放課後になるのを待ってから私は学校に戻って行った。教室には行かないで、私は【想い出の場所】の前で聖ちゃんのことを待った。
今日ここにくる保証なんてどこにもないけど、私はこの場所にいたかったの。
来るような予感もするし、なにより聖ちゃんとお話するならこの場所がいいから。
壁に背中を預けながら私は自分の胸に手を当ててみる。
ドクン、ドクンって緊張してるのがわかる。
本当のことを言えば、素直に反応してる体と一緒で怖い。
私がさっき公園で思ったこと、聖ちゃんに何か理由があるなんていうことは私の想像でしかないかもしれないし、あったとしても聖ちゃんが話してくれるとは限らない。
またひどいことを言われちゃうかもしれない。
(………信じなきゃ)
弱気になった私はその言葉を心に強く思って前を向く。
私は聖ちゃんが好き。だから、信じなきゃ。好きになった人を信じられないなら人を好きになっちゃいけないって思うもん。
信じて、ちゃんとお話をする。
「あ……」
思わず声を上げた。
前を向いた視線の先、そこに聖ちゃんがいた。
それも。
視線を横にずらす。
昨日みた子とは違う子。ううん、今まで見たことのない子と一緒にいる。
聖ちゃんはどういうつもりで一緒に来たんだろう。何をするつもりで、きたんだろう。
(……………)
いくつか想像できる。その中には当たっているものもあるかもしれないけど、今日はそれをさせるわけにはいかないの。
(まずは、二人きりにならなきゃ)
それがまずは難関かなって思ったけど、
(あれ?)
聖ちゃんが隣の子と何か話してる。この距離じゃ声は聞こえてこないけど、聖ちゃんは笑顔で優しい顔をして、相手の子はちょっと寂しそう。
「あ……」
一分もかからないでお話は終わったみたいで、相手の子は来た道を引き返して、聖ちゃんは
(こっち、に)
来る。
ゆっくりと、私のことをじっと見つめながら。
(あ、え、っと……えと)
心の準備はしてたつもりだけどいざ聖ちゃんとお話するって思うとどうすればいいのかわからなくて焦りしかでかいない。
そう思ってるうちに聖ちゃんは私の目の前で立ち止った。
「あ、あの……」
「ふふふ、撫子さん?」
「ふ、ぁ……」
柔らかく名前を呼ばれたはずなのに、背筋が凍るようなそんな鋭さを感じる聖ちゃんの声。
「な、に……?」
「撫子さんが今思ってること当ててあげましょうか?」
「え?」
な、何? どういう意味?
思ってること? そんなのわかるわけ……
「聖ちゃんがあんなことしたのはきっと理由がある。だから、ちゃんとそのことを聞かなきゃ」
「っ!!?」
「図星みたいね」
な、なんで?
「あ、あの、どうして?」
まるで本当に私の心を除いたみたいに的確でそういうしかない。
「ふふふ」
「っ」
ビクってなった。