「えーーーー!!」
一番最初に反応をしたのは香里奈だった。
大きな声を上げて姫乃のことを呆然と見つめる。
「……………ふむ」
当事者の一人である玲菜は特に驚いた様子もなく、変わらずに姉妹の様子をうかがう。
そして、もう一つの当事者の姫乃は
「……………」
完全に表情を固めていた。我を忘れたように、中空を見つめている。
「?」
最後に、この空気を作り出した張本人はなぜ姉が黙るのか理解できずに首をかしげていた。
「姫ちゃん。本当にぶちょーのこと好きなの?」
「うん。お姉ちゃんいつもお家でれなさんがって言ってるもん」
「ふーん。姫ちゃんってそうだったんだぁ」
「あ、いや……」
「うん! だからね、今日はれなさんっていう人のこと見に来たの。お姉ちゃんにふさわしい人かどうか、確かめたかったからー」
「なるほどな」
玲菜は腕組みをして軽くうなづく。
「あ、あの、玲菜さ、久遠寺先輩。好き、とかそういうんじゃなく、って。えと、尊敬してるって意味で、あの」
「ん。あぁ。わかっているよ。子供の言うことだ気にしてはいない」
玲菜はあまりにもあっさり答えた。
(多少、気持ちもわかるしな)
玲菜は乃々の気持ちを自分なりに理解した。
姫乃が家でどんなふうに言ってるのかは知らないが、おそらく乃々は姫乃のことが大好きなのだろう。
そんな大好きな姉が自分の知らない相手のことを家で話す。それだけで寂しいと思ってしまうのだろうし、この年の子供では好きと思ってしまうのも無理はないのかもしれない。
もし自分が乃々の立場で結月が知らない相手のことを話したらその相手のことを知らなければと思う、まして好きなどと言えばその相手のことを見定めるという行為は理解できる。
(どこの誰ともわからん相手に、結月を渡せるか。………む)
途中から違う考えになった玲菜ではあるが、すぐに我を取り戻して乃々に付き合うことにした。
「それで、乃々と言ったか。私は君の眼鏡にかなったのか?」
「? 乃々、めがねなんてかけてないよ?」
「む、ぅ。君の姉にふさわしい相手かという意味だ」
子供相手は難しいななどと玲菜は軽く考えながら乃々に問いかけをし
「んー、とね。怖い!」
気にしていたことを改めて言われてしまう。
「ちょ、ちょっと乃々! 何言ってるの」
姫乃は慌てて妹を諌めるが、当の妹は悪びれた様子もなく
「だって、乃々のことにらんできたんだもん」
さらに玲菜の心を抉る言葉を発する。
「い、いや、あれは、だな。にらんだわけではなく」
「にらんでたもん。乃々何もしてないのに、怖い目で乃々のこと見てきたもん。乃々怖かったもん」
「う………」
玲菜には睨んでいたつもりも怖がらせたつもりももちろんない。だが、この純真な子供にこういわれてしまうと、それだけに偽りのない言葉に聞こえてしまう。
「だ、だから乃々」
「あー、そういえばぶちょーって目つき悪いよねー」
姫乃が乃々を抱きかかえ気をそらせようとするが、香里奈が余計なことを言いだす。
「って、初音さんまで」
(むぅ………)
そう思われているのはわかっているつもりだったが、はっきり言葉にされると落ち込むものがある。
普通と違うところはいくらでもあっても、玲菜も年頃の女の子ではある。怖いと子供と同年代に言われて嬉しいはずもない。
「あ、あの、気にしないでください」
「む、いや……子供の、言うことだ。気にしてはいないさ」
先ほどと同じことを言うものの、今度は明らかに動揺が見て取れる。
「……………」
姫乃は乃々を抱きかかえたままその姿を複雑な気持ちで見つめていた。
その瞳はどこか悲しそうなものがあった。
玲菜は当然のようにそれに気づくことはなく、結局この日は、来る人間すべてが乃々の相手をすることになりまともな話し合いができないまま終わることになってしまった。
玲菜と姫乃と香里奈。
それぞれに異なる感想を持たせて。
夏の日差しが照りつける中、姫乃は乃々と手をつなぎ帰路を歩いていた。
日差しとは逆の曇った表情をしながら。
「えへへ、楽しかったぁ」
対照的に妹は満面の笑みで部活の感想を口にする。
「そう。よかったね」
落ち込んではいるものの妹にそれを見せたくはなく姫乃は一転笑顔になる。
「うん。けどね、れなさんはやっぱり怖かったよぉ」
「あはは、玲菜さんはあぁいう人なだけで、乃々のこと怖がらせようとしたわけじゃないよ」
「むー」
ちょっと乃々の頬が膨れる。
みんなが揃ってからも玲菜は多少乃々の相手をした。というか、怖がられているというのを結月や香里奈に面白がられ、お菓子を与えたり二人きりで会話をさせられたりをしたが、玲菜は子供用の会話というものができず、乃々の初対面の印象を覆すことができなかった。
「……やっぱりお姉ちゃんは、れなさんのことが好きなの?」
乃々は、好奇心というよりも大好きなお姉ちゃんが取られちゃうという不安を隠さずに問いかける。
姫乃はそれが察して軽く微笑む。
「玲菜さんの前でも言ったでしょ。好きっていうか尊敬してるだけだって」
「じゃあ、乃々のことの方が好き」
「もちろん。乃々のこと大好きよ」
「ふぁ………」
乃々の欲しかった言葉を与えると、乃々はその嬉しさに頬を染め、抑えきれない笑顔を見せる。
(………………)
対して、姫乃は嘘ではないが本気ではないことを妹に伝えてしまったことと何より玲菜のあることを思い出して、笑顔の裏で落ち込む。
(ほんと、全然気にしてなかったなぁ)
玲菜は乃々に怖いと言われるたびに落ち込んでいた。それは周りから見てもわかるほどの変化で、だからこそ結月などはそれを楽しんでいたのだ。
普段ほとんど感情を表に出さない玲菜も人の子でちゃんとその乱れを表に出すのだ。
なのに。
乃々が姫乃の気持ちを口走ったときにはまるで、その乱れがなかった。
子供の言うことだからと言っていて、それは確かにその通りで、あれを本気に取ることの方がおかしい。
ただ。それでもまるで変わらぬ様子だったということが姫乃を落ち込ませる。
(私がそう思ってるかもなんてちっとも考えてくれてないってことよね)
それは誰よりも知っているつもりだったが改めてそのことを自覚させるには十分な出来事だった。
あくまでも、どこまでも、玲菜にとって自分は結月の親友でしかない。
初めて会った小学生の時からそれは変わらず、今後も変わることがないのではと思わせるそんな姫乃とって希望を感じさせない時間。
「お姉ちゃん、どうしたのぉ?」
それが乃々のもたらした時間だった。
もちろん、それを責めるつもりなどなく姫乃はつないでいた手を離して乃々の頭を撫でながら
(何かきっかけがあれば、変わるのかな?)
そんな恋する乙女の誰もが願う儚い希望を抱くだけだった。