「っ。はぁ……はぁ」

 生徒会室から早足に逃げて行った私は、自分の教室がある廊下にたどりつくと、やっとスピードを緩められました。

 そのくらい……その、普通じゃ、なかったのです。

 あぁいうようなことは、深雪さんからは散々されていますけど、すごく……怖かった、です。

 深雪さんにされるのは、相手が深雪さんだからこそ大丈夫だったのです。すごく恥ずかしくても、深雪さんだから、好きな人だから恥ずかしくても、嬉しくてなんでも許せてしまっていたのです。

 でも、あの人は違う。本当に名前すら知らなくて、でも当たり前のように深雪さんみたいなことをしてきて、それに強く抵抗できなかったことが怖かった。

 深雪さん以外にあんなことされて、動けなくなってしまったのが怖かったです。

「…………深雪さん」

 無性に心細くなってしまった私は、その名をすがりつくようにつぶやきます。

(……まだ、ドキドキしてる)

 それから胸に手を当てて、動悸が収まっていないことにまた心の平静を乱します。

(……会いたい、です)

 深雪さんのことは大好きでも、まだ一人の時間が欲しいと思ったりもする私ですが、今はとにかく深雪さんに会いたかったです。

 声が聞きたいです。ぬくもりが欲しいです。

 好きって言われながら、抱きしめてもらいたいです。

(……でも、もういるわけないですよね)

 放課後の教室で待ち合わせすることが多いといっても毎日というわけではありません。私も深雪さんも約束をしてなければさっさと帰ってしまうことはありますし、深雪さんなんて【私以外との約束】もあるようで、一緒に帰らない日も少なくはないのです。

 まして、こんな時間になっていればもう帰ってると考えるのが普通でしょう。

(会いたい、です、けど……)

 それは本当に心から思っていることではあるのですが、その、なんだか私から連絡して会いたいと伝えるのは、何か違う感じがして私は気分を落ち込ませながら教室に向かって行きました。

「あ、さやかー」

「っ!?」

 そして、ドアを開けた瞬間に予想していなかった声に出迎えられます。

「み、深雪さん」

 聞き間違うはずもない声、見間違うはずもない姿。

 会いたくても、あきらめていた人の姿がそこにありました。

「な、なんで、まだいるんですか?」

 会いたかったはず、触れてもらいたかったはず、抱きしめてもらいたかったはずの人の姿に私は少し気が動転してしまいそんなことしか言えず、そばに寄っていくこともできませんでした。

「ん、帰ろうと思って戻ってきたら清華の荷物がまだあったから、せっかくだし一緒に帰ろうかなって思って待ってたの」

(………っ)

 普段なら、いなかったら帰ってしまってその日の夜とか、次の日とかにいなかったから帰ったと言われるだけなのに

(……こんな時に限って)

 ずるいです。

 普段は私を困らせてばっかりのくせに弱ってる時にいきなりこんなことするなんて。

「? 清華?」

 ずるい、ずるいですよ。

 私はよくわからない理由で涙目になりながらそれを隠しためにうつむいて、深雪さんに近づくと

 ぎゅ!

「さや、か?」

 思わず、抱き着いていました。

「……………」

 私は何も言えません。

 ただ、理由のはっきりしない恐怖に襲われた私は、それから逃れるため深雪さんにすがりつきます。

「さ、清華? ず、ずいぶん積極的だけど、どうか、したの?」

「……………」

 言えません、言いたく、ないんです。具体的に何かされたわけではないからということではなく、なんだか言いたくない。

「……え、っと」

 普段私にはこんなことくらい簡単にするくせに、深雪さんは困ったようにそうつぶやくだけです。

(………ふふ)

 そんないつもの深雪さんの反応が私の心を少し落ち着かせてくれました。

 目を閉じて、深雪さんのことをだけを感じます。

 生徒会室であったことを心の奥に沈めるため、深雪さんのことを感じます。

「……髪、撫でてください」

「え? う、うん。これで、いい?」

 私の求めに応じて深雪さんは軽く抱き返しながら私の髪を撫でてくれました。

「……はい」

 その行為に私は、名も知らぬ先輩されたことを塗りつぶします。触られたことが嫌だったわけじゃない。ううん、触られたことを嫌じゃないと思ってしまったからこそ深雪さんにして欲しかった。

 深雪さんにしてもらう心地よさを思い出したかったんです。

「清華……」

 そんな私の気持ちを察したのではなく、単純に様子のおかしな私を心配してくれたのでしょう。

 深雪さんは優しい声で私を呼ぶと髪を撫でたまま私を抱きしめ返してくれました。

「……深雪さん」

 そんな単純なことが嬉しくて、泣きそうだった心が落ち着いていきます。

(……やっぱり、私は深雪さんが大好きです)

 それを改めて思います。知っていましたけど、自覚もしていましたけど、そうなんです。私は深雪さんが大好きです。

「帰りましょう」

 抱き着いたままそう口にした私。帰るんだから離れるのが自然なはずだけど、まだ少しでもこうしていたかったから。

「うん」

 深雪さんも離してはくれません。

「あのさ、清華」

「……はい」

「何かあったんなら、何でもあたしに話してくれていいんだからね」

「えぇ。わかってます。でも……今日は、もう大丈夫です。こうしてもらえたから」

 嘘ではないです。もうあの人とまともに話すことはないでしょうし、それに深雪さんがこうしてくれるから、私を想ってくれるのなら大丈夫って思えましたから。

「そっか」

「はい。ありがとうございます」

「どーいたしまして」

 いつもの私たちに戻って私はようやく体を離しました。

(あ………)

 その時、深雪さんの髪が私の頬をくすぐって

(…………っ)

 私は、あの先輩のことを思い出してしまうのでした。

 

 

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