「………ふむ」

 夜も更けってきたころ、玲菜は自室の机で窓の外を見つめていた。

 昼間から降り続く雨は今もやむことはなく暗い空から音の調べを奏でている。

「…………」

 玲菜は手元にあった本を閉じるとその音に耳を傾ける。

 いくつかの音。

 屋根に落ちる音。地面に落ちる音。木々に落ちる音。それに時折濡れた地面を切り裂くように車が走る音が聞こえる。

 この時期、毎日の雨に気がめいるというものは多いかもしれないが玲菜は雨が嫌いではなかった。

 こうして独特の音を響かせてくれることももちろん、雨の音も空気も匂いも、冷たさも嫌いではない。

 雨が作り出すどこか普通ではない雰囲気それが玲菜は好きだった。

 また、その中に身をさらすことも嫌いではない。

 雨の中傘を差さずに濡れる。その感覚は玲菜にとって好きと言っていいものだった。

 雨は隠してくれるから。

 それが一時的なもので、なんの解決にもならないと知っていても、玲菜は雨が嫌いではなかった。

(もっとも、そんなことをするわけにはいかないがな)

 そんなことをすれば結月が怒る、心配する。

 それは玲菜の望むことではない。いや、絶対にしてはいけないことなのだ。ただでさえ結月には苦労をかけているはず。

 これ以上結月に心配をかけることはできない。

 もっともその原因は百パーセント自分にあり、それを解決する術も自分にあるのだが。

(………だが、な)

 玲菜は苦虫を噛みしめたような顔で唇をかみしめる。

 それを選ぶという考えすら思い浮かばない自分に。

 ザー。

 だから、玲菜は今日も見つめるだけだった。

 何もせずただ、独りの時間を過ごすだけだった。

 

 

 玲菜は学校にいる時は基本的に一人だ。

 登校や下校、昼休みなどは結月と一緒にいるが、それ以外の時間、普通の休み時間や授業中などは最低限のことしか口にしないで一日を過ごす。

 それをそれほど気にしていない玲菜ではあったが、苦手な時間というものは存在する。それは予想に難くない時間。

 グループやペアを組んでする授業だ。

 体育はもちろんのこと、音楽や家庭科など玲菜は自分からどこかのグループに入ることはなく決められたものに従い、そこで最低限の役割だけを果たす。

 苦痛というほどではないが、玲菜にとってはあまり嬉しくない時間だった。特に去年などは本当にすべての時間で独りだった。

 今年もほとんどの授業は去年の通りだが、唯一独りではない時間があった。

「済まないな。私などのところに来させてしまって」

 その唯一授業中に一人でない時間、選択音楽の時間で玲菜は自分とペアを組んだ洋子に謝罪とも礼ともいえることを口にする。

「う、ううん」

 この学校の音楽の授業は少々変わっているところがあり、もちろん全体の講義なども行うが、二ヶ月に一度、数人のグループになって音楽の発表を行う時間がある。

 一人でできないということに困り果てる玲菜だったが、洋子が一緒にやろうと誘って来て、今はこうして二人で課題曲の練習をしている。

「私は好きで久遠寺さんと一緒にいるから」

「ふむ。それは嬉しいが、私では足手まといだろう。音楽は得意でないしな」

「わ、私もあんまり得意じゃないからお互い様だよ」

 二人で楽譜を見つめるものの手を動かさずに口ばかりを動かしているが、それは周りとて例外ではなく自由練習という名目に周囲には談笑の声ばかりが響く。

「だが、気心の知れたものと組んだ方がよかっただろう」

 玲菜は不真面目ではないが、真面目でもない。こうした時間に仲のいい者といわゆるおしゃべりをしていまうのは当然と考えているし、またそれはある意味必要なこととも考えている。

 その時間を自分のために費やさせてしまうということに多少なりとも罪悪感を感じていた。

「そんなこと……。さっきも言ったけど、私は私がそうしたいって思ったから久遠寺さんと一緒にいるんだし。というか、あんまりそういう言い方されると迷惑かなって思っちゃうんだけど」

「む、それは、すまないな」

 もちろん玲菜にそんな意図はない。というよりも、感謝をしている。ただ玲菜は自分への評価が低すぎるせいでそんな言い回しをしてしまうのだ。

 それと同時に。

(やはり気を使わせてしまっているか)

「今度、何か礼をさせてもらうよ」

 と、あくまで洋子の気持ちを自分の基準でしか考えられなかった。

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