森林浴を楽しんだ後は別荘に戻りリビングで談話をする。

 このメンバーでの会話はもうすでに飽きるほどしているはずなのに、尽きることなく話題は出てくるものですぐに時間は経ってしまう。

 気づけば陽は傾き疲れもあって腹の虫が活発に活動してくる頃合いだ。

 普通のホテルや旅館に泊まっているのなら、勝手に料理が出てくるものだがこの別荘には今玲菜たち以外にはいない。

 必然的に自分たちで用意しなくてはいけないわけだが、その役目を引き受けた玲菜は別段気にすることもなく台所に立っていた。

 わざわざ普段使っているベージュ色でフロントのポッケに猫のイラストが入っているエプロンを身に着け、なれぬ台所でもテキパキと動いている。

 せっかく合宿ということなのだから皆で作ってもよかったのだが、ほとんど料理ができる者がいないのと香里奈の「ぶちょーの料理が食べたい」という一言のせいで玲菜が作ることが決定的となった。

 普通なら旅行先に来てまでと思うところかもしれないが、玲菜は特に不満を漏らすことはない。料理をするのは好きと言っていいもので、まして仲間たちに作ってやれるのは嬉しいものであった。

 そんなわけで張り切っている玲菜だが、台所を嬉々として動き回るのはもう一人いた。

「しかし、手伝ってもらえるのはありがたいが、休んでいてもよかったんだぞ?」

 そのもう一人、天音に声をかける玲菜は邪魔だという意味でなく、本音で天音に問いかける。

「いえ、玲菜先輩にばっかりやらせちゃ申し訳ないし手伝わせてください」

 そういう天音は別荘に備えてあったシンプルなブラウンのエプロンをつけ玲菜をサポートするように動き回っている。

「こう見えても、結構料理得意なんですよ?」

 言いながら愛らしく笑う天音。

「そういえば、自分で弁当も作っていると言っていたな」

 仕事柄両親が家にいないことも多く、慣れていることは本当だろうと玲菜は勝手に察する。

「わかった。なら甘えさせてもらうよ。実際手伝ってもらった方がありがたいしな」

 押し問答をすることもなく玲菜は作業に戻った。

 玲菜も天音も料理の経験は多く、慣れていない場所でもスムーズに手順を進めていく。

 ちなみに先ほど玲菜が手伝ってくれなくてもいいといった通り、本来はすべて玲菜一人でやる予定ではあった。

 だが、玲菜が調理を初めて数分したところでひょいっと何か手伝いましょうかと天音がやってきた。

 その理由はさっきも述べたがもちろんそれだけでなく第一の目的は玲菜と二人きりになることだ。

 二人きりになれたからと何かできるわけではないし、天音が望むようなことも期待ができるわけではないが二人きりという状況が天音にとっては至福だった。

(それに……なんだか新婚みたいだし)

 などと調子づいていると、

「しかし、さすがになれているな」

 玲菜から思わぬ褒め言葉をもらった。

「た、大したことじゃないですよ。このくらい」

 不意打ちだったこともあり一瞬動揺するが手元は狂わせることなく言葉を返す。

「いや、そんなことはない。というよりも私よりも手馴れているんじゃないか?」

「そんな、玲菜先輩の方が全然上手ですよ。料理してる姿みるだけで憧れちゃうくらいです」

 天音は演技と、そもそも別の意味を込めてそう言うが玲菜には通じず、代わりに玲菜らしい言葉を返される。

「お世辞は受け取っておくが、それなら私は天音の姿のほうにこそ憧れるぞ」

「へ!?」

「料理の盛り付けや、調理中の細かな気遣いなど私では至らぬところまで気が回って見事だと思う。見習わせてもらうよ」

「あ、ありがとうございます」

 天音と違い、玲菜はお世辞を言うことはない。その玲菜に憧れなどと言われ天音は見る見るうちに顔を赤くしていく。

(やだ。嬉しい)

 好きな人から認められる。それは単純であるがゆえにたまらなく嬉しい瞬間だ。

 そのことで有頂天になり、思わず注意を散漫にしてしまった天音は。

 コツン

 と、体の向きを変えようとした瞬間に肘に何かが当たるのを感じて

(あ)

 と思った瞬間には遅かった。まるでスローモーションになったようにお皿が床に落ちていくのをみて、

(っ!!?)

