(……やっぱり、こうなるのよね)

 あの後、ほとんど会話という会話もなく理々子は帰路を行っていた。

 その表情は重く、険しいものでそれはそのまま理々子の心を移したものでもあった。

 やっぱりこうなる。

 それは、理々子はたまに、本当にたまに誰かに悩みを相談した後、確実に思うことだ。

 誰に相談しようとも、その相手が言ってくるのはすでに理々子が考えていること、そうしようと思っていたこと。

 望んでいた以上のことは訪れることなく、ただ弱みを見せてしまったという事実に、こうして一人になると落ち込むのだ。

 最初からこうなるのではとわかっていたくせに、予想通りになって無駄に落ち込んでしまう。

 そして、成長がないと自分を鼻で笑い、それを心の奥に押し込めていく。

(そもそも私は……何を期待してたのかしら?)

 思わずまぶしいほどに明るい月を見上げた理々子はそれを思わずにはいられなかった。

 美織を受け入れないという答えは決まっていたのだ。それに対し、何を望めばよかったのか自分でもわからない。

 受け入れないことも、このままでは余計に美織のためにならないことも、だけどそれを伝えることがないのも、全部自分で決めていたもの。

 美織を受け入れないという前提がある以上、あとはいつそれを告げるか。それ以外にはなく、そんなことを相談したところで何にもならないなんていうことはわかりきっていた。

 何を言われても、そんなことは自分ですでに考えていたことでそれに対する反論なんていくらでもできてしまう。

(それとも……【何か】を期待したのかしら?)

 自分では思いもよらないような、【何か】。

 今の状況を打開してくれるような【何か】。

 そんなものはあるわけないと思っているくせに、そんなものを期待したのかもしれない。

(…………っ)

 月を見上げたまま歩き出すことができていなかった理々子は不意に涙が出そうになるのを感じ、それを振り払うかのように歩き出した。

(ないっ。そんなもの、【何か】なんて、ない)

 いつのまにか美織のことではなく、自分の嫌な部分に入っていっていた美織は、はき捨てるように心でつぶやく。

 同じ思考に、同じ結論。

 理々子の人生のうち、ここ十年くらいは定期的に理々子を襲う感覚。なんでもないきっかけからそれは訪れて理々子の心を蝕んでいく。

 そして、心が磨り減っていくのを感じながらそれに気づかないふりをして生きていく。それが理々子。

 美織の前では見せない、自分では本当の姿と思っている姿だった。

「ついちゃった、か……」

 悩みを相談したとき以上に落ち込んでしまった理々子は自分の部屋のドアの前でそうつぶやいてから鍵を開けて中に入っていった。

「……………」

 ただいまということも忘れ、無言の帰宅ではあったが

「あ、おかえりなさい」

 悩みの相手の明るい声に出迎えられ。

(………あった)

 と、心でつぶやいてしまう。

 食後の片付けでもしていたのか、買ってあげたエプロンをつけながら美織はパタパタとスリッパの音を立てて玄関まで理々子を出迎えにきた。

「……………」

 【何か】

 美織と出会う前の理々子は、それを求めていた。

 今の生活を変えてくれる何か、自分を変えてくれる何か、ただ生きるだけになっていた人生に意味を持たせるような何か。

 そんな【何か】を求め、しかしそれを自分からは探さず、作らず、自分にそんなものはないんだとあきらめ、それでも【何か】が訪れることを心のどこかで期待する。

 そんな身勝手な望みを持っていた理々子にやってきた【何か】。

 美織は、そんな【何か】だったのかもしれない。

「? 理々子、さん?」

 美織との生活に楽しみも、責任ももち、日々に充足感をもたらしてくれていた。確実に理々子の生活も、心も変わっていたというのに今の今まで美織を何かと認識することはなかった。

 いや、美織との日々が充実しすぎていて、また美織との関係に悩み始めてからはそんなことすら考えている余裕がなかった。

 だが、瑞希に相談したことで自分から心にある落とし穴に落ちてしまい、美織の存在の大きさに気づいてしまった。

「どうかしたの?」

 美織こそ、理々子が望み続け、しかし手に入れようとすらしていなかった【何か】なのだ。

「理々子さんってば、どうしたの?」

「……………美織」

 まだ緩んだ涙腺がしまりきっていなかった理々子は、美織を呼ぶと

「え?」

 近寄ってきた美織を

「…………」

「っ!? 理々子、さん?」

 抱きしめてしまっていた。

 自分が何をきっかけに泣こうとしていたのかも忘れ、ただ今目の前にある安心に擦り寄ってしまい。

「…………理々子さん」

(っ!!!??)

 後悔する。

 理々子の腕に抱かれた美織の心底嬉しそうな声を聞いた理々子は、はっと我にかえる。

(な、何を、何をしてるの!?)

 いつの間にか、美織のことでなく自分がこれまで抱え続けた自分に対して考えてしまっていたが、元をただせば美織のことを瑞希に相談したことがきっかけだ。

 どう断ればいいかという相談をした帰り、その断りたいはずの相手を抱きしめてしまってどうするというのか。

「ご、ごめんなさい!」

 理々子はあわててから離れ、そう口にする。

 だが、それが遅かったなどというのはわかっている。

「う、ううん。ちょっと、びっくりしたけど」

 嬉しそうに照れた様子を見せる美織が、「でも」と続けようとしたのと同時に

「お、お風呂、入れるかしら?」

 それをさえぎるようにごまかしの言葉を言う。

「あ、う、うん。大丈夫だよ」

「そ、そう。ありがと。ちょ、っと疲れてるし、すぐ入らせてもらうわね」

 あまりの迂闊さに、落ち込みを通りこして自分に怒りすら感じた理々子は、逃げるように美織の横を通りすぎていく。

「……理々子さん」

 そんな理々子を見つめながら美織が本当に嬉しそうに笑っていることも知らずに。

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