「……………」 美織が帰った翌日。その日は、ちょうど理々子も休みの日で理々子はいつも通りに家で過ごしていた。 ただし、ほとんど家から出ることのないのはいつもの休日でも家の中で過ごすことはいつもとは違った。 いつもであれば一人であっても本を読んだりテレビを見たり、掃除をしたりと家の中でもやることはたくさんあってあっというまに一日を過ごすことができていた。 だが、今日は自分のベッドで横になりながら一日のほとんどをそこで過ごしていた。 (……どうしよう……) 何気なく抱く枕をぎゅっとした理々子は昨日から幾度となく心を駆け巡る言葉を心で繰り返す。 (どうしよう……どうしよう……どうしよう……) いくら唱えたところで状況が好転するわけではない。それでも今の自分の気持ちと、美織との約束と、そのタイムリミットを考えてはそう思わずにはいられないのだ。 (……終わっちゃう……全部) 美織との時間が終わってしまう。美織が帰ってきたら、美織との時間が終わってしまう。 ここに至っても、理々子には美織を受け入れるつもりは……ない。そして、それを美織に告げればこのまま居続けてくれるなんてことはありえないだろう。 今は決して居心地がいいとは言えない雰囲気が流れてはいるが、それでも一人になることのほうがはるかに心には重くのしかかる。 (一人は……嫌……だけど) だけど、と続いてしまう。美織を失うのは嫌。この前、美織が最初に家出してきた時とは意味合いが違う。 あの時は別れが来ようとも、美織との関係が続くのはわかっていた。 だが、今回は違う。 今回美織と別れてしまったら、もう二度と会えないかもしれない。いや、会えたとしても今のような関係に戻ることは不可能だ。もう二度と美織と笑いあうこともなくなってしまう。 決して、美織が嫌いだから受け入れないわけではない。美織のことは好きだ。多分、誰よりも特別な存在ではある。 美織を受け入れられないのは……すべて理々子の問題なのだ。 受け入れる……器が自分にはない。 理々子はそう考えている。 (……なんて、言えばいいのかしら……?) 一切声に出すことなく、自分の中だけで思考をする理々子はほとんど考えられていなかったことを思い唇を噛んだ。 まるで考えられていないわけではない。 だが、理々子の理由のすべてに美織は反論できてしまうというのを予測している。 責任がとれないからどうしたとか、他に好きな人なんてできないとか、きっかけなんてどうでもいいとか。 いくらでもそういう言葉が浮かんでくるし、多分自分が美織の立場だったらそんなことを言うかもしれない。 恋とはそういうものなのだ。 一時の気持ちを自分のすべてと思ってしまうものなのだ。 だが、実際には違う。恋や愛に限らず、どんなものでも永遠に続くなんてものはない。 一時はそれがすべてで、それに一生をかけられると信じてしまえる。 だが、気づく。 どれだけ好きでも、どれだけ尽くしても、どれだけ愛しても、その気持ちが永遠に続くことなんてありえないのだと。 (……だから……) なぜか涙が出る直前のような気持ちになって 「……ごめんなさい。美織」 やっと声に出してそれをつぶやけた。 「ふふ……」 それからそんな自分を鼻で笑う。 「今から、こんなんで……どうするんだか……」 それとも、いざ目の前に美織がいれば大人としての対応ができてしまうのだろうか。美織が憧れる大人の女性としての対応が。 (かも、しれないな……) まして、美織は理々子がそういうことができると思っているだろう。そういうのを含め、美織は理々子にあこがれているのだろうから。 よく本当の自分は違うみたいなセリフを聞いたりもするが、そんなものは意味のない言葉だろう。自分にとっては違うとしても、相手にとってはその演技をしている姿が本当なのだ。 自分にとっての本当と相手にとっての本当は意味がちがう。 だからこそ、理々子は【本当の理々子】として美織に向き合うつもりでいた。 ブーブーブー。 「っ!!??」 と、出口のない迷路をさまよっていた理々子の耳に携帯のバイブ音が聞こえてきた。 「……………」 正直、出れる気分では、ない。 ないが、 (まさか……美織……?) 帰ってくる日ではないし、特にかけてくる理由もないはずだが美織かもしれないというだけで確認せずにはいられず、理々子は億劫とうに体を起こすと枕元にあった携帯をとって 「……瑞樹、さん」 かけてきた相手の名を意外そうに呼ぶのだった。