「ん……どう?」
「あ、は……やっぱり、恥ずかしい、ね」
「そう? 私は嬉しいけれど」
「だって、こんなのはじめて、だもん。恥ずかしいよ」
理々子のベッドの中で二人は身を寄せ合っていた。
「茜ちゃんとはこういうことしなかったの?」
「し、しないよ、こんなの」
「ふぅん。そうなんだ。私の友達は妹とこういうことするって聞いたから、そういうものだと思ってた」
「ふ、普通はしないと思うけどな。妹と一緒に寝るなんて」
お互いにパジャマ姿となりひとつのベッドで、ひとつの毛布に包まり体を触れ合わせる。
お互いの体温が二人の間で暖かな空気となり、一人で横になるのとは比べ物にならないほどの暖かさを感じる中で、それ以上に心を暖かくした二人は幸せそうに互いの顔を見つめていた。
「たまに思うけどさ、理々子さんってちょっと変だよね」
「え!? そ、そう?」
「初対面なのに、メイドがどうとか言ったり、なんか【妹】に変なイメージ持ってるみたいだし」
美織の決意を聞いてから理々子が美織に提案というか、お願いをしたこと。
それは今日一緒に寝て欲しいということだった。思い出作りというか、別れることが決まってしまった妹と特別なものが欲しかったのだ。
「そ、そうかしら? そりゃ、まぁ大人になったらしないかもしれないけど……い、いいでしょ。もし妹がいたらこういうことするのが夢だったんだから」
仲睦まじく会話をする二人は本当の姉妹以上のようでもあり、美織の家出からわずかな間で培った絆が二人をそうさせていた。
「だからって当然のようにこういうことするっていうのが間違ってるような気がするんだけど……」
「……もしかして、美織は嫌なの?」
提案をしたときはすんなりうなづいてもらったし、こうしてからも特にそういう顔も口ぶりもしなかったが、美織の立場からすれば断るということは勇気のあるはずのことだろうと、理々子は若干不安に思ったが
「嫌なわけないじゃない。【お姉ちゃん】」
喜色をしながら美織の胸へとさらに近づいていった。
「……美織」
すると理々子もさっきまで思った不安を逆に幸せに感じ、よりそってきた美織の背中に手を回した。
「……あったかいね、理々子さんって」
理々子の胸に顔をうずめながら美織は肉体的な意味だけでない言葉を発した。
「そう?」
「うん。とっても……あったかい」
美織は静かに瞳の中に理由のはっきりしない涙をためていく、
「………」
それを直接見たわけではないのに理々子は美織が泣きそうなのを察して、またぎゅっと抱きしめた。
「……………」
「……………」
「……やっぱり、怖い?」
「っ!!??」
美織を抱きしめていた理々子はふと、美織が茜と電話をしたというときから感じていたことを口にした。
少し、ほんの少しだけ感じていた違和感。それは、寂しさとかそういうものではなく、不安、だったのだろう。
「……………うん」
ぎゅっと理々子のパジャマを掴んだ美織は、迷子の子供のような声をだした。
「怖いよ……。だって……わかんないもん」
わからない。
それは今の美織の心情をあますことなく詰め込んだものなのだろう。
何を言えばいいのかわからない。
ごめんなさいといえばいいのか、本当の子供じゃないことを隠してたことを怒ればいいのか、本当の子供でもないのに育ててくれた礼をいうべきなのか、その理由を問うべきなのか。あるいはただの家出ということにしてすべてに目を背けるのか。
何もわからないのだろう。
理々子にしても正解などわかるはずもなく、またおそらくそんなもの存在しないことを察している。
だからといって、不安に震える妹に何も言えないのかといえば、
「……美織がどうしたのか、どうすればいいのか。美織にだってわからないことはわかる。ううん、わかるつもり。けど」
そんなことはない。
妹を愛しく思う気持ちを素直に言葉にすればいいのだから。
「美織がどうしたいとしても、美織は私の大切な家族よ。私の可愛い妹。私は何があってもあなたの味方。いつだってここに戻ってきていいんだからね」
「…………もうっ。帰るって決意した家出娘になに言うの」
「……そうね。ごめんなさい」
数ヶ月の家出生活に区切りをつけ家族の下へ戻る相手に、いつでも戻ってきていい。
それは確かに言うべきことではないのかもしれない。
「でも、本心だから。美織のことが大好きっていうのも、妹って思ってるのも、戻ってきて欲しいって思うのも。みーんな、ね」
美織の帰る場所はこれから美織が向かうところなのだろう。
けれど、ここも美織にとって帰る場所なんだという気持ちを今はあえて言葉にしない。ただ、気持ちだけを込めた。
「…………も、もぅっ! だ、だから……そういうのはっ……」
言うべきじゃないと思いながらも、心に何かがつっかえ、代わりに言葉にしたのは
「…………でも、ありがとう」
何度伝えても伝えきれない想いだった。