翌日、結月は学校から戻ってくると一目散に玲菜の元へとやってきた。
玲菜の部屋の扉を開けると、そこには昨日それを目撃した場所で何事もなかったように本を読む玲菜がいた。
「玲菜ちゃん……」
結月は動悸を感じながらもゆっくりと玲菜に近づいていき、強張った声をかける。
「………何か用か、結月」
対照的に玲菜は落ち着いた面持ちで本を閉じると結月へ向き直る。
「何って、昨日のこと……約束、したでしょ」
一秒でも早く話がしたいとは思うもののデリケートな問題であることも自覚しておりどこか消極的だ。
「昨日の……あぁ、リストカットのことか」
「っ………」
直接その言葉が出てきたことに結月はひるみを見せた。
「そ、そう、だよ……」
ほとんど話が進んでいないのに結月の緊張はすでに限界に近づいていた。
昨日玲菜のそれを知ってからずっとそのことを考えてきたのだから。その原因も考えうる限りは考えた。
どんなことを悩んでいるんだろうとか、もしかしたら自分が何かをしてしまったのか、それとも……この家に来た原因のことが関係あるのか。
いや、どんな理由からでもいい。絶対に力になって見せると結月は決意をしていた。
だが、玲菜の口から出てきたのは。
「大したことではないといっただろう。特に話すことはないな」
「え……………?」
信頼を裏切られる言葉だった。
「だ、だって玲菜ちゃん昨日、話してくれるって………」
「だから、話しただろう。大したことじゃないと」
「っ! 玲菜ちゃん!」
結月の反応は当たり前だ。昨日理由を話してくれるという言葉を信じたからこそ、結月は引き下がった。だが、ここに来てそれを翻されてはまともではいられない。
「結月から見たらそうは見えないかもしれないが、本当に大したことではないんだよ」
「そんなわけないでしょ! そんなことして、死んじゃうかもしれないんだよ!? それが大したことないわけないじゃない!!」
経験のないものからすればもっともな言葉。
「……別に死のうと思っているわけではないさ。そういうつもりでしているわけではない」
玲菜からは経験したものでなければわからない言葉。
「じゃあ! どういうつもりなの!? 教えてよ!!」
「………………大したことではない」
興奮する結月に玲菜はそうとしか答えなかった。いや、答えられなかったというほうが正解かもしれない。
理由できる要因はいくつかあっても、明確なきっかけは玲菜にもはっきりしていないのだから。
だが、結月にはそれをわかってもらうなどできるわけはない。
「……………」
結月は顔を赤くし、玲菜を熱くなった瞳で見つめる。
(信じてた、のに……)
その気持ちが結月を支配していく。自分は玲菜に一番信頼されていると思っていた。だが、その玲菜は結月に隠れたリストカットをし、その理由すら話してくれない。
その背信に結月は怒りを感じてしまい、それが触れてはならないところに触れてしまうきっかけとなる。
「……やっぱり、【捨てられた】ことが関係してるの?」
それは今回の件で結月が一番に考え、そして自分からは言ってはいけないと思っていた理由。
「っ………………」
玲菜の雰囲気が変わる。先ほどから冷めてたいたが、今は氷のように冷たくなる
その中で玲菜は目を閉じ、無意識に服の上から傷を撫でた。
「………さてな」
それから絞り出すように言った。
「……………」
お互いに何も言えなくなり、それでも結月は一心に玲菜を、玲菜は決して結月を見ることなく気まずい時間だけが過ぎていき、
「……とにかくこれ以上話すことはないよ」
玲菜はそれに耐えることができずに立ち上がると部屋を出て行こうとした。
ここに来たばかりの結月であればそれを止めることは容易だっただろうが、言ってはならぬことを言ってしまった自覚がそれをさせてくれなかった。