次の日。
いつも通りに登校をしてきた私は、下駄箱を抜けるとある場所で立ち止ってしまいました。
そこは、昨日あの先輩とぶつかった廊下。昨日は深雪さんと一緒でしたから意識せずに済みましたけれど、一人の今は……
(……深雪さんと同じ香り、でしたね)
あの先輩から漂ってきた香りの正体を知った私は、何とも言えない気分になってしまいました。
こんなのはもしかしたら八つ当たりのようなものなのかもしれませんけど、いい気分はしないです。
何とも思ってない人から好きな人の香りを感じて、好きな人からは怖い思いをさせられた人を感じる。
複雑な、気分です。
(……だから、あんなにドキドキしてしまったんでしょうか?)
昨日深雪さんに離せなかった理由の一つに、理由をつけられてしまうのも一層私を複雑にさせてくれました。
い、いえ! きっと、あれは深雪さんと同じ匂いだったから、深雪さんを思い出してドキドキしてしまったわけで、決してあの先輩にそんなことを思ったわけでは……
だ、だって仕方ないじゃないですか! 深雪さんは本当にいい匂いがして、特に抱きしめられた時一緒に包まれるような気がして、もうあの香りを感じるだけで深雪さんに抱きしめられることを想像しちゃうんですから。
「さーやーかーちゃん」
そう、こんな風に。
ガバッ
「!!!???」
深雪さんと同じ香り。
「うふふ」
「ひゃ!?」
それと、耳をくすぐる吐息。
「おーはーよ」
そして、この人をかどわかすような声。
「あ、ああああ、ののの」
「昨日と同じところで会えるなんて運命ね。まぁ、貴女に会いたくて張り込んでたんだけど。とにかく嬉しいわ」
「っ……」
背後から抱えるように抱きしめられながら私は、突然のことに頭が真っ赤になってしまいました。
「あらあら、どうかした?」
抱きしめられながら、先輩は頬をさすってくる。
「や、やめて、くだ、さい」
「うふふ、どうしてかしら?」
私は真っ赤になりながら訴えますが、先輩は変わらずの雰囲気で私の話を聞いてくれようともしません。
「だ、だって、こんな……」
こんなのは普通、恋人……じゃないとしても仲のいい人じゃなければしません。むしろ、しちゃいけないことなのに。
なのに……
いけないことのはずなのに、この人にこうされると顔が赤くなる。ただ恥ずかしいからとかそんなんじゃなくて、ドキドキしちゃう。
(……そんなの、だめ)
駄目だってわかってるのに、止まらない。深雪さんにされている時みたいな火照りが体を駆け巡っていきます。
「……はむ」
「う、ひゃああああ!!?」
み、耳たぶが、か、かか、噛まれ……
「とーってもおいしいわ。それに可愛い反応」
「やっ……」
耳をくすぐる吐息。
背筋がゾクゾクして、体の力が抜けていきます。
今すぐにでも逃げ出したいと思っているはずなのに体は動いてくれない。
「ね、清華ちゃん?」
「ぁ、う」
抱き着かれたのが解放されてたのに、私はされるがままくるりと回転させられて向かいあってしまいました。
「あ、……」
そのまま壁に追い詰められてしまいます。
昨日と同じように、いつだったか深雪さんにそうされた時のように。
(深雪、さん……)
私はぎゅっと目を閉じて、その瞼の裏に深雪さんの姿を思い浮かべます。
「お礼、今度こそ受け取ってもらうわよ?」
(深雪、さん。深雪さん、深雪さん、深雪さん!)
目を閉じながらも距離を詰められていることを感じた私は、心で必死に深雪さんのことを呼びます。
いくら心で呼んだところでそんなものは届くはずがないのは知っていますけど、それでも雰囲気にのまれて私はそれ以外には何もできませんでした。
たとえ声に出したところで深雪さんが助けに来てくれるなんて都合のいいこと起きるはずないですけど、それでも。
(深雪さん!!)
私は心でそう叫んでいました。
そして、意外にも都合のいいことは起こるもので
「姉さん!!」
(え?)
私は、耳を疑うような単語を放つ深雪さんの声を聞くのでした。