「……ありがとう、か」
一人、あぜ道を歩きながら撫子の言葉を思い出す私はそれをどこか他人事のように思っていた。
撫子に言ったこと。それは本当のつもり。
つもりって自分で思うくらいなんだから本当じゃないかもしれないけど。
けど、少なくても嘘じゃないとははっきり言える。
それでも撫子のありがとうを素直には受け止められない。
さっきのことは全部自分のためのような気がしているから。
(……私、撫子が好きなんだろうなぁ)
それも他人事のよう。間違ってないとは思うけど、自分でもはっきりそうとは思えない。ちょっと前に振られたばっかりでもう他に好きな人っていうのはなんだか情けない気がするし、なにより……また駄目になっちゃいそうで本気で好きって思わないようにしてるのかもしれない。
私は本気であいつのことは嫌い。私とは合わないって思うし、撫子とも合うようには見えない。思いたくない。
それでも私はこんなことをしたのは
(本気だって思うから)
むかつくことだけど、撫子はあいつが好きだ。
それは昨日相談されたからじゃなくて、今朝あいつと話してる撫子を見た時に感じたこと。
昨日のことで話をしようと思って教室に行ったらあいつと話してる撫子が見えた。
何を話しているかまでは聞こえなかったけど、撫子は真剣な顔をしてて、すぐに落ち込んだような顔になった。
ううん、落ち込んでるなんて言葉じゃ表現できないようなそんな絶望的な顔をしてた。
そこに思いの深さを見てしまったようで直感した。あいつが好きなんじゃないかと。本気であいつのことを想っているんじゃないかと。
だから応援した。あいつのことは嫌いでも撫子が本気なら応援することが友だちとして、親友として、……好きに思ってるものとして正しいと思ったから。
(……正しいこと、よね)
自分に言い聞かせないとそれを受け入れられない。
だって、【駄目】なような気がするから。あの二人に何があったかは知らないけど、撫子がああなったのにはそれなりに理由があるはずで、それは簡単なものじゃないって思える。
それと、いい人を演じた自分。
(……駄目になることを期待でもしてるの?)
だとしたら最低だ。
応援しているように見せかけて、撫子が駄目になったときのために予防線を張っておいた。
「………………はぁ」
それが結論な気がして私は大きくため息をついた。
とてもこれから学校にもどって授業って気分じゃないけど、撫子のことはごまかしておかないと撫子の迷惑になってしまう。
撫子を好きな身としてはそんなことできるわけもなく、複雑なものを抱えたまま私は撫子に宣言した通りに学校へと戻って行った。
奏ちゃんが見えなくなってからしばらく。
私はぼーっとしたままほとんど何も考えらえないで時間だけが過ぎてた。
本当は奏ちゃんに言われたとおりに聖ちゃんのことを考えたかったはずだけどなぜかうまくできなかった。
だって、奏ちゃんに言われたことはもう私だって思ってたことだったから。
聖ちゃんには何か理由がある。
そんなの、わかってる。
(……わかってないけど)
理由があったとしても、それが何かなんてわからない。どうしてあんなことをして、あんなことを言うのかわからない。
理由。下級生に無理やりキスしたり、私のこと好きだって嘘ついたり……
(……そんなことできる理由があるの?)
そんなの信じられない。だってそんなのしちゃいけないことだもん。
悪ふざけっていう領域をはるかに超えてる。なのに、できちゃう理由があるの?
ううん、理由があったってそんなのは絶対にいけないことだよ。
(じゃあどうして聖ちゃんは……?)
堂々巡り。
しちゃいけないことをする聖ちゃん。理由があるって思いたい私。
理由があっても駄目だって思う私。
けど、駄目だってわかっててもしちゃう理由があるんじゃって思う私。
………聖ちゃんを信じたい、私がいるの。
昔はいつも一人で静かだった。
ふと、奏ちゃんの言葉が頭に響く。
(それってどういう意味なんだろう)
私も藍里ちゃんから同じこと聞いた。
昔は違ったって。
そんな聖ちゃんのことなんて想像できない。
私が知ってる聖ちゃんは……【私の好きな聖ちゃん】しかいない。
世界が変わって戸惑う私を優しく導いてくれた聖ちゃん。
それが私が聖ちゃんを意識するようになってから初めての抱いた印象。
(……けど、聖ちゃんはもしかしたら初めから………)
私を【こう】するために優しくしてくれたの?
(……初めから?)
自分で思ったそのことにどこか違和感を感じた。
最初、初めて音楽室に呼ばれた時は私の知ってる聖ちゃんがなかったような気がする。
あの時藍里ちゃんと葉月ちゃんのことを相談できて、世界がそういうだけじゃないってわかって安心して、それが聖ちゃんとの初めての想い出って思ったけど、本当のはじめては……
(確か、抱きしめられて……キス、されそうだった気が……?)
そう、だ。
それだけじゃなくて胸も触られそうになったりもした。
あの時の聖ちゃんはまるでそういうことをするのが当然みたいで、悪びれた様子も昨日みたいな悪意も感じなくて、どういえばいいのかはわからないけど純粋にしてるような感じだった。
(あれって、何?)
そうだ。
昨日見た子とは違うことキスしてるのも見た。昨日は他のことが衝撃的すぎて忘れちゃってたけど、聖ちゃんはいつも違う子として仲よさそうだった。
そういう子たちと、してるの? キスとか、抱きしめたりとか。
そうだとしたら最後は、みんな昨日見たあの子みたいになるの? 私みたいに、本当は嫌いだったって言われちゃうの?
(それは……ない、よね)
いくらなんでもみんながみんなそうだったらもっと噂とか、問題になってるはず。
聖ちゃんがどういうつもりかはわからないけど、聖ちゃんはいろんな人とそういうことをしてて、それは相手を傷つけようとかそういう気持ちからじゃない。
きっと、私を初めて音楽室に呼び出した時も。
あの時聖ちゃんは優しかった。私が嫌って言ったらちゃんとやめてくれて、相談に乗ってくれた。
だから、少なくても最初は私のことを嫌ったりなんかしてなかったんだと思う。
「…………聖ちゃんの言うとおり、だったのかな……?」
奏ちゃんがいなくなってから私は初めて声が出せた。
それは何気なく見上げた曇り空と同じはっきりしない言葉だったかもしれない。
けど、初めて聖ちゃんと向き合えるための言葉。
私は、私の好きな聖ちゃんのことしか見てこなかった。
聖ちゃんのこと何にも知らないで、都合のいいところだけを見て好きって思った。
私には聖ちゃんの気持ちがわからない。いろんな人にキスをしたり、私にあんなことを言ってきた理由も想像もつかない。
けど、わかってあげなきゃ。
好き、なんだから。
奏ちゃんの言うとおりだ。
私は聖ちゃんが好き。だから、わかってあげなきゃ。知ってあげなきゃ。
「……うん」
ちゃんとお話しよう。
今度は聖ちゃんにきちんと向き合おう。やっぱり私は聖ちゃんのことが好きだから。
だから………
何かに頷くようにして私はようやく立ち上がれた。
(今度は……逃げたりしないよ)
そして、歩き出す。
背中を押してくれた奏ちゃんに感謝をしながら、好きな人と今度は対等にお話をするために。