二回目の衝撃を受けた私は、もうほんとに世界を信じられない気がしてた。

 またキスを覗いちゃってから、ふらふらとした足取りで教室に戻ってきた私。葉月ちゃんも藍里ちゃんもみどりちゃんもいなくて、話しかけてくる子も誰もいないまま呆然と席に座った。

(………みんな、ああいうことしてるのかな?)

 お昼休みの喧騒をどこか遠くに聞きながら私はそんなことを考えてた。

 葉月ちゃんと藍里ちゃんのことを知ってからそう不安に思ったことはある。でも、そう思いはしても葉月ちゃんと藍里ちゃんが特別なんじゃないかっていうほうが大きかった。みどりちゃんのことだって、抱き着いてきたのを変に思うほうがおかしいって思ってた。

(でもぉ……)

 うつむいたまま膝に置いた手をぎゅって握る。

 今は、そんな風に考えられない。

 私以外のみんながああいうことをしてるような気がしちゃう。

 それも、きっと気のせいだって思うけど、そう思うのが止められない。

「ねぇねぇ、今度泊まりいってもいい〜?」

(っ!!)

 周りのことなんて耳に入ってなかったはずなのにクラスの隅っこでそんなことを言っているのが不思議なくらいすんなり耳に入ってきた。

「はいはい、わかった。わかった。テスト明けだしね」

(お泊り、するんだ……)

 さっきまで何も考えられないって思ってたくせに、今度はそれに思考を奪われて、

(……あの二人も、キス、とか………するの、かな……)

 そう思うだけじゃなくて。

 し、してるところまで、想像しちゃう。できちゃう。

(だめなのに……だめなのにぃ)

 止まらない。そういう想像が止められない。さっきみたいに抱き合いながら? それとも葉月ちゃんや藍里ちゃんみたいに? それとも……

(だ、駄目!)

 クラスメイトのそんなところを考えてどうするの!? きっと私の想い過ごしだよ! お友達なんだから、お泊りなんか普通だし

(……でも、すごく近い距離で話してる)

 それに、触れ合ったりとかもよくしてる気がするし。

(……………だ、だめ……)

 やっぱり、考えちゃう。どうしても、そうやって思っちゃうよ。

 私は頭をぶんぶんと振るとどうにか二人から視線をそらして、今度は逆に前を見つめる。

(あ………)

 でも、今度は前を向いたところで、

「はぁ……やっぱ、これは落ち着くわ」

 本を読んでる子の肩に頭を預ける二人が目に入る。

 パン。

「った、なにすんのー」

「人前で……やめなさいよ」

「えー、いいじゃーん。お昼食べて眠いのー」

「ったく、今日だけよ」

 そんな軽い会話。ちょっとしたおふざけで私もしたことのあるような会話。

 でも、

(ひ、人前じゃなかったら普段もするっていうことなのかな?)

 今はそう思っちゃう。

 後ろの二人も、前の二人もきっといつものと変わらない。前からおんなじようなことは言ってたし、してた。

 周りが変わったんじゃない。意味を変えてるのは、私。私なの。

 私が勝手に今までとは違う風に見てる。

(でも……しょうがない、もん)

 あんな世界を知っちゃったら、見えるものが違ったって、そういう風にしか見れなくなったって仕方ないもん。

(もう……どうしたらいいか、わかんないよ)

 みんながそんな風にしか見えなくて、私だけ遠くにいるような気がしてすごく心細い気分になった。

(だって……)

「………?」

 またうつむいていた私は、机の上に影ができているのに気づいてなんだろうと顔をあげて

「あ〜、やっと気づいてくれた〜」

 机の肘をついて私のことを見てたみどりちゃんにやっと気づいた。

「み、みどり、ちゃん」

 反射的に椅子ごと体を引いちゃう私。

「ず〜っと、気づいてくれないんだもん。寂しかったよー」

「ご、ごめん、ね……」

「ん〜ん」

 みどりちゃんのほんわかとした優しい笑顔。優しくて可愛い笑顔。心を包んでくれるみたいで、みどりちゃんのこういうところはとっても素敵だって思う。

 思って、る

(今だって、思ってるよ……)

