(バカ! バカバカ! バカバカバカ!!) 美織から逃げてきた先のお風呂で理々子は、顔を真っ赤にしながら自分のあまりにおろかな振る舞いを後悔していた。 おろか、まさにおろか過ぎた。 (何のために、先輩に相談したのよ) その相談自体は理々子にとって成果のようなものがあったわけでもなく、それをきっかけに愚行に及んでしまったが、それでも理々子の気持ちどう断ればいいかということを相談したのだ。 「なのに……」 理々子は涙を流しそうになりながら唇を噛んでいた。 「バカじゃないの……」 真逆のことをしてしまった。 今の美織が、理々子を好きな美織があんな風に抱かれれば、理々子の気持ちをどう考えるかなど目に見えている。 理々子の本音とは裏腹に、自分に都合いいよう気持ちを解釈してしまうのは無理がない。というよりも、当然だ。まして、きっかけがあればそう考えたいはずなのだ。美織は。 理々子が自分を好きだと、そう考える材料を探している。恋をするときなど誰でもそんなものなのだ。 そして、先ほどの抱擁はその材料を与えるには十分すぎる出来事だ。 (くそっ) また一つ、美織を受け入れられない理由が出来て、美織が理々子を好きになる理由を与えてしまった。 これから美織がどうするのかそれはわからない。しかし、これまで以上のことをしてくる可能性は十二分にありえる。 夜這いや、寝ているときのキスなどではすまないかもしれない。 今までのは少なくとも、美織の中では理々子に気づかれまいと思っていること。だが、これからは表立ってしてくることも考えられる。 そして、やはり理々子は美織を受け入れるつもりは、ない。 美織の理々子への思いが深まれば、深まるほど、時間が経てば経つほど、いつか、理々子が自分の気持ちを打ち明けたときに美織の傷は深く、へたをすれば取り返しの付かないものになる。 「……っく、……は、ぁ」 重苦しく息を吐いて理々子はぎゅっと目を閉じる。 (……妹……妹なのよ。美織は………妹。……妹よ。ただの、……ううん、大切な妹) 自分の心の奥にある何かを押し込めるように、何度も、何度もそう思い直し体を抱える 一度の過ちが取り返しの付かない結果を招く。 そんなこと、頭でわかっていても何も意味がないと実感しながら理々子は涙を止めることができないのだった。
理々子がお風呂に入っている間。美織は食後の後片付けも忘れ、食事のテーブルに座っていた。 「理々子、さん……」 表情はぽーっと現実感を喪失したような様子で、うっとりとした声を出す。 理々子に抱きしめられるのは、二度目の家出の後は初めてだ。あまりに唐突で、理由もさっぱりだったが好きな人に抱きしめられて嫌がる人間はいない。 柔らかな腕と胸。体を撫でる髪からは柑橘系の落ち着く香り、自分の同じシャンプーを使っているが好きな人の匂いということがさらに美織を高揚させてくれた。 (……なんで抱きしめてくれたのかな?) ここにきてしばらく経って美織はようやくそのことに思考がまわる。これまではあまりの僥倖に何も考えられず、幸せの中をたゆたっていただけだ。 美織は、テーブルの上にひじをついて両手の上に顔を乗せてそのことを考え出すが、理々子が心配したとおり、都合のいいことを考えるのが人、とくに恋する乙女だ。 (好きってことで、いいの、かな?) 美織も例外でなく、理々子がしてくれた行為を自分の思いたいように思う。 まして、美織には夜這いをはじめ、多くの罪悪感がある。それを例え、自分の中でだけでも正当化できる理由があればそれに飛びついてしまうのも無理のないことだった。 理々子は自分を好きでいてくれる。そうであれば、キスも、夜這いも許されることのような錯覚を美織は覚える。少なくとも、好きでない状況よりは。 どちらにしても、その好きな人の気持ちを無視して同意が必要なことをしているという事実は変わらなくとも、だ。 今まで、美織が表立って理々子へのアプローチをかけなかったのはもちろん、表向きの理由を大切にしていたからということもあるが、勝手なことをしている自分に理々子が振り向いてくれるのか、振り向いてもらっていいのかと不安もあった。 その不安が先ほどの抱擁で、少なくなったのは事実だ。 (もし……理々子さんが本当に私のこと、好きなら……) ガララ 「っ……」 心で何かを決意しようとしていた美織は、理々子が脱衣所から出てきたのを聞くと体が勝手に、理々子のほうへと向かっていった。 「理々子さん、あの」 「美織……」 (あ………) 特に先ほどのことを聞こうとしたわけではない。とにかく、理々子が話したくて理々子の前に立った美織は理々子のパジャマ姿にドギマギする。 見慣れている姿のはずだが、それはいつもよりはるかに魅力的で…… 「あ、あのね。今日、ケーキ買って来てるから、一緒に食べない?」 とにかく何でもいいから話すきっかけが欲しい美織はそう提案をする。 しかし、 「……ごめんなさい。今日ちょっと疲れてるから、もう休むわね」 理々子は少し悲しそうにそういうと美織の横を通り過ぎていった。 「あ、うん……」 あっさり誘いを断られてしまった美織ではあるがこの時は、先ほどの抱擁と自分にとって都合のいい思考もありそれほど落ち込むことも悲観的になることもなかった。 だが、理々子が涙すら流したお風呂の中で美織がしようとしていた決意などとは比べ物にならないほどの決意を固めていたことを後に知ることになる。