 その前に視界が変わった。

 ぎゅ。

 同時に柔らかなものに受け止められる感触を受け、ガッシャーンと大きな音を立てるのを暖かなぬくもりと、

「ふぅ。大丈夫か。天音」

 好きな人の腕の中で聞いた。

 玲菜の行動は迅速だった。天音の肘にあたった瞬間には天音を引き寄せさらには庇うように天音のことを抱きかかえていた。

(えぇええええ!?)

 体に押し付けられた玲菜の感触を驚きをもって感じる。

「す、すみません!」

 抱きしめられた衝撃と、皿を割ってしまった申し訳なさに再び顔を赤くする天音。

「いや、問題ない。それよりも何ともなかったか?」

「は、はい。おかげさまで」

「そうか。ならよかった」

 予期せぬ抱擁にまだ心臓をドキドキとさせる天音だが、玲菜はいつも通りクールに言って優しく微笑む。

(っー)

 それがまた天音の目にはかっこよく映り、胸をときめかせた。

「さて、とりあえず片づけるか」

「は、はい!」

 二人でかがみながら散らばった大きな破片を集める。

(抱きしめられちゃった……抱きしめられちゃった!)

 無言になるものの天音は心では狂喜し、まだ収まりのつかない心で皿の破片を回収していく。

 先ほどこの皿を落としてしまったときと同じように注意力は働かせられないまま。

「った!!」

 痛みに遅れて天音は鋭い声を上げた。

「天音!」

 玲菜はそれに鋭く反応しすぐさま天音のもとへ寄る。

「だ、大丈夫、です。ちょっと、切っちゃっただけで」

 口ではそういうものの思いのほか天音は痛みを覚えていた。

 よほどぼーっとしていたのかかなり深く切ってしまったらしい。すぐに血が流れ始めてきた。

「いいから見せてみろ」

「あ……」

 天音がまた失敗してしまったと落ち込む暇もなく玲菜は天音の手を取ると、その赤い血液の流れる指を。

 パク。

(え?)

 口に含んだ。

(ええええええええ!!!??)

 玲菜の暖かな舌が溢れた血をぬぐい、傷を舐める。

 そのゾクゾクとした感覚に痛みなど吹き飛んでしまい、非現実的な今をどこか遠くに感じていた。

「うむ。血は出たがそこまで深くは切ってないようだな。これなら跡が残ることもないだろう」

 常識的に考えればありえないことをしておきながら玲菜は冷静に感想をもらした。

「あり、が、とう、ございま、す……」

 反対に天音は当然ながら頭をくらくらとさせてしまい、舌が回らない。

「よかったよ。指とはいえ、天音の綺麗な肌に傷を残すなどあってはならないことだからな」

 しかも、いきなり綺麗などと言われさらに顔を赤くする。

「とりあえず消毒をすべきだがさすがに薬箱の場所は覚えていないな……」

「あ、ぁああ、だ、大丈夫です。じ、自分で探しますから」

「そうか? だが……」

「本当に大丈夫なので、玲菜先輩は片づけをして、用意のほうしちゃってください。って、私が割っちゃったのに、何言ってんだって話ですけど。で、でも、ほら、みんなお腹空いていると思うし。あの、だから……」

 思わぬ出来事の連続に呂律の回られない天音。

「わかった。天音がそういうならそうしよう。結月なら場所を知っているかもしれないら聞くといい」

「は、はい! じゃ、じゃあ失礼、します」

 足取りすらおぼつかないままふらふらと去っていく天音。

(ほわ、……はぁあああ)

 心の中で感嘆の声をもらす天音が玲菜への気持ちを高めていったのは言うまでもなかった。

 

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