玲菜と二人きりのデート。
それは天音がずっと焦がれていたもの。
もちろん玲菜にとってはそんな認識はないし、そもそも二人きりで出かけたことはすでにある。
だが、今日は前とは違う。
あの時はあくまで舞台を見に行くというのが目的で玲菜はそのつもりでついてきてくれた。しかし、今日は遊びに行くというのが主目的でさらにはもともとは部員同士の交流を深めるという理由が玲菜の中にはあった。
こうして天音と二人になってしまった今玲菜には一緒にいくだけの理由などないはずだ。
まして結月が寝込んでいるというのに。
だから嬉しいはず。これを期にもっと関係を深めたいと思うはず。
なのに。
(あれ?)
電車での移動時間。
(……なんだか)
最初に訪れたブティック。
(変)
玲菜が寄りたいと言った本屋。
(玲菜先輩とのデート)
雑誌に載っていたガラス細工の店。
(嬉しいのに………)
遅めのお昼に入った喫茶店。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……なんでも、ないです」
(うまく、話せない)
今日はずっとそうだった。電車に乗ったときから、この駅に着くまでほとんど話ができなかった。
ブティックでもせっかく玲菜が似合っていると言ってくれたのに、ありがとうくらいしか言えなかったし、ガラス細工を見ても玲菜が述べる感想に相槌を打つ程度しかできなかった。
今も話を切り出すのは玲菜ばかりだ。
普段なら玲菜から話す隙がないほど天音がしゃべり続けていたのに。
(いつもどんな風に話してたっけ? 何話してたんだっけ?)
以前ならもっとなんでも気軽に言えた。日常のこと、学校のこと、玲菜のこと、自分のこと。話す内容はなんでもよくてただ少しでも玲菜との時間を多く作りたくて天音から話すことができていたのに。
「……………」
まるで玲菜との話し方を忘れてしまったように天音は口数を少なくしていた。
天音の心には、姫乃とのやり取りがヘドロのようにこびりついている。それが降ってわいたような幸運も、心の奥から姫乃に足を引っ張られているようで積極的になれないのだ。
それが玲菜によくないことを考えさせるということにも気が回らず。
「……やはり、私といてもつまらないだろうか」
悲しい言葉を言わせてしまった。
「そ、そんなことありません!」
それは即座に言うことができた。
「……そうか、ならよいが」
玲菜は何か言いたそうにしたもののそれを飲み込んで食事を続けた。
(私何やってるの……?)
玲菜に気を使わせてしまっているのがわかる。あの玲菜が気を使っている。
「…………」
会話のなく食事の音だけが響く。
(何か、言わなきゃ)
黙っていることが玲菜を追い詰める。自分などとしてはいけない思考をさせてしまう。
天音はそんなことを思いながら玲菜を見つめていると
「っ」
目があってしまった。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「きょ、今日はどうして来てくれたんですか?」
咄嗟のことに天音は気になりながらも聞くことができなかったことを口にした。
「どうしても何も今日遊びに行くというのは約束してただろう」
「そう、ですけど」
香里奈も洋子もおらず、はては結月すらいないのになぜ来てくれたのか。そこには天音にとって都合のいい妄想を挟む余地もありながらも、そんな期待も裏切られそうな理由もありそうで答えを聞くのが怖い。
「二人きりになってしまうのに、ということか?」
「っ!?」
まさか玲菜がそんなところに気づくとは思っておらず狼狽する天音。
「確かに昔なら来ることはなかっただろうな」
「え?」
「結月以外と二人になってもどうすればいいのかわからなかったからな。だが、今は部員の者たちなら誰といても嫌とは思わないよ」
「玲菜先輩……」
嬉しい言葉、だった。
自分が特別と言われたのではなく、あくまで自分たちは特別と言われたにすぎない。
だが、必要以上に自分を卑下する玲菜がこうして二人になっても大丈夫と言ってくれたこと。天音自身がそれの一端になれたこと、それが嬉しかった。
(……あは)
今日初めて天音は愛想笑いでない笑みを作れ
「それに、結月が行けと言うからな」
笑みを作りかけたその瞬間、玲菜がそう言って天音は表情を凍らせる。
一般的に考えればこの場面で玲菜がそれを言うのは、真実かどうかにかかわらず不適切だ。しかし、玲菜は玲菜であるが故にそのことに気づけず天音を必要以上に落ち込ませてしまった。
「? どうかしたか?」
天音の様子がおかしいということに気づいたのだろう。玲菜は心配そうに声をかけるが、天音にはそれに気を使える余裕などあるわけなく。
「………なんでも、ありません」
そう答えるだけで精いっぱいだった。
「っ…く…ぅ……」
デートを終えた天音は部屋に戻るとベッドにうつ伏せになって嗚咽をもらした。
結局、午後はほとんど回らずに帰ってきて会話もほとんどできなかった。それでも午前中よりはましだったかもしれない。
昼食時の、結月が行けと〜ということがあってからは心が麻痺したように冷静になれてしまったから。
正確には……諦めてしまったのかもしれない。
絶望的な序列がそこにはあるような気がして。
確かに自分には玲菜を変える力はあるのかもしれない。だが、それだけだ。
玲菜が今日二人きりなのに来てくれた理由。それは何が一番大きな理由だったのか天音は知らない。
怖くて聞けなかった。
一瞬期待をしたのに、姫乃の言うことなど負け犬の遠吠えだと思うことすらできたのに、期待したからこそ結月が行けと言ったからという言葉が心に深く突き刺さった。
(これじゃ、本当にあいつといっしょだ)
近くなれたと思った。少しでも玲菜に、玲菜の隣にいる結月に近づけたと思った。
だが、そんなものはまやかしだった。
今日、結月に言われたから来たんじゃない。結月に言われなくてもおそらく玲菜は来てくれたのだと思う。
しかし、あの場面で自然と、当たり前のように結月の名前が出ることそれが玲菜の基準を示しているように感じた。
近くはなれたのかもしれない。
以前よりもずっと玲菜のことをわかることができたかもしれない。だが、その場所から見えたのは玲菜の気持ちが結月しか向いていないという見たくなかった現実だった。
「ぅ……うぅ」
姫乃の言葉が心をむしばんでいく。姫乃はこんな気持ちをずっと抱え込んできたんだろう。
好きな人が絶対に自分を振り向いてくれないんじゃっていう確信に近い不安を抱えて、それでも好きな人と一緒にいられる時間が惜しくて告白すらできずに痛いだけの時間を過ごす。
「いや……いやぁ……」
天音はベッドを涙に濡らしながらすがるようにそう言っていた。
そんなのは嫌だと思うのに、玲菜を好きな自分がいる。玲菜をあきらめたくない自分がいる。
希望が見えなくても好きな気持ちが止められないから。
だから、天音は………
「ぅ……ぁああ」
その絶望に涙を流すしかなかった。
このことを遠因に玲菜の傷に触れる出来事が起きることなど今は想像もできずに。