名も知らぬ先輩に案内されたのは生徒会室でした。

(……生徒会の人だから、見た記憶があったのでしょうか?)

 行事になれば、何かと目につく人たちではありますし、多分見おぼえがあったというのは多分そういうことだったんでしょう。

 なんてことを思いながら私は部屋の中を見回します。

 友だちに生徒会役員の人がいるので、初めて来るところではありませんが、学校の中では異質な雰囲気を感じさせる場所。

 パソコンやプリンター、コピー機なんかが全てそろっているのは職員室とコンピューター室を除けばここくらいでしょう。そのほかにも棚いっぱいに積まれたファイルやプリントや、普通の教室にはおいていない長机。

 私みたいに委員会すら入っていない身にとっては部外者ということもあり、少し緊張してしまうのですが、それ以上に気になるところがありました。

「なんだか、散らかっていませんか」

 来たことはありますが、その時はパソコンの周りなどは多少プリントなどが散らばってはいたものの、今のそうにほとんどの机にものがあったり、棚のファイルが妙に不揃いということはありませんでした。

「うん、今整理中だから」

「そう、なんですか?」

「そそ、私ももう引退だから、引き継ぎの資料とかいらないものとかを処分してるの。あなたに運んできてもらったのもその一環」

 なるほど、なんでしょうか。言ってることはわかるつもりですがそういう経験がないのでいまいち実感がわきません。

(ん? ということは……)

 普通に考えて私が持ってきたことでこの人の作業が終わったということにはなりません。むしろこれからが本番なはずで……

「さて、と、じゃ、頑張りますか」

 先輩は言ってまずは棚からファイルを取り出して開くとそこからプリントを取り出し始めました。

「ん、しょ、っと」

 ただし、片手だけを使って。

(………さっき、痛めたって言ってましたよね)

 私がぶつかってしまったせいで。

「……んー、あ、あれもいるかぁ」

 先輩はほとんど片手しか使わないまま、作業を進めていきます。どう見てもやりずらそうですし、効率的とは思えません。

(……私のせい、ですよね)

「あ、あの!」

 片手で作業をする先輩に罪悪感を掻き立てられた私は、そう声をかけました。

「ん? なぁに」

 見知らぬ先輩と二人きりという状況は確かに私を緊張させていて、この時先輩は一瞬だけにやりと口元をゆがめたのに気づきませんでした。

「て、手伝います」

「いいの?」

「わ、私がけがをさせてしまったんですし」

「……ありがとう」

 本当は少し気づいてはいました。何かを感じてはいました。ただ、そんな小さな違和感や疑いは罪悪感のほうに押しつぶされてしまい私は安易に提案をしてしまったのです。

 

 

 作業自体は難しいことではありませんでした。実際の資料の作成などは先輩がほとんど済ませてしまっていたようで、私がしたのはプリントをファイルにまとめたり、いらないものをシュレッダーにかけたり、軽く掃除をしたりとほとんど雑用でした。

 もっともそのほかのことをしろと言われても困るのでありがたかったのですが。

 問題は作業も終了になろうかというところで起きました。

「さて、これで終わり」

 まだ結局名前も聞いていない先輩は机の前でん〜っと体を伸ばしながらそう言いました。

「お疲れ様でした」

 私も最後のファイルを棚に戻して、自分と先輩に対しねぎらいの言葉をかけます。

「ありがと、助かっちゃった」

「いえ、このくらい」

 もともと私が原因でもあるのです。それほど時間がかかったわけではないですし、私の本心ではありました。

「お礼、しないとね」

「え?」

 背筋がゾクっとしました。

 知っている感覚です。今は感じることはなくなりましたけど、少し前まではよく感じていた感覚。

(あれ?)

「よ、っと」

 先輩は片手に体重をかけて立ち上がりました。

(痛いって言っていた方、ですよね?)

「あ、あの……?」

 先輩はにやりと不敵な笑いを浮かべるとまっすぐに私のほうに迫ってきました。

「あ……」

 本能的に後ろに下がろうとしましたが、背中がすぐにファイルを積んだ棚に触れてしまいます。

「ふふ」

 先輩はそんな私を楽しそうに見ながら

「ひゃ!?」

 私の、髪に触れてきました。

「綺麗な髪ね」

 しかも、その髪を取って

「それに、とってもいい香り」

「あ、あ、の………」

 こ、声がうまくでません。

 そう、まるで恋人になる以前に深雪さんに迫られてしまったときのような金縛り。

 しなきゃいけないことも、言わなきゃいけないこともあるのに、何かが心と体に絡みついて何もできなくなってしまう時の感覚。

「ねぇ、清華ちゃん?」

「え?」

 な、なんで私の名前を。

「あなた、とっても可愛いわね」

「………ぁ、ぅ」

 鋭い光を放つ瞳に私は、顔をそらすことすらできません。

「私、ずっとあなたと話したいと思ってたから、二人きりになれて嬉しいわ」

(え? え? え?)

 いきなりなセリフに私の頭は真っ白になっていき、しかも

(あ、……いい、匂い)

 先輩の体から私の好きな匂いがして、思わず頬を染めてしまいました。

「ふふふ、緊張してる?」

「ぁっ!?」

 て、手が、せ、先輩の手が優しく頬を撫でます。

 すべすべて、ひんやりとした先輩の手。こうすることを慣れきった手つき。

 まるで、深雪さんにされているような感覚に陥り、一瞬だけ頭がぼーっとしてしまいました。

 しかし、

(深雪、さん)

 頭に浮かべた恋人の姿に私は、我を取戻して、先輩の手から、体から逃れました。

「あ、あの! よ、用事はすみました、ので! わ、私は、これで」

「あらら、お礼がまだよ?」

「け、結構です!!」

「そう、残念」

 私が一人で熱くなるのとは対照的に先輩は本気には聞こえない言葉を紡いで

「それじゃ、また会いましょ」

 私を絡め取るような響きを発しました。

「っ!!? し、失礼します!!」

 私は、どこか本能的にそれに怯えるように大きな声を出して、その場から逃げるように去っていくのでした。

 

 

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