それでも結月はまだ玲菜を信じていた。いや、事態を甘く見ていたというべきかもしれない。玲菜は話してくれると勝手に思っていた。
今はだめだったかもしれなくとも少し時間が経てばきっと話してくれると。
だが、その日の夜も、翌日もその翌日も、初めての週末も、丸一週間が経っても玲菜はリストカットの理由を話してくれることはなかった。
それどころか結月がその話をわずかでもしようとすればすぐに目を背け、明らかに不機嫌な様子を見せてその場を後にするばかりだった。
そのたびに玲菜が遠くに行ってしまうような感覚に襲われ、少しずつ玲菜と会話をすることが怖くなっていく。
「玲菜ちゃん………」
しかし諦めることはできずにちょうど一週間がたった夜、結月は玲菜の部屋を訪れていた。
「……………」
一週間前のあの時と同じく机の前で座る玲菜は結月を一瞥するだけでなんの用かとすら聞かない。
そんなものは聞かずともわかるし、答えも決まっているのだから。
「あの………」
そばに寄ってきた結月の言葉は弱々しい。毎日のように訪れてはそのたびに拒絶され続け玲菜に向かう意志は日々摩耗し続けていた。
「…………」
もう何を言えばいいのかわからない。
この一週間、あらゆる言葉で玲菜の心を探ろうとしていた。だが、そのすべてをはねつけられもはや言葉がないのだ。
何も言えず、結月は玲菜の机を見ていた。
ナイフのしまってある引き出しを。
それだけでしか自分がここにいる意味を示せない結月だったがそれすらも玲菜には不満だった。
「……すまんが、今日はもう寝させてもらう」
そう口にすると結月の横を通り過ぎベッドに入ってしまった。
結月はなんとか引き下がろうと思っていたが
「あ………」
玲菜は電気すら消してしまう。
それが暗に話すつもりがないと言って来ているようで、結月は心がぐらついているのを感じてしまう。
「………………………おやすみ」
若干震える声でそう口にすると、むなしさと無力感にさいなまれながら真っ暗な部屋を手さぐりに出て行った。
「…………………」
部屋に戻った結月は、ベッドに横になるとため息をつく気すら起きずに玲菜のことを考える。
(……今日も、話してくれなかったな………)
それはリストカットの理由ということもそうだが、それ以外のことでも。
もう一週間玲菜とまともに口をきいていない。
結月から話しかけることはあっても、一言で済まされ玲菜からは決して話しかけてはくれない。
そんなことは初めてだった。
いつでも玲菜は結月のことを思ってくれていた。話しかければどんな些細なことだって相手をしてくれたし、悩みを相談すれば全力で力になってくれた。本当の姉妹以上の関係だった。
なのに、今は……
「っ……」
玲菜と話しすらできていない現状に結月の胸は締め付けられる。
「……いつまでこのままなんだろう……」
結月は不安を覚えながらもそれを考えずにはいられない。
この一週間玲菜の態度は硬化するばかりで、玲菜の秘密に近づくどころか遠ざかる一方だ。
結月にわかるのは、結月すら近づけようとしないほどに大きな悩みを抱えてしまっているということ。
そして、これは結月の想像になるがそれは玲菜がこの家にいることと関係しているということだ。
だが、結月にわかるのはそこまでで、心あたりはあってもなぜそんなことをしてしまうのかはまるで見当もつかない。
何も知らず、できずに時間だけは過ぎて行って、いつしか二人の距離はこれまで経験したことのないほどに離れてしまった。
(……このままなんて、やだよ)
それはもちろん、玲菜に黙ったままでいられるのが嫌だということではあるがそれと同時にこのまま玲菜とまともに話せないのが嫌だという意味も含まれている。
そのことに今の結月はまだ気づいていないが、その気持ちは結月の中で結月の想像以上に育っていくことになる。