明けない夜はない。
そんな言葉がある。
必ず朝は来ると。
それは普通ポジティブな意味でつかわれるのだろうが、玲菜はそうは思わない。
朝が来なければいいのにと思う。
ずっと夜が続いてくれればいいと願うことがある。
だが、そんなことをいくら願ったところで時が止まるはずはなく一秒ずつ過ぎていく時間は確実に朝へ向かって進んでいく。
必ず朝は来てしまう。
(……まぁ、あの比喩は時間の経過を言っているわけはないがな)
目覚めたベッドの上で玲菜はそんなことを思っていた。
来てしまった朝を恨みながら。
(……もう起きなければならない時間だな)
壁にかかる時計を見て玲菜はそう思うが、体は動きだしてはくれない。
「……………」
玲菜の気分を一言で表すのであれば憂鬱という言葉に尽きる。
アレをした翌日は大体こうだ。
寝る前から夜が明けなければいいと思い、来てしまった朝に心を沈ませる。
もっとも、それはすでに慣れてしまったことで時間が来ればそれを心に押し込みベッドから出て何ともないふりをするのが玲菜。
だった。
今日は、違う。
(……学校、行かねばならんだろうな)
心から行きたくないと思ってしまう。理由は探すまでもなく、あの三人に秘密の一端がばれたことだ。
昨日こそは驚きのほうが先に来てしまい何も言えなかったのだろうが、一晩おけば各々考えることがあるだろう。
見なかったことにしてほしいと言ったがそれがどれだけの効果を持つかなどわからない。というよりも無理だろう。
見てしまったものを見なかったことになどできない。
(………聞かれるのだろうな。このことについて)
傷に触れた玲菜はその感触に泣きそうになる。
(………ふふふ、久しぶりだなここまで沈むのは)
心で自虐的に笑いながら、いつまでもベッドから抜け出すことができない玲菜は
コンコン
と、部屋がノックされるのを聞いた。
その主が誰かわかったものの玲菜は視線だけを動かした。
「玲菜ちゃーん? 起きてるー」
予想通りに結月が入ってきて、まっすぐベッドへと向かってきた。
「……起きているよ」
出す声もどこか暗い。
「玲菜ちゃんが寝坊するなんて珍しいね。調子でも悪いの?」
「……そういうわけではないさ」
少なくても体調は悪くない。悪いのは心のほうだ。
「えー、でも元気ないよ? 無理しないで休んだ方がいいんじゃない?」
「……………」
ある意味渡りに船のような提案だ。自分の意思でなく、他の人間にそう言ってもらうということはずる休みという罪悪感を軽減する免罪符のようなものだ。
それほどに魅力的な提案であるが
「……いや、大丈夫だ。行くよ」
玲菜はそう言ってベッドから身を起こした。
「そっか。無理しないでね」
「あぁ。ありがとう」
「じゃあ、先にご飯食べてるから、早くしないと遅れちゃうよ」
言って結月が部屋を出ていくと玲菜はベッドから起きて、姿見の前でパジャマを脱いだ。
「……………」
あえて傷を鏡に向けてそれに視線を注ぐ。
白い肌に走る一筋の傷。普通ならば目を背けてもいいようなそんな痛々しさを持つ。
だが玲菜はそれを注視したままぐっと黙り込む。
「ふふ……」
途端に自分を嘲笑する。理由は知らない。だが憐れには思う。こんなことをしている自分があまりに憐れ。
(救いがないな)
自分で自分に同情するとは。
(……着替えなくてはな)
いつまでも自分の半裸姿に憐憫を抱いているわけにはいかない。ぐずぐずしていればまた結月が様子を見に来てしまうかもしれない。だから早く着替えて結月のところに行かなければならないが、またベッドで思っていたのと同じようになかなか体は動いてくれない。
(……休んでしまいたいさ)
学校に行けば必ずこの傷に触れられる。
それが玲菜の心にどれだけの痛みをもたらすのか自分でも想像がつかない。これをきっかけに更なる傷に触れられないとも限らない。
だから学校になど行きたくはない。
ないが
(……今日行かなければ、明日もいけないだろうな)
それが簡単に想像できてしまう。明日どころではない。明後日も、その次も……その後ずっと学校に行かなくなってしまう気がする。
それは結月を裏切る結果だ。
(……それだけは、ごめんだな)
玲菜はそのことを強く思って制服に袖を通して傷を隠すのだった。