話しているのか知らないが、どう話されているとしても家に呼ばれて話がしたいなどと言われるのは改めて考えてみても普通ではないことだ。

 たとえ、玲菜の想像が当たっていたとしても、だ。

(まぁ、考えても仕方ないか)

 今日も制服姿の玲菜は待ち合わせ場所からすでに香里奈の家の目の前にいる。こじんまりとし、青い屋根が特徴の家。

 二人で住むのなら不釣り合いに広そうな家だ。

(しかし、制服でなくてもいいものなのだろうか)

 以前天音と出かけた時にも制服であることを意外に思われ、今回も待ち合わせ場所に行くなりなんで学校に行くんじゃないのに制服なの? と香里奈に言われてしまった。

 家族に挨拶をするのだから、まともな恰好でと考えてのことだったがそれはどうやら一般ではないらしい。

「ただいまー」

 そうこう考えているうちに香里奈はチョコレート色のドアを開けて家の中に入って行ってしまった。

「お邪魔します」

 玲菜も挨拶をして香里奈の後ろに続くと、靴を脱ぎながら玄関を見る。

(………………)

 香里奈の学校指定の靴。かかとの高いヒールに、同じ持ち主であろう運動靴。

 それだけだ。

(ふむ)

 もちろん、これだけで何かと言えるものではない。しかし

 と、玲菜が想像をめぐらせたところで廊下から軽い足音が聞こえてきた。

「おかえりなさい」

 と、落ち着いた声で言ってきたのは、香里奈より、玲菜よりも小柄な女性。といっても結月や天音のようでなく一般的な体型だ。

 見た目は二十歳そこそこと言ったところだが、どことなく雰囲気が歳不相応だ。ただ、顔だちは香里奈に似ており、姉妹ということはわかる。

「お姉ちゃん。ただいまー」

 香里奈はその姿を見つけると距離もないのに大きな音を立てて姉のもとに駆け寄って姉に抱き着いた。

「くっつかないの。それより、帰ってきたらまずはうがい手洗いでしょ」

 香里奈の姉はそのことに何か感想を漏らすこともなく、落ち着いてそういうと、香里奈は、はーいと大きな声を出して洗面所と思われる方向に向かって歩き出す。

「終わったら、お茶とお菓子が用意してあるから応接間に持ってきてね」

「うん。お姉ちゃん」

 姉妹の会話を聞く玲菜だが、それは姉妹というよりは親子の会話にもとれる。

「さて……」

 香里奈が視界から消えると姉はまだ玄関を上がったところにいる玲菜に向き直った。

「貴女が部長さんね」

「あ、あぁ…いや、はい」

 一瞬、部長ではないと訂正しようとも思ったがそれをしても話がややこしくなるだけなので素直にうなづく。

「そう。私が香里奈の姉の茉利奈よ。よろしくね」

 そんな玲菜に茉利奈は香里奈と似た顔でまったく別の笑顔を見せた。

 

 

 

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