玲菜の幸せは結月の幸せにあると言っていい。

 少なくても玲菜はそう考えている。

 自分にどんなことがあろうが、結月が笑っていなければ玲菜は嬉しいという感情を得ることはまずない。

 だから玲菜は結月の笑顔のためにはあらゆることをするつもりだ。

 しかし、結月が笑っていることが無条件に玲菜の幸せにつながるとは限らないのだ。

「はー、にしても今日は面白かったなぁ」

 夜、いつものように結月が玲菜の部屋を訪れ、ベッドの上でごろごろとしながら同じくベッドに座る玲菜に茶化すように話しかける。

「いい加減にしてくれ……まったく」

 楽しそうな顔をする結月とは対照的に疲れたような顔で玲菜は言葉を返した。

「だって、面白かったんだもん。乃々ちゃんも可愛かったしさぁ」

「可愛かった、というのは否定しないがな」

「それになんていっても玲菜ちゃんの珍しいところが見れたし」

「………………」

「玲菜ちゃんがあんな感じになるなんて初めてじゃないの?」

「……さぁな」

 ぶっちらぼうに応える玲菜だが、心の中では結月に同意していた。

 結月と暮らすようになってもうかなりの時が経っている。様々なところを見られてきた。

 だが、今回のように子供相手にあたふたとし、終始責められてしまうことなど初めての経験だ。

 それを結月を初め、部員たちに見られてしまったことは不覚でしかない。いや、不覚というだけならまだしも小さな子供に純粋に怖いなどと言われてしまったことはさすがの玲菜にも心に傷を負わせるものだった。

「まぁでも、乃々ちゃんの言うこともわからないでもないかなー」

「む」

「玲菜ちゃんって知らない人には結構怖いかもね。難しい顔してること多いし、背は高いし、美人なところが逆にそれを際立たせちゃうっていうかさ」

「………む、う」

「言葉づかいも、なんというか若者らしくないしね。玲菜ちゃんのこと知ってれば気にならないんだろうけど、小っちゃい子はそう思っても仕方ないかもね」

 結月は本音を言っているのかもしれないが、もちろんからかいのほうが目的ではある。普段の玲菜であればそれを簡単に見抜き、ちゃかすなと叱責するところだが、心が弱っている今の玲菜は

「………私は、そんなに近寄りがたいだろうか?」

 心の片隅にいつもある不安を吐き出した。

「へ?」

「お前や神守などは気を使って私のことを褒めてくれるが、今回の件だけでなく下級生とは話すだけで逃げられることもある。同級生にしたって、私と話す酔狂なやつは神守くらいだ。それで何か不利益を被っているわけではないのだが、さすがに気にならないというわけでもなくてな」

「玲菜ちゃん………」

 聞いたのが洋子であれば、以前と同じようにそんなことはないと玲菜の言葉を否定しただろう。

 しかし、結月は切なそうに名前を呼ぶだけだった。

 洋子とは違い、結月は玲菜がそう考えてしまう理由を知っているから。

 それは玲菜に確認したわけではなく、結月が勝手に想像をしたものではあるが、間違いないと思っているもの。

 結月はそれを知っているからこそ。

「………玲菜ちゃんは、可愛いよ」

 体を起こして、まっすぐに玲菜を見つめてそう言った。

 結月がめったにしない、玲菜の前での本音の姿。

「う、む………」

 玲菜は若干困った顔で結月から目をそらした。

 結月が本音を言っているのであろうということは玲菜にも理解ができる。結月の本音を見間違うほど愚かではない。

 だからこそ玲菜は言葉を失くしてしまう。いくら結月がそう言ってくれたとしても玲菜にはそれを本音として受け取ることはできないから。

「っ!」

「玲菜ちゃん」

 そんな玲菜もわかる結月は自分の言葉にさらなる想いを乗せた。

 玲菜を抱きしめることで。

「玲菜ちゃんは、可愛いよ。美人で、優しくて、かっこよくて。世界で一番だよ」

「……………」

 背中に手を回されぎゅっと力を込められる。

 結月の小さく、柔らかな体を感じる玲菜はそれでも目をそらしたまま。

「玲菜ちゃんがどう思ってたって、私はそう思ってるからね」

 それでもかまわずに結月は自分の気持ちを伝えた。

「結月………」

 玲菜は結月を抱き返すことはしない。

 ありがとうとすら言わない。

 言わせてしまっているなどとまでは思えないが、それでも結月の期待する反応をしたりはしない。

「っあ」

 不意に体が浮くような感じがして、背中がベッドの柔らかさを感じていた。

 玲菜は抱きしめられたまま結月に押し倒された。

「ゆ、結月? っ」

「玲菜ちゃん……」

 手をついて距離を取った結月は、玲菜と見つめる。

 潤んだ瞳には、さまざまな感情を入り交っている。

 それは、天音にも、香里奈にも、洋子にも、姫乃にも、玲菜を想う他の誰にもできない瞳。

 ただ情熱的なだけでなく哀切に満ち、自分の至らなさを詫びるようなそんな結月だけに許された瞳。

「結月………」

 玲菜はそれを結月以上に相手への負い目を感じ、懺悔するような瞳で見つめ返す。

 ドサ。

 少し見つめあったあと、結月は再び玲菜の体の上に落ちる。

「今日、一緒に寝てもいいよね?」

 顔を見ずにそれを求める結月に

「……あぁ」

 今度は結月の体を抱き返し神妙にうなづいた。  

 

5/六話

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