「っく……ひっく……ひぐ……うぁあ」

 家に戻った結月は玲菜と顔を合わせることもせず一直線に部屋へ向かうとベッドに体を投げ出し嗚咽をもらしていた。

「ぁああ……あぁ……ぅ……」

 誰にも知られていなかった玲菜の秘密。

 それを暴かれ結月は泣いた。

 玲菜とは違う理由で結月は玲菜の秘密がばれることを恐れていて、その恐れが現実になったから。

 すなわち、玲菜に秘密を許していた自分を。

「違う……違うの………」

 誰に言うのでもなく結月はその言葉を唱える。許しを請うように。

 見捨てた。

 姫乃のその言葉が結月の心に重く、重くのしかかる。

(違う………私は………私は)

 誰に許しを請おうとこうして泣いてしまっていることが、姫乃になじられたことが真実であると、少なくても結月自身がそう思ってしまっていることを物語る。

「……ぅぅ……あぁあ」

 真実は違うかもしれない。だが、事実としてその一面は確かに存在する。

 客観的に見れば自傷行為を知っていてその行為を見逃すことは、見捨てているという言葉はともかくも、相手のことを想ってとはいえないかもしれない。

 まして、姫乃がそう言われてしまうのは無理のないことだった。姫乃にはそれほどまでの傷を抱える相手と交流を持ったことはないし、これまで散々結月との絆を見せつけられてきたのだから。

 だから、姫乃から見てそう思われることは仕方のないことだ。

「……違う……違うよ……」

 だが、結月は今度は自分に言い聞かせるように否定の言葉を吐いた。

 そう見えるかもしれない。完全にそうでないとは言えない。

 でも違う。

 見捨ててなどいない。

(だって……だって!)

 結月は自分が玲菜の秘密に気づいた時のころを思いだし、心で強く思った。

(こうじゃなきゃ……こうしなかったら………玲菜ちゃんは)

「ぅぅ……うう、はあ……うぐ…あ」

 それは二人の唯一の喧嘩。いや、喧嘩にもならなかった。

 結月は玲菜の言い分を飲むしかなかった。

 玲菜はその時も、姫乃たちに言ったのと同じように要求し、結果的に結月はそれを受け入れた。

 その時はそうするしかなかった。

 そうでなければ今の関係はない。いや、玲菜が離れて行ってしまうそんな確信があった。

 見ないふりをすることで玲菜の隣にいることを手に入れた。

 玲菜がそれを望んでいるということを言い訳と免罪符にして。

 思わなかったわけではない。玲菜が望むとおりに見ないふりをすることが本当に玲菜のためのかと。自殺にもつながりかねないことを見過ごすのが好きな人のためなのかと。

 ……そんなわけがないと。

 本当はこんなことを続けてちゃいけない。玲菜のためなんかになるはずがない。

 そんなことは考えるまでもなく当たり前で、けどそんな当たり前のことすらできない自分を見ないふりをしてきた。

 それを暴かれた。

(でも………でも…………でも!!)

 自分の過ちを改めて実感をさせられた結月であるが、逆接の接続詞を続ける。

「もう……やだよ」

 今の関係を受け入れざるを得なかったその時のことが鮮明に蘇り、結月は自分を変えようという結論に達することはできず。

「…………玲菜、ちゃん………」

 好きな人の名前を呼ぶだけだった。

 

 

 結月の様子がおかしいということは気づいていた。

 結月が玲菜を無視して部屋に戻ることは少ないし、その後一度の部屋にやってこないなどめったにないことだ。

 まして、夕飯にも顔を出さなければそれはもう本格的に結月に何かがあったということだ。

 だが、玲菜は結月に会いに行くことはしなかった。玲菜もまた自分のことで精いっぱいでそれどころではなかったから。

 結月と顔を合わせたのはそろそろ寝ようかとも思っていた零時前。

 ベッドの上で壁に寄りかかりながら漫然と手首を見つめていた玲菜の耳に控えめなノックが聞こえてきて

「………玲菜ちゃん」

 パジャマ姿の結月が迷子のように心細げに玲菜を求めてきた。

「どうかしたか? こんな時間に」

 咄嗟に腕を翻して結月から隠しながら結月に問いかける。

「……隣、いい?」

 結月は玲菜の質問には答えずにベッドの前でそれだけを問いかけた。

「……あぁ」

 玲菜が断れるはずがないということを承知で。

 結月はベッドに上がると玲菜と同じように壁に寄りかかって、同時に玲菜へと体を預けた。

「……………」

 お互い何も話さず互いがそこにいることを感じあう。言葉がいらないのではなくて発するべき言葉が出てこない。

 そのまま十分近くが過ぎ

「……玲菜ちゃん」

 ようやく結月が言葉を発する。

「なんだ?」

「玲菜ちゃん、私のこと好き?」

「何を当たり前のことを言っている。好きに決まっているだろう」

「えへへ、ありがとう。私も玲菜ちゃんのこと大好きだよ」

「知っているよ」

 互いの想いを確認し合う二人。

 言葉は恋人のようだが、どこか淡泊な響きがあった。

 結月はその理由を知っている。

 重なっていないからだ。いくら好きと言い合っても、それが事実でも、気持ちが重なっていない。

 もう何年も心はすれ違ったまま。

「……ねぇ、玲菜ちゃん」

 そう、たとえ

「…………しよ」

「…………あぁ」

 体を重ねたとしても。

 

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