午後も美織のすることは一週間を通してほとんど変わりはない。勉強をしながら、時折散歩をしたりテレビを見たり、パソコンをしたり、本を読んだり、家事をしたり、音楽を聴いたり。

(……意外にしてること多いかも)

 などと考えながら、ベッドの上で洗濯物をたたんでいると携帯にメールが届いた。

「…………」

 それは理々子からのもので、内容を確認すると美織の表情に陰が宿る。

「……ふぅ。ま、仕方ないか」

 しかし、すぐにそうつぶやいて仕事を再開した。

 理々子からのメールは今日は職場で飲みに行くから夕食はいらないとの連絡だった。この日は金曜日で、ましてまだ四月になったばかりという時期だ。

 こういうのは仕方のないことなんだろうと想像でしか、理々子のことを察することができない美織は自分を納得させ、いつもより少しだけ雑になってしまった洗濯物を片付け終えた。

 その後は気落ちしながらも、普段どおりの生活をして一日を送る美織は自分が思いのほか落ち込んでいるなとか、必要以上の心配をしているとか、その心配はもしかしたらあってるのかななど、理々子にはばれたくないことを想像しながら理々子の帰りを待った。

 自分の部屋で穏やかな春の風が入ってくる窓から、どうせこの高さと暗さでは視認できもしないのに駅からこのアパートへ向かってくる道を見つめては、思い出したかのように家に置いてあったファッション雑誌へと目を戻した。

(やっぱり、違うんだなぁ)

 今まで読んでいたティーン向けとは異なるものがのっているというのと、それを理々子は読んでいるのだなというところに改めて年の差を意識する。

「…………」

 それが面白くなく、パタンと雑誌を閉じた美織の耳に

「ただいま〜」

 と、待ち望んでいた声が聞こえてきた。

「おかえりなさい、理々子さん」

 早足に玄関に向かって、理々子を出迎える。

「あ、うん。ただいま、美織。っ……ん」

「大丈夫?」

「あー、ん、平気平気。ちょっと飲みすぎちゃっただけ。」

「そうなんだ」

 真っ赤な顔でふらつく理々子の肩を支えながらとりあえずキッチンへと運んで、食事のときのイスに座らせる。

「はい、お水。あと、頭痛薬あるけどどうする?」

「ん、は……ありがと。ほんと、美織はいい子ね。お嫁さんにしたいくらい」

「っ!!? 別にこのくらい普通でしょ。もうっ、酔っ払ってるの?」

 不意打ちに頬を染めながらも美織は声には心の乱れを表さない。

「だから、そうだって言ってる、でしょ。ふぁあ」

 とろんとした瞳で理々子は大きな欠伸をする。

「眠いの? もう寝ちゃう?」

「え、っと……お風呂、入る。用意できてる?」

「あー、うん。あ、でも汲んだの結構前だからちょっと、温度見てくるね」

「んぅ、ありが、と……ふぁ……」

 なんだか今にも寝てしまいそうな理々子を残して、美織はお風呂へと足を向けた。

 そこでちょっとぬるいと思って二分ほど追い焚きしながら、さっきのことを思い出す。

「お嫁さんにしたいくらい」

「……………ふぅ」

 また熱くなりそうだった頬を自分のため息で散らして、お湯の調節をしていく美織。

 それがすむと理々子にそれを知らせるため

「ぅ…ん、すぅ……ん、くぅ」

 キッチンのそばまで来たところでそんな声、いや寝息が聞こえてきた。

「あ、寝ちゃったんだ」

 予想の通り、理々子は着替えもせぬまま木の色をした机に突っ伏して寝息を立てていた。

「寝てる、よね……?」

 そうは思っているし、さっきの様子を考えても間違いないであろう理々子に近づいていて、隣のイスに腰を下ろした。

「ん、………ふ……くぅ」

 美織が近づいても理々子は変わらず、穏やかな吐息をもらす。

「……………」

 上気した頬に、形いい唇、長い睫毛。

(綺麗……)

 思わず見とれてしまう美織は、その頬に指を伸ばしかけ

「っ……」

 やめる。

「もうっ、こんなところで寝ちゃだめだっていうのに」

 意識的に口にした美織は席を立つと理々子の部屋から毛布を取ってきて理々子の肩へとかけた。

(起こすのは後でいいよね)

 気持ちよさそうにしている。今はそっとして、寝る前にでもベッドに連れて行けばいい。

(せっかくだからお風呂はいっちゃおっと)

 そう思い自分の部屋へと戻ろうかと考え、一度理々子のことをもう一度見つめなおす。

「…………ん、はぁ」

 変わらぬ寝息を立てる理々子をみては

「…………」

 無言でその場を後にした。

(理々子さんみたいになりたいって、嘘じゃないよ。ここなら頑張れそうっていうのも)

「けど……」

(本当の理由は……)

 美織はその場から離れられないまま、もう一度理々子の姿を確認すると、

(一番の理由は……)

 すぐにきびすを返してやっと、お風呂へと向かっていくのだった。

 

2/二話

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