梅雨の雨は相変わらず断続的に降り続き、そろそろ夏の暑さと抜けるような青空が恋しくなるような時期。

 外でする部活であれば、活動が制限されることも多いだろうが幸いにしてこの児童演劇部では天気に関係なく、今日も部活に励む日々だ。

 部室のソファに座り本を手に、練習風景を時折眺めることが日課の玲菜ではあるが、最近それにちょっとした変化が出るようになった。

 以前はほとんど本に集中し、練習はBGMのように聞いていただけだったが近頃は本から目を離し結月たちを見つめる時間が多くなってきている。

 結月たちがしていることは何も変わっていないが、自然とそういう時間が増えていた。

 それは天音や香里奈をはじめ、結月以外の人間と交流によってのものだが、玲菜自身はまだそれに気づいてはいない。

 だが、それとは別に玲菜も自覚する部活を始めたころとは明らかに違うことがあった。

「玲菜先輩。これ、調理実習で作ってみたんですけど、食べてみてください」

 甘えた声を出してそういってくるのは天音だ。演技をしている時とはまた違う可愛らしい笑顔で、玲菜にクッキーを差し出す。

「む、いいのか」

「はい。もちろん」

「なら、遠慮なくいただこう」

 手渡しにクッキーを受け取りその一枚を口にする玲菜。

 さっそく口にすると、バターの香りとともに甘い味が口の中に広がる。

「どうですかぁ?」

「うむ、美味いよ」

「よかった。いっぱいありますからどんどん食べてくださいね」

「あ、じゃあ私もー」

「ん?」

 と、横から声と手を出してきたのは香里奈。玲菜が状況に反応する前に天音からクッキーを奪う。

「あ、ちょっと、あんたにじゃないって」

「えー、いいでしょー。いっぱいあるって言ったんだからー」

「あんたの分はないの」

「ケチー」

「はいはい。初音さん、私のをあげるから、それで我慢してね」

 今度は姫乃がほぼ同じクッキーを持って玲菜のもとにやってきた。

「わーい、姫ちゃんありがとー」

 別に誰のということにこだわりのない天音は姫乃からクッキーを受け取ると幸せそうにほおばる。

「よかったら久遠寺先輩もどうぞ」

「いただくよ」

 姫乃から受け取ると先ほどと同じように一口、食べ

「ふむ、こっちも美味いぞ」

 同じ感想を口にする。

「ありがとうございます」

 玲菜としては、お世辞というわけでも社交辞令というわけでもなく本心をただ伝えただけだったが、同じ感想に天音は気づかれない程度に頬を膨らませる。

 そんな賑やかにして微笑ましいやり取り。

 これが、以前と比べ明らかに変わったこと。

 休憩時間になると自然と玲菜の周りに人が集まるようになっていた。主には天音と香里奈だが、姫乃やあまりこないが結月や洋子も来て、部員全員がそろうこともある。

(む?)

 が、今日は二人とも寄ってくる気配はなかった。

 結月は離れたところで台本を読んでいるが、洋子は

(……どうかしたのか?)

 はたから見ても思いつめたような顔をしてただぼーっとしている。

 あえて学校では離れることの多い結月は普段通りだが洋子はこういう際には寄ってこないとしても様子をうかがうことが多いのに、今日はまるで玲菜たちのことなど気にならないかのように佇んでいる。

 その様子が気になった玲菜は声をかけようと息まで吸い込んだが

「っ」

 ちょうど洋子がこちらを向き、玲菜はそのまま口を閉ざす。

「あの、ごめんなさい。今日は帰らせてもらうね」

「ん、あぁ。それは構わないが」

 当然のように部長である結月ではなく、玲菜に告げて洋子は自分の荷物を取ると

「ごめんなさい、また明日」

 そそくさと部室を出て行ってしまった。

 その背中に口々にお疲れ様と声をかけるものの玲菜を含め、様子のおかしい洋子に首をかしげるのだった。

 

 

「やはりお前もそう思うか」

 ベッドの上で玲菜は膝の上に乗る結月の頭を撫でながら得心したようにうなづく。

「うん〜。私もっていうよりもみんなだと思うけど」

 結月は目を閉じながら玲菜の膝と、頭を撫でられる感覚に酔いしれながら答えた。

「ふむ、神守。何か悩んでいるだろうか」

 今二人の話題に上がっているのは洋子のことだ。以前、部活途中で帰ってしまったことと最近練習中に呆けていることが多いと感じた玲菜は結月とそのことに関して話していた。

「気になるなら聞いてみればいいんじゃない」

「それは、まぁもっともだが」

 それは結月と話すまでもなく思っていたことではある。本人のいないところでいくら話したからと言って問題が解決するはずはないのだから。

 と、冷静に考える玲菜だったが結月が続けた一言に思わず狼狽する。

「友だちなんだし」

「っ友だち。私と、神守がか?」

 それは玲菜にとって意外な単語。いや、予想もしていなかった言葉だった。

「そうじゃないの?」

 玲菜の反応に結月は目を開けると、玲菜を見上げながら見つめる。

「いや、違うだろう」

 そして、玲菜の反応に寂しさを感じつつも、予想の範囲の返答にまるで母親のような困った表情を見せた。

「でも、よく話すんでしょ」

「まぁ、同学年では唯一の話し相手かもしれんが」

「なら、友だちだよ」

「そういう、もの、か」

 玲菜は結月に添えていた手を止め、思案顔になる。

 自分の感覚と結月の感覚が異なる場合。そんな時は結月の感覚のほうが正しいと玲菜は思っている。まして、人の心の問題となればなおさらその傾向は強い。

 しかし、

(私などに友だち?)

 玲菜はそのことに違和感を覚えずにはいられなかった。

 玲菜にとって知り合い以上の人間は結月以外にはありえなかったから。数年前から付き合いがある姫乃にしても友だちという感覚は持っていなかった。

「だって悩んでるのが気になるんでしょ。知り合いとか、部員だからとかだけじゃそこまで気にしないよ普通。友達だから気になるの」

 そんな玲菜の思考を読んだように、結月は自分の考えを押し付けていく。

「む、ぅ………」

 ただそれでも玲菜は納得がいかないのか難しい顔をするばかりで、結月の思惑通りには進まない。

「じゃあ、友だちかどうかは置いといてとりあえず聞いてみれば? 悩んでるのってあんまり玲菜ちゃんらしくないよ?」

 玲菜の心の動きが手に取るようにわかる結月はそう方向転換をさせて、少しでも自分の望む方に持っていくことにした。

「そう、だな。そうしてみることにするよ」

 そして、それが叶ってとりあえずは安心するとともに、手のかかる娘を持ったみたいだなと自分をおかしく思った。

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