そして、今に至る。話さなければいけない。

 しかし、それは美織を失うことに繋がる。

(……大切に思ってはいるわよ)

 美織のことを想ってはいる。美織でなければいけないかはともかくとして、今美織と別れるのは嫌だといえる。

 だが、それはよくよく考えれば美織を大切に想うのとは真逆ことのような気がしていた。美織が帰りたくないと思っているからといって、妹のことを話さないというのはどう考えても美織のためではない。

 理々子が自分の都合で美織を縛り付けておくのに等しい。

「……りこ、さん?」

(みおり)

「理々子さんってば」

 美織の用意してくれた夕食をとりながらも、ほとんど思考に集中していた理々子は美織に呼ばれその顔を見つめる。

「……聞いてるわ。何?」

「どうしたの? 帰ってきてからずっと変だけど」

「……うん。まぁね」

「何かあったの?」

「……大人になれば色々あるものよ」

「愚痴くらい聞くよ?」

「大丈夫、そういうのじゃないから」

「そう……」

 いい子だ。心配してくれる上に、こちらの意図を理解して自ら引いてもくれる。

 こんなに出来た子が何故家出なんてしたのだろう。

(…私は…………そんなに深い理由じゃなかったかな)

 若者が家出をする理由として、いくつかのカテゴリーがあるだろうが理々子の理由はその中の一つに入ると大人になった今では自覚するし、若干バカらしくも思う。

(でも……あんな妹がいたら……)

 もし、理々子のその時にあんな風に心配してくれる妹がいてくれたならば初めから家出すら考えなかったかもしれない。

(……美織の妹)

 その姿を思い浮かべる。美織がまだ高校生だとすれば、おそらく中学程度だろう。あまりあの辺にも来た事がなさそうだというのはあの心細そうな姿を見れば容易に想像もつく。

 それに友達が美織に似た人を見たという不確かな情報だけでその現場にまで探しにきた。この場合その友達が見たのは美織で間違いなかったのだろうが、普通に考えればそんなものはわらを掴むようなものだ。

「美織」

 理々子は箸をおくと、思わず背筋を伸ばし美織のことをまっすぐに見つめた。

「っ。うん? 何?」

 美織も理々子の様子が若干いつもと違うということを察したのか美織も箸をおいた。

「……ご飯時にする話じゃないかもしれないけど、決心が揺らいじゃうと嫌だから今いうわね」

「……うん」

 美織の表情に一気に緊張が走る。まさか妹のことを言われると予測しているわけもないだろうが、理々子の様子からして【美織】のことに関するものだというのは容易に想像できる。

「まずは、これ、美織よね?」

 そう言って美織へと差し出したのは昼間、茜からもらっておいた写真だ。もらっておいたというよりは、返さなくていいといわれたものだが。

「っ!!!??

 言葉にせずともその反応だけで答えがわかる。

「これ、どこ、で……」

「今日、図書館に高嶺茜っていう子が来てたの」

…………あかねが……

「あなたの妹、よね」

 すでに名前を出したときの反応を思えば聞くまでもないことだが一つ一つのことを確認するように話をする。

「…………違う」

「え?」

「……私に、妹なんていない」

 それが嘘であることは明白だ。

 美織の痛みに耐えるかのような表情。不意をつかれた美織の胸を襲う痛み。それは理々子の前ではずっと隠していたものだ。まして、理々子にはわかるはずもないが理々子が出した名はその隠してきた中でも一番脆く、触れられたくないものだった。

「……知らない。……そんな子、知らない」

 すでに涙目になっていた美織を理々子は眉をひそめた。

 驚くは当然だろうが、まさか妹のことでここまで動揺するとは考えられなかった。

「美織……」

「……ごめん。部屋戻るね」

「…………わかった」

 この場から逃げたがっていることを察した理々子は了承しながら、美織の家出が自分とは根本から違うものかもしれないと考えていた。

 

 

 

 月明かりの差し込む部屋に戻った美織は思わず持ってきてしまった写真を見つめていた。

 そこに写っているのは中学生の頃の自分。卒業式のときに取った数多くの中の一つだ。

 その頃にはこんなことをするなんて思いもしなかった。まったく不満がなかったわけではない。ただ、そんなものは誰にでもあるものだと思っていた。

 そう勘違いしていた。

「茜……」

 美織は妹の名を呟いて、胸の前に手を当てる。

(……何やってるのよあの子は……)

 こんなところまで探しに来る。それは自分を心配してのことだというのは考えるまでもない。

(……やめてよ。もう)

 胸の痛みが広がっていく。感じてはいたものの、ここに来てからは必死に目をそらそうとしていたもの。じわりじわりと真綿で首をしめるようにゆっくりと痛みが広がっていく。

(……あぁ、嫌だ。この感じ)

 それは家出をする前にも感じていた痛み。胸がざわついて、やり場のない怒りのような悲しみのようなものが体を駆け抜け思わず唇を噛む。

 これに耐えられなかったか美織は今の状態になった。

 しかし、今は逃げ出す場所なんてない。いや、元からなかった。ここにおいてもらえたのなんて奇蹟のようなものだ。

 ここを出たら本当に行くあてなんてない。帰りたくなんてないんだから。

 だが、さっきあんな態度をして何も聞かれずここ置いてもらえるはずがない。

(……悩んでたくせに、な)

 話そうかと悩んではいた。義務感もあった。

 悩みというのは往々にしてそういうものかもしれない。そうしよう、したい。しなきゃ。とそこまでは考えるのにいざそれが目の前に来ると怖くなってしまう。

 一人ではどうしようもないことなのに。

 コンコン。

「っ!?

そう、一人ではどうしようもない。

「美織、入るわよ」

 でも、そこに踏み込んでくれる誰かがいたのなら。

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