その日は休日だったが、夏休みの予定を決めようということで部室に集まるということになっていた。

 玲菜は当然結月と一緒に行くはずだったが、結月が忘れ物をしたということで一人先に行くことにした。

「むっ?」

 先に部室の前に来た玲菜は扉を見るなり疑問を持つ。

(誰か先に来ているのか?)

 部室の扉が半開きになっている。鍵は玲菜が管理しているが、一つは常に職員室に置いてある。なので、誰かが玲菜よりも先に来て部室を開けていることはあり得ることだが、自分が先に来ているものだと思っていた玲菜は誰だろうと軽く疑問を持って扉を開けると

「……………?」

 思いもしなかった事態に目を丸くする。

 はっきり言って異常事態ともいえることが玲菜の前で起きていた。

 そこにいたのは小さな女の子だった。

 小学校の低学年程度だろうか、いつも玲菜がいるソファに座って開いた扉に反応して玲菜を見つめてくる。

(な、なんだこれは?)

 状況を飲み込むことができない。

 てっきり部員の誰かがいると思っていたのに、いたのは小さな女の子のみ。他に人は見当たらない。

 カギがかかっていたはずなのだから、一人で来たということではないだろうが連れてきたと思われる人物は見当たらない。

(誰かの妹か?)

 それが一番現実的な考えだろうと思い、玲菜は部屋の中に歩を進めソファに近づいていく。

(む……見られているな)

 ソファにいる少女は玲菜が近づくたび感情の読めない顔で玲菜を見つめてくる。

 なんとなくこのまま近づいていいものか玲菜はつい足を止めた。

「……………」

 二メートルは離れている位置ではあるが、少女は一向に玲菜のことを見つめてやまない。

(ど、どうすればいいのだ)

 玲菜は心の底からそれを思った。

 いくら謎の少女がいるからといって、このまま部室を出るという選択肢はない。

 また、声をかけてみるというのは玲菜には選びづらいことだ。同級生ですら何を話せばいいのかわからないというのに、まるで見知らぬ少女相手など余計にどうすればいいのかわからない。

(むむ…………)

 玲菜が対処に困っている間にも少女は玲菜を見つめることをやめない。

 幼い瞳から玲菜へと放たれる視線は、好奇に満ちているようにも品定めをしているようにも思える。

(動物などではこういう時に目をそらした方が負けだというな)

 なぜか玲菜はそんなことを考え、思わず瞳をそらしそうだった自分を奮い立たせ眼光するどく少女を見つめ返す。

 すると

「ふぇ………」

 少女が怯えたような声をだした。

「っ!!?」

 それだけでまずいことをしたという自覚は生まれ、決してそんな意図はなかったのだと少女に伝えるために近づこうとするが

「っ!!!??」

 少女は明らかに体を震わせた。

(む……むむ、む………)

 これ以上近づくのは、得策でないと判断し玲菜はその場にくぎ付けとなる。

 泣かれ大きな声でも出されれば、状況からして玲菜に得はない。下手をすれば犯罪者扱いをされかない。

 かといって結月なり、おそらく一緒にきたであろう少女の姉を待つというのも時間がわからないということを考えればあまり上策とも思えない。

「…………」

 結局玲菜にできたのは、少女の様子をうかがいながら数歩下がるだけだった。

(は、早く誰か来てくれ)

 めったに玲菜が考えないことを思い玲菜は時間が実際の何十倍にも感じる時間を過ごす。

 そして、実際には数分だっただろうが、玲菜には十分にも二十分にも思える時間が過ぎ、この心細い孤独から開放される。

「おはようー」

 そう明るく言って入ってきたのは

(香里奈、か)

 ある意味一番子供でなく、ある意味一番子供である香里奈だった。

 この場において適切な人物であるかはわからない。だが、なによりもこの気まずさから開放されることを望んだ玲菜はすがるように香里奈を見つめる。

「んー?」

 香里奈は玲菜のその視線と部屋の異様な状況に首をかしげた。

「あれー? なんか小っちゃい子がいるー」

 まずは当然ながらそれに着目した。

「ぶちょー、この子どうしたのー?」

「いや、私にもよくわからんのだ。お前の知り合いでもないのか?」

「うんー、知らない子―。でも、可愛い」

「感想は聞いていないが」

「えー? ぶちょーは可愛いって思わないのー?」

 相変わらず香里奈はずれたことを口にする。

「まぁ……可愛らしいとは思うが」

 改めて少女を見た玲菜は香里奈と同じ感想を持ち、改めて少女を見つめる。

 子供らしいフロントにリボンのついたワンピースに、みずみずしい肌。力を込めればそれだけで折れてしまいそうな小さな体。

 だが

(……やはり、おびえられているな)

 少女を観察する玲菜の視線に明らかに少女は居心地悪そうにしている。

「………香里奈。とりあえず、お前が相手をしてくれないか?」

「んー? ぶちょーも一緒にお話すればいいんじゃないの?」

「私は……」

 怯えられているからいいというのはさすがに玲菜といえども口にしづらいことだった。

「と、とにかく頼む」

「はーい」

 返事をすると香里奈は少女へとまっすぐに向かって行く。

 香里奈は玲菜以上に背が高く玲菜と同じようにおびえたりはせずに少女は香里奈を見上げるだけだ。

「こんにちはー」

 香里奈がそう挨拶をすると

「……こんにち、は」

 少女は香里奈を見上げながら控えめに挨拶を返した。

「私はねー、香里奈っていうの。貴女のお名前は?」

「……乃々」

「ののちゃんかぁ。可愛いね」

「みっ……」

(なっ……)

 名前を聞き出すと同時に香里奈は少女、乃々に対して予想外の行動をとる。

「ふわ……?」

 香里奈は乃々をいきなり抱きかかえると自分の膝の上に置き、まるで人形を抱くかのようにした。

「お姉ちゃんとお話しよ」

 それから香里奈とは思えない母性に満ちた声で乃々に問いかける。

(そ、それでいいのか?)

 小さな子供の相手などしたことはないが、香里奈のしていることはなんというか普通には思えないことだった。

 が、乃々の見せた反応は想定外のものだった。

「うん」

(む………)

 あっさりと頷く乃々に玲菜は釈然としないものを感じつつも、自分がここで黙っているほうが話が進むだろうと、部屋の入口から二人を観察することにした。

「乃々ちゃんは誰とここに来たの?」

「お姉ちゃんが連れてきてくれたの」

「そっかぁ。お姉ちゃんとお出かけだったの?」

「うん。私も来たいって言ったらお休みだから、連れてきてくれたの」

「よかったねぇ。お姉ちゃんはどこに行っちゃったの?」

「お飲物買いにいくってゆってた」

「乃々ちゃんは一緒に行かなかったの?」

(ふむ………)

 途切れなく続く会話を見ながら玲菜は感心をする。

 存外香里奈は子供の相手が上手らしい。乃々の方もこちらが素なのか年相応の愛らしさを見せる。

「うん。お留守番できるもん」

(留守番とは言わないだろう)

 することのない玲菜は二人の会話に心の中でちゃちゃを入れることしかない。

「それに、れなさんっていう人と早く会ってみたかったから」

(ん!?)

 玲菜はそれに鋭く反応する。

「れなさん? んー、どっかで聞いたことあるような……?」

(おい)

 香里奈がおかしなことを言うのに心の中で突っ込みを入れつつ玲菜は二人に近づいて当然の主張をした。

「玲菜、なら。私だが」

「ふぇ!?」

「あーそういえばぶちょーってそんな名前だっけ?」

 無礼な反応をする香里奈を放っておいて玲菜は改めて乃々に視線を飛ばし、乃々もまた同じように玲菜を食い入るように見つめた。

「…………」

 そのまま数秒が過ぎ、

「ごめん、乃々。ちょっと遅くなっちゃった」

 突然部室の扉が開いて乃々を呼ぶ人物が入ってきた。

 その人物、つまり乃々の姉となるのは

 姫乃。

 そういえば、妹がいたな程度に考え、今度は姫乃へと視線を移す。

「お姉ちゃん!」

「君の妹か」

 香里奈の膝から飛び降り、向かう乃々を受け止める姫乃に玲菜は聞くまでもないことを問いかけた。

「あ、はい」

「学校の中とはいえ小さな子供を一人にするというのはあまり感心しないな」

「すみません。この子がどうしてもここにいたいっていうもので」

「悪気があると言っているわけではないが、今後はきをつけるこ……」

「ねぇねぇ、お姉ちゃん」

 ある思いもありながら姫乃に説教をする玲菜の声を遮って乃々は姫乃を呼んだ。

 相手が子供ということでそのままにするが、その愛らしい唇からは

「あの怖いお姉ちゃんが、お姉ちゃんの好きな人なの?」

 この場にいる者すべてに異なる意味を持つ言葉が飛び出すことになった。

 

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