(……寂しそう)

 それが、理々子の話を聞いていたときに美織の感じたことだった。

 話す調子も、口調も、見上げる横顔も、小さく感じる背中も、すべてが哀しみをたたえていた。

 それを見た美織は、自分は勘違いしていたことを知る。

 美織から見た理々子はいつでも、かっこよかった。自立していて、大人で、なんでもできて、憧れで、目標だった。

 一緒に住んでいれば、駄目なところの一つや二つ見えてくるものではあったが、理々子のどんな姿を見つけても美織にとって理々子は、かっこよかった。変わらない目標だった。

 だが、それは自分の勝手な思い込みだった。

 理々子も美織と同じだった。

 心にある不安や、恐れを隠し、今を続けてしまう弱い心を持つ人間だった。

 理々子の語りは美織にそれを気づかせた。

 理々子が語るのは、美織には知らない恐怖。美織から見てもそれは、むちゃくちゃを言っているように聞こえた。

 友だちが友だちでなくなるということなど、はっきり言って理々子の勝手な妄想なのではと思った。

 だが、同時に美織は自分がそうだったことを思いだす。

 自分が拾われた子供であったと知ったとき、家族に対する不信までは共感を得られることだとは思っていた。だが、友人たちに感じた恐れは、美織の勝手な思い込みだったはずだ。

 友人たちは、美織と友人になったのであって、親や家族は関係なかった。それでも、美織は友人たちにすら不安を覚え、一人で抱え込んだ。

 自分で友人を友人じゃなくしていった。

 その鬱々とした気持ちは今も美織の心に暗くしみついている。

(理々子さんも……同じなんだ)

 その恐怖を知っている人間。

 自分と同じ弱さを持つ小さな人間だった。

 それは決して昨日見た光景の説明になったものではない。しかし、自分と憧れである理々子が同じ存在であったということを知り、その誰にも話せなかった弱さを自分に見せてくれたということに美織は

「………………………………うん」

 と、心をさらけ出した理々子に自分も心を開くことができた。

 

 

 身を起こした美織は、赤く腫れた瞳で理々子を見つめてくる。

「……………」

 その姿に痛々しさとともに、決して拭い去ることのできない罪悪感を感じ、理々子は美織へと手を伸ばす。

「ぁ……」

 美織は、自分の頬へと伸びたその手に小さく声をあげるもののその手を払ったりはしなかった。数分前なら間違いなく、さけたであろうはずのその手を。

「………ごめんなさい」

 言いながら添えた指で軽く目元を撫でる。少し熱くて、ふにょっとして、本当にずっと泣いていたんだということが嫌でも伝わってくる。

「美織」

「………うん」

 美織はもう一度優しく自分を呼ぶ理々子の手を取った。

「私、勝手なことを言うわ」

「うん……」

 自分がどれだけ美織にひどいことをして、傷つけたか理々子はそれを自覚している。だから、自分が本当に言葉通りに勝手なことを言うということはわかっていた。だが、理々子はそれに対し、ためらいはなかった。

 嘘をつかないで、自分と美織のために美織と向き合う。それをしなければいけないのだと知ったのだから。

「私は、美織に戻ってきて欲しい」

 それが、嘘偽りのない理々子の心。

「今度はちゃんと、美織との時間を過ごしたいの。……妹じゃない美織と」

 ずっと美織を妹だと思ってきた。そうじゃなければ、美織が離れて行ってしまいそうだったから、離れてしまったときに堪えられなくなりそうだったから。大切だから遠ざけていた。

 けれど、今は逆のことを思う。大切だから、一緒にいたい。もっと近くで美織と、今度こそ本当の自分で向き合いたい。

「ただいまって言いたい、おかえりって言ってほしい。美織の作ってくれるごはんがもっと食べたい。私のごはんを美織に食べてほしい。毎日のことを、美織から聞きたい、美織に言いたい。嬉しい時も、つらい時も、悲しい時も、楽しい時も、いっぱいの時間を美織と一緒にすごしたい」

 それは、理々子が初めて他人に思う気持ちだった。友人との時間は好きだった、付き合った人もいた。だが、ここまで思ったことは一度もない。初めて、ずっと一緒にいたいと思えた。

「美織との時間が好きだから」

 それは、今までの反動かもしれず、また一時の感情の高ぶりが出した答えなのかもしれないと、自分の嫌いな大人の部分が訴える。

たとえそうであろうとも、

「美織が、大好きだから」

 今胸のあるこの気持ちは本物だから。

「だから、帰ってきて」

 理々子は、妹以上の美織にそう伝えた。

「……理々子、さん」

 理々子の告白を受けた美織は、熱い息を吐きながら理々子を呼んだ。

 潤んだ瞳。そこには、気持ちが詰まっている。想いが詰まっている。

 理々子に救われたことへの感謝、その理々子への憧れ、好意。そして、秘め続けた時間と、理々子にさけられていた苦悶。昨日の光景と、今理々子の話してくれたこと。

 それらすべてが混ざり合った気持ちで、理々子を見つめた美織は

「っ!!」

 理々子の胸に飛び込んでいった。

「美織……?」

 それが、単純に自分の言葉を受け入れてくれただけではないことを察した理々子は軽くその体を抱きながらも、若干不安気に美織を呼ぶ。

「……………理々子さん」

「……えぇ」

「………理々子さんって………かっこいいよね」

「? 何、いってるのよ、かっこわるいわよ」

 それは理々子の本心だ。自分を低く見ることもないが、決して高くみない。まして、昨日瑞樹にあんな姿をみせ、美織に見られたというのに、恥も外聞もなく、自分勝手に美織に戻ってきてほしいと言っている。さらには、恥ずかして誰にも話そうと思えなかった独りの自分。

 かっこいいとは到底思えなかった。

「ううん、かっこいいよ」

 しかし、美織はそんな理々子を否定する。

「私なら……言えないもん。言えなかったもん……でも、理々子さんは話してくれた。……かっこいいよ」

 自分で自分の弱い部分を他人に見せること。それは、本当に大変なことだということを美織は知っている。自分にはできなかった。話そうと思える相手がいなかったわけじゃない。だが、話せなかった。

 理々子に話した時ですら、あれは茜というきっかけがあり、話すという選択肢以外なくなったからこそ話せたこと。

 きっかけがあったのは同じでも、理々子はそれを伝えなくてもよかったはずだ。そうでなくてもきっと【言い訳】はあったはず。もっともらしく、納得もいくようなことが言えたはず。けれど、理々子がしたのは、してくれたのは納得のいくことではなく、自分の弱さを見せることだった。

 それは、美織にとってかっこいいことでそして、なにより。

「……私、やっぱり理々子さんみたいになりたい」

 美織にとって憧れの的だった。

 告白しようと思ってからの避けられ続けたことを忘れたわけじゃない、昨日抱き合ってた光景を忘れたわけじゃない。だが、それらが自分と同じ【弱さ】から来たものだと美織は知って、それ以上の強さとかっこよさがあることを美織は感じて、その言葉が自然と出た。

「だから、ね。……これからも理々子さんのそばに、いたいな。理々子さんの一番近くで、理々子さんのことを見ていたい」

 そして、美織もまた失っていたものを取り戻す。ただ盲目的に理々子への想いを持つのではなく、理々子が受け入れてくれた時の自分、理々子が応援してくれた自分を。

「美織」

 はっきりと理々子の帰ってきてという言葉に応えてはいない言い方。しかし、逆にそれが美織の想いを如実に表していた。

 それがわかる理々子は、美織を今度こそ優しく、強く抱きしめた。

「……理々子さん」

 今まで受けたどんな抱擁とも違う。優しい抱擁。

 心と心が触れ合う感触に美織は幸せそうに理々子にすべてを預け

「……大好き、大好きだよ理々子さん」

 二人の新たな関係を告げる告白をした。

 

 

4/エピローグ

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