理々子が美織に会いに行ったのは翌日だった。
美織に【現場】を見られた後、瑞樹の話がそれほど長かったわけではない。ただ、瑞樹に言われたことをきちんと考えたかった。
これからのために。
これからの自分と、なにより美織のために。
昨日のことは理々子と美織にとって、致命的な出来事ではあった。しかし、手遅れではないはず。
(そうよ、手遅れになんかさせない)
そう誓って、理々子は美織の家を訪れていた。
美織の家に来るのは三回目。
一度目は、美織が初めての家出から戻ったとき。二度目は、美織がまた家出をしてきて両親に挨拶に行ったとき。
どちらも、歓待を受けたものだが今回は違う。
美織の母親には事情があるということは察してもらえたようで、歓迎されたわけではないが、嫌な顔をされたりということもなかった。
ただ、この家には誰よりも美織のことを考えてくれる人物がいた。
その相手は、最初美織が来た時こそ歓迎してもらい、お礼を何度も言われたりもした。だが、二回目に訪れた時には反対こそしなかったものの、決して理々子に心からの笑顔を向けてくれることはなかった少女。
理々子にとってもある意味特別な相手。
彼女がいなければ理々子と美織の関係は今とは違っていたかもしれない。彼女が家出をした美織を探して、あの図書館に来たからこそ理々子は美織の闇に向き合えたのだ。
あれがなければ、そのまま惰性で美織とすごし、たとえ美織が家出をやめたとしても今のような関係になることはなかっただろう。
理々子と同じように美織を想う少女、茜。
「……何しに、きたんですか」
母親に通され、美織の部屋の前まで来た理々子の前に美織の妹である彼女が今目の前に立ちはだかるのは必然と言えた。
外見ではなく、一緒に過ごした時間が美織の妹であることを主張するまだ幼い茜は、はっきりとした怒りと不信と、拒絶を持って理々子を見上げていた。
「美織に、会いにきたの」
理々子は今の美織の状態を予想しながらも、余計なことを省き用件を伝えた。
「…………だめ」
茜は、そんな理々子に……怯えて見せた。
まっすぐに美織を想う理々子の姿に、茜は怯えてしまった。
「いるのよね、美織」
「………だめ……だめです」
向き合った瞬間に茜は自分の【負け】を確信していた。
茜は美織のことが好きだった。小さいころから、お姉ちゃんである美織に憧れ、尊敬し、目標でもあった。美織が家出をしたことで本当の姉ではないと知っても、その気持ちは一分たりとも失われることはなかった。
血がつながっているとか、いないとか、本当の姉妹じゃないとか、そんなことは関係ない。茜にとって美織は、いつまでも【お姉ちゃん】なのだ。
世界で一番大好きなお姉ちゃんなのだ。
姉の気持ちが自分に向いていないとしても、今目の前にいる相手に向いているのだとしてもそれは茜の中で絶対のことだった。
「昨日……お姉ちゃんがどんな風だったか、知ってるんですか? ずぶ濡れで帰ってきて、でも何も言ってくれなくて、何にもわかなかったのに、おねーさんのことかって聞いたら……泣き出して、ずっと、ずっと、泣いてて……でも、やっぱりそれだけ。私には、何にも話してくれなかった」
茜にとって、それは負け惜しみだった。
理々子と対峙した瞬間。茜は、理々子が自分と同じで、自分以上だと感じてしまった。同じ美織を想うものだからこそ、感じてしまう差を痛感した。
今ここで、理々子を通してしまったら、永久に理々子に勝てなくなるという予感が茜を素直にさせてはくれなかった。
「……そう」
理々子は、それをはっきりと感じたわけではない。だが、もともと茜が美織を誰よりも想っているということは知っていた。今の自分が茜にとって、大好きなお姉ちゃんを盗ってしまう相手だということを認識してはいた。
「会わせてもらえない?」
だが、たとえ誰に何を思われようと理々子は自分の行動を決めていた。
「……だめ、だめ……だめ」
「お願い」
「やだ、……やだ……やだ」
駄目、からヤダへと変わるのはそれがただのわがままだから。
「おねーさんが泣かせたんじゃないんですか? お姉ちゃんのこと、泣かせたくせに……お姉ちゃんのこと……」
「そうよ。私が、美織のことを泣かせた。だから、責任を取りにきたの」
「…………っ」
「お願い、茜ちゃん。美織に会わせて。もう美織のこと泣かせたりなんかしないから。うううん、また、泣かせるかもしれない。喧嘩だってすると思う。でも、悲しませたりはしない。不幸にしたりなんかしない。だから、美織に会わせて」
具体的なことは何も言っていない。なぜ泣かせたかも、どうしてこれから先に悲しませたりなんかしないというのかも。
わかるのは、理々子の想いだけ。
「…………………絶対、ですよ。嘘ついたら、絶対に、許しませんからね」
それだけ、十分だった。
「えぇ。約束するわ」
理々子は悔しさは抜けきらない茜の言葉に背を押され、美織の部屋へと入っていった。