通されたのは玄関から入ってすぐ応接間だった。

 六畳ほどの大きさで応接間らしい豪華なイスと、質素なテーブル。余計なものは置いてなく、またあまり使用されているようにも見えなかった。

「今日は来てくれてありがとう」

 テーブルを挟んで対面したイスに座ると茉利奈はまずはそう礼を言った。

「いや……」

 年上と話した経験がほとんどない玲菜は思わず、そう言ってしまってすぐに「いえ……」バツの悪そうに切り替えた。

「無理に敬語じゃなくてもいいわよ。私も堅苦しいの苦手だから」

 その様子を見た茉利奈は優しく微笑みながらそう言った。

「そういうわけには」

 いくら常識のない玲菜と言えどたやすくうなづきはせずに遠慮を見せる。

「いいから。あなたの話やすいようして」

 だが、茉利奈は引くことなく再び笑顔で、玲菜の心を見透かすように言ってきた。

「む……それ、では。そうさせてもらう」

 ここで押し問答をしても仕方ないと判断した玲菜は茉利奈の提案に頷くと、同時に応接間のドアが開いて香里奈が入ってきた。

「はーい。お茶だよー」

 お盆にお茶と、菓子を乗せた香里奈は二人の前に来ると少し乱雑な手つきでそれらをテーブルに置いた。

 それから、玲菜の隣に座ろうとする香里奈に。

「香里奈。あなたは遠慮して頂戴」

 茉利奈は退席するよう求めた。

「えー、私も一緒がいいー」

「ごめんなさい。二人で話したいの」

「……むー」

「今度またお菓子作ってあげるから」

「え、ほんと!?」

「えぇ。香里奈の好きなものを作ってあげるわ」

「わーい。じゃあ我慢する。ぶちょー、ゆっくりしてってね」

「あ、あぁ」

 学校で見る時よりもさらに幼く見えるやりとりに多少狼狽しながらも頷くと、香里奈は部屋を出て行った。

「恥ずかしいところ見せちゃったからしら?」

「い、いや。家でもあのような感じなのか」

「ってことはやっぱり学校でも同じなのね。ふふ、子供っぽいでしょあの子」

「まぁ、個性的ではあるな」

 正面から子供だとはさすがにいいづらく言葉を濁すが、それは認めているようなものだ。

 それをわかるのか、茉利奈は軽く笑うと香里奈の持ってきたお菓子に手を付け、玲菜にも進めてきた。

 そうして、菓子とお茶を口にしながら最初は茉利奈が玲菜のことを軽く聞いていく時間が過ぎる。それから部活の話にうつり、実は部長ではないこともついでに伝えた。

 さらに、今度は茉利奈の高校時代の話をされ、玲菜は素直に聞くがそれまでの時間に呼ばれた理由にあたるものが見当たらないことに疑問を持ち始めた。

「それで、今日は何の用なのだろうか」

 ふと、話が途切れた一瞬玲菜は香里奈の持ってきたお茶の最後の一口を飲み切り出した。

「む……そう、ね」

 玲菜のその一言を聞くと、茉利奈は少し困った顔になった。

「実は………用ってほどのことじゃないのよ」

「む?」

「あの子が、貴女のことを楽しそうに話すからどんな人なのかって思ったのよ」

「それだけ、だろうか」

 何か深い理由があるのではないかと勝手に思っていた玲菜は拍子抜けした気分になる。

「えぇ。さっきも言ったけど、あの子子供でしょう」

「……否定は、できないな」

 さきほどは言葉を濁したが二度目となるとも消極的に認めてしまう。

「だから、あんまり周りの子と合わないみたいでね。友達はいるみたいだけど、仲のいい相手ってあんまりいないみたいなのよ」

「そう、か」

「まぁ、私があんな風に育てたのが悪いのかもしれないけれどね」

「そだ、てた」

 それは異常なセリフだ。茉利奈は見たところまだ二十歳そこそこと言ったところだ。今現在は働いていてもおかしくないが、育てたというのはおかしい。

「えぇ。……もしかしたら聞いてるかもしれないけど、うち親がいないのよ」

「っ………」

 玲菜の心に衝撃が走る。

 それはどこかで予想していたことではあった。その予想が的中したことと、

「あの子が、まだ小学校に上がるくらいの時に、事故で、ね」

 死別という事実に玲菜の心は揺れる。

「それは……」

 言葉が見つからないのと、それ以上に心に何かが渦巻いて玲菜はその先を言うことができない。

「それからは祖母が育ててくれて、あ、この家も祖母のなんだけど、祖母も忙しくてね。私がずっとあの子の面倒見てたんだけど」

 ずっと甘やかしてきたのだろう。

 玲菜にはその気持ちがわからないでもなかった。

 まだ小学校にすら上がらない妹が突然親を亡くした。死ということをきちんと理解できていないであろう妹に厳しく当たるなど不可能だろう。

 そうして、ずっとそれが変わることなく続いてしまったということ。

(なるほどな)

 そう思えば香里奈の子供っぽさにも得心がいく。

 香里奈と同じ立場ではないから完全にわかるわけではない。だが、親がいないということによりひずみが生まれるのはあり得ることなのだろう。

「……………」

 脳裏に香里奈の姿が浮かぶ。ぶちょーと無邪気にしたってくる香里奈の姿が。

「何かあってもきつく言えなかったりするし、ついね、甘やかしちゃうのよ」

「そうか……」

「子供なところはもちろんだけど、結構世間知らずだし、落ち着きもないし。だから、色々心配なの。貴女からしたらこんな話されても迷惑かもしれないけど、どんな人と付き合ってるのか知っておきたかったのよ」

「いや、迷惑などではない。私も話を聞けて良かったと思う」

 それは玲菜の本心だ。知ってどうなるわけではない。予想が当たったから喜ぶということでもない。

 だが、少なくても香里奈への関心は高まった。もうただの後輩とは思えないほどに。

「ありがとう」

 同時に玲菜は茉利奈へ尊敬にも似た気持ちを思う。

 親を失ったのは茉利奈も同じはずだ。死を意識せずにそうなった香里奈もそうだが、茉利奈はすでに死がどんなものかわかっていただろう。

 それを乗り越え、こうして今香里奈を育てている。それは、決して簡単なことではなかったはずだ。

「でも、本当に心配なのよ」

 玲菜が畏敬の視線を送っていると急に茉利奈は空気を弛緩させた。

「あの子可愛いし、素直だし。世間知らずで、常識もないけど、そんなギャップがまたたまらないの。いつまでも甘えさせるのもどうかとは思うんだけど、膝枕をねだってきたりとか、一緒に寝たいとか誘って来たりするのも可愛くて、つい言うこと聞いちゃうのよ。あ、それとね、お菓子を食べてるところとかすごく幸せそうな笑顔で………」

 早口に香里奈への姉妹愛を語る玲菜に一瞬玲菜は呆気にとられる。

「この前なんて……」

 始まりを見せたそれは簡単にやむことはなくほとんど玲菜を無視して一方的に続いていく。

(……なるほど)

 その姿を見て玲菜は心の中で頷く。

(これが、シスコンというやつか)

 延々と続く香里奈への愛に玲菜は、自分のことを棚に上げ冷静にうなづくのだった。

 

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