「………はぁ」
翌日の放課後、私は荷物を取るため教室へ向かいながらため息をついていました。
(まったく、深雪さんは!)
そう怒るのはもちろん、昨日のことです。
いきなり脱がされてしまったことです。
あんなのはひどいです。口で言えば済むことをあんな風に変な言い方をしてわざわざ誤解を誘って。
おかげで今日は何回もちゃんとボタンがしまってるか確認をさせられる始末です。
しかも、そのたびに昨日のことを思い出してしまって、一人赤面してしまいました。
深雪さんがああいう人だというのは知っていますし、本気で……、その……ほ、ほんの少しだけ私が想像してしまったことをするような人ではないと知っています。
誰にでもほっぺではあっても簡単にキスをしてしまう人ではありますし、私と付き合ってからも、遊ぶだけと称して、他の子とデートをするような人なのです。
そのくせ私には相変わらず奥手なところがあってキスはいつも他の人と同じ、ほっぺどまりです。
それですら嬉しいのは当然ですが、あまり他の子と比べて私が上という気があまりしないのです。
(……意外とやきもち妬きですね。私)
他の子に以前と変わらぬ姿を見せてはいても、深雪さんの一番が私だということはわかっているのにこう思っちゃうんですから。
(だからと言って、昨日のことを許す気にはなれませんけど)
いくら私が深雪さんのことを好きだとしても、不満は不満なのです。
「……ふぅ」
それに対しまたため息をついてしまう私は、自然とうつむいてしまい。
(……ほんと、深雪さんは)
昨日のことをきっかけに深雪さんのちょっと許せない部分を心で反芻していきます。
たとえば、他の子にすぐ可愛いって言ったり、デートしたりとか。昨日みたいに言葉だけは挑発的になるくせに、肝心なことは何もしようとしないところだったり。
(他にも……って結構いっぱいありますね)
改めてそれを思う私は、深雪さんにたいする不満に意識を集中し、明らかに前方不注意状態になってしまっていました。
そして、えてしてこういう時にこそ事故は起こるもので。
「きゃ!?」
と、私は体が軽い衝撃に襲われるとともに可憐な叫びを聞くのでした。
バサー、と一緒に何かが床に落ちる音がして、やっと私は人にぶつかったんだということに気づきました。
「す、すみません。大丈夫ですか」
しかも、その人は床に尻餅をついているようで私は慌ててその人に駆け寄ります。
「あたた……おしりが……」
「す、すみません! ちょっと、ぼーっとしてて」
「いえ、私のほうもちょっとよそ見を……」
おしりをさすっていたその人は、駆け寄ってきた私を見つめ、急に無言になりました。
「あの……?」
単純にぶつかった相手以上の意味で見られているような気がした私は、反射的にその人のことを見つめます。
(……三年生、でしょうか?)
同じ学年では見たことはありませんし、年下という感じはしません。ふんわりとした髪に、筋の通った顔、それと
(…………どこかで見たような?)
同じ学校なのですからその印象は正しいでしょうけど、そういうことではなく、私を見つめる瞳がどこかそんな印象を持たせました。
「……ふふ、なんでもないわ。あなたこそ大丈夫?」
「え、えぇ。私は、なんとも」
急に雰囲気が変わったようなその人になぜかドギマギさせられてしまいます。
「そう。ところで、お願いがあるのだけれど」
「は、はい」
「どうも、手をくじいちゃったみたいなの。これ運ぶの手伝ってもらえないかしら?」
いいながら、彼女は周りに散らばったプリントやノートに視線を送りました。
「は、はい。そのくらい」
私に原因があるんですし、それくらいはもちろんするべきでしょう。私は手早く散らばったものを集めだしました。
「あの、保健室行かなくても大丈夫なんですか?」
「え? えぇ。ちょっと痛みがあるくらいだから」
「そう、ですか」
あんまりそういった雰囲気は感じられないのですが……っていけませんね。私がぶつかっておいて変な勘繰りをするのは。
(……でも、なんだか)
嘘をついてるわけではないんでしょうけど、こういう雰囲気は知ってるような気がします。
「さて、行きましょうか」
「あ、はい」
もう少し考えれば何かに気づいたのかもしれませんが、彼女がそう言って促すと私はその背中を追って行ってしまい、その雰囲気の正体に気づくことができませんでした。