 でも、もし……

 こんなのはきっと妄想に近いものだってわかってるけど、でも……でも……

(みどりちゃんも、そういうことを考えてたら………)

 みどりちゃんまでキスとかしたいって考えたら………

 私は、

「ん〜?」

 どうしたらいいんだろう。

 

 

 

「はぁあ……」

 最近ため息が多くなっちゃってる気がする。

 今日は放課後、用もないのに校内をふらふらしてた。

 みどりちゃんに一緒に帰ろうって誘われたけど、うんって言えなくてふらふらとしてる。もうみどりちゃんが帰ったのは知ってるから、帰っちゃってもいいはずだけど、こうして用があるふりをして残ってる方が少しだけ罪悪感が薄れる気がする。

 そんなの何の意味もないっていうのもわかってるけど。

「……みどりちゃん……怒ってないかな」

 この前お昼休みに、【見ちゃった】場所の近くを歩きながらそんなことを思う。

 みどりちゃんはめったに怒ったりしないから、怒るっていうよりも悲しんでないかなっていうほうが不安だけど、どっちにしてもみどりちゃんの誘いを断ったのは私の心で棘になって心を痛めつける。

「はぁ……でも」

 やっぱり【怖く】て一緒にいる時間を減らしちゃってた。

(……最近、あんまり人と話せてないなぁ)

 いっぱい考えることはあるけど、そのどれもが私を落ち込ませて、気分に合わせるように私はうつむいちゃってた。

 だから周りのことなんて全然見えてなくて、ばたばたと走ってくる音だって聞こえてなくて、私は

 ドン

「きゃ!!?」

 前から衝撃を受けるのに、続いて

 ズサ

 背中からも大きな衝撃を受けて、そのまま少し地面をこする。

 ズン

 それからまた前からさっきと同じような触感。

(え? ……え?)

 それと………? 柔らかな、感触が……?

 突然のことと、痛みに目がくらんじゃって、反射的に目閉じた私はまた反射的にその目を開けると

(ふぇえええ!!!?)

 すっごく驚いた。

 体の上には、女の子の体があって、顔の前には女の子の顔があって、背中には固い地面の感触があって、この女の子に押し倒されているってわかった。

(か、可愛い……)

 押し倒されたんだっていう異常な状況は理解したつもりなのに一番初めに思ったのはそんなことだった。

 でも、

(……ないて、る?)

 可愛いって思ったその小さな顔は真っ赤で、瞳ははっきり潤んでる。

「あ、あの………」

「…………ごめん」

 女の子は小さくそう言うとすぐに立ち上がってそのまま私の横を通り過ぎて行った。

「あ、……」

 私は、倒れたままその背中が遠くなっていくまで見つめた。

(……確か、隣のクラスの)

 そうしながら、押し倒された相手のことを思い出した。

 知ってる子。クラスは同じになったことはないけど、知ってる子で

 名前は………

(黒峰、奏さんだよね)

 それであってるはずだなって思いながら私は、もう見えなくなっちゃってる黒峰さんのことを考える。

(どうしたんだろう?)

 なんで、泣いてたのかな? どうして、走ってたのかな?

 わからないことだらけで、なんとなく今度は黒峰さんが走ってきた方向を探ってみると

(…………っ)

 知ってるけど、【知らない世界】がそこにあった。

 今度も、同じ学年で別のクラスの人。前に見たのと同じ場所で……私にはわからないことをしてる。

 それに一瞬、不安と焦りを感じたけど次には

(……もしかして、黒峰さん……)

 あれを、見たのかな?

 なんて思って私もその場を離れて行った。

 

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