出発が早朝だったということもあって、皆でお茶をしたあとでもまだまだ外は明るい。せっかく山に来たということもあり、周りを歩いてみようと玲菜たちは森林浴もかねて別荘の周りを散策していた。

「ねぇねぇ、あっちって何があるのー?」

「あっちも、ずっと森になってるだけだけど。っていうか、香里奈ちゃん先に行きすぎないでよー」

「だって、探検してるみたいで面白いんだもん」

「あぁ、だから先に行かないでってばー」

 玲菜のいる場所から数十メートルは離れたところで結月が奔放な香里奈に振り回されている。

 香里奈はもともと楽しみにしていたということもあって、疲れを感じさせることもなく元気に歩き回っていた。結月は多少地理に明るいということもあってそれに振り回されている。

 玲菜の後方ではめずらしく姫乃と天音が二人きりで話していた。

「ねぇ、何でさっき玲菜先輩と二人きりでお茶してたの?」

「別に、用意を手伝ったら久遠寺先輩から誘われただけよ」

「ふーん。私に部屋で休んどけって言ったのはそういうこと?」

「そこまで狙ってない。偶然よ、偶然」

「どうなんだか」

 同室の二人はあまり仲睦まじいという感じではないが、玲菜はそんなところまでは気づかず、少し先を歩く洋子に声をかけた。

「洋子」

 名を呼んで振り向いた洋子に軽く手招きをする。

「何、久遠寺さん」

「少し一緒に来てくれ」

 言って、玲菜は香里奈と結月が進んでいった道とは外れていく。

「あの、いいの?」

「まぁ、少しくらいに二人きりになっても問題ないだろう。どこに行くと決めていたわけでもないのだし」

 その言葉自体は納得できるものではあった。ただ、なぜ二人きりにと誘ってきたのかはわからず、それを疑問に思いながら玲菜の後についていく。

「……あの、どこいくの?」

 それが数分続いて、先ほどよりも森が深くなっていくと大きくなった疑問を口にだす。

「ん? 君に見せたい場所があってな。まぁ、大したものではないのだが、せっかくここに来たからな」

「見せたい、場所?」

 どんなものかも想像できないままおとなしく玲菜についていくと、さらに木々が生い茂り、途端にそれが途切れた。

「わ、ぁ」

 その瞬間に洋子は感嘆の声を上げた。

 そこは奇妙な場所だった。

 周りを木々に囲まれているのに二人の目の前の円形数メートルには木々が一本もなく、語弊はあるがまるでミステリーサークルのような空間ができていた。

 この森の中、木漏れ日ではなく直接陽の光が差し込むそこは妖精の住処かと思えるほどに幻想的な場所で洋子が息を飲むのも当然の場所だ。

「どうだ? 昔、結月と二人で見つけたのだがなかなか面白い場所だろう」

「う、うん。すごいね」

 二人して、その中心に入っていく。

 中に入ってみるとまた外から見るのとは別の驚きがあった。

 夏の日差しをめいいっぱいに感じられるそこは先ほどまで森の中にいたこともあり、必要以上に明るく、逆に周りの森が実態以上に暗く感じる。

 この場所がまるで異世界に感じられるほどで、洋子は軽く眩暈のようなものを感じてしまった。

「っと。どうした」

 倒れそうというほどではなかったが、すばやくそれに気づいて玲菜は洋子を支える。

「っ。だ、大丈夫。ちょ、ちょっと圧倒されちゃっただけ……」

 玲菜に肩を抱かれ赤面した勢いよく玲菜から離れる。

「そうか。しかし、なぜいきなりそんなに離れる。私に抱かれるのはそんなに嫌か?」

「へ!? そ、そんなわけ!?」

 玲菜の思わぬ言葉に洋子は必死になって反論しようとしたが玲菜は、すぐに表情を崩した。

「冗談だ。君がそんな人間とは思っていないよ」

「あ、ありがとう……?」

 じゃあ、どんなふうに思ってるのかと気にはなったがそれを聞く勇気はなく代わりに洋子は当たり前の疑問を口にすることにした。

「ところで、どうして私をここに連れてきてくれたの?」

「ん? いや、大した理由があるわけではないのだが、君の創作の助けになればと思ってな」

「助けって、小説の?」

「あぁ。この前夏休みに何を書こうかと迷っていただろう。余計なお世話かもしれないが、こうしたものが何かになればと思ってな」

「そんなこと覚えてくれてたんだ」

 夏休み中何度か部活でそんな話はした。ただ困っていたのは本当ではあるが、本気で悩んでいたというほどでもないので玲菜が覚えているとは思っていなかった。

「……うん。ちょっと、考えてみる」

 洋子はそう言って円の中心に立つと、目を閉じたり、周りを見回したり、時には空を見上げ、時には地面を見つめる。

 何かしらの場面を考えているのか、それともこの場所から連想できる物語を練っているのか、玲菜にはまるでわからないが洋子が真剣な表情をしていることだけは理解する。

(……美しいな)

 邪魔にならぬよう少し離れて洋子を見る玲菜はそう思う。

 自分にはないものを明確にもっている。

 玲菜は何かに対し熱意をもって臨めたことなど一度もない。

 それはしなかったのではなく、できなかった。

 機会がなかったのもそうだが、何をしててもそれに熱くなれないのが玲菜だった。

 だから、何かに真剣に打ち込んでいる姿というのは玲菜の目には美しく、輝いて見える。

(…………)

 同時にうらやましく思って、玲菜は洋子を見つめたまま表情を曇らせた。

(私にも……こんな風になれるときがあるのだろうか……)

 無意識に右手で左の手首を握り締めながら玲菜は想像すらできないそれに落ち込んだ。

「久遠寺さん? どうかしたの?」

 その姿を良くなのか、悪くなのか、いつのまにか自分の世界から帰ってきていた洋子に見られてしまう。

「っ……いや」

 玲菜にとってコンプレックスの一つでもあり、見られたくない姿であったことで玲菜は

「……その場所にいる君はまるで妖精のようだと見惚れていただけだ」

 よくそんなものが思いつくなと感心するような言い訳をした。

「はぇ!?」

 当然洋子はそれに動揺し、狼狽え玲菜の思っていた以上の効果をもたらす。

「あ、…あ、りがとう」

「うむ。そろそろ戻るか。香里奈を結月一人に任せては悪いしな」

 我ながら妙なセリフを言っていると思いながらも話題を切りたい玲菜はそう言って先に歩き出してしまった。

「う、うん」

 洋子もあわててそれについていく。

(なんで、あんな顔してたんだろう)

 タイミングを逃したその質問を胸にしまいながら。

 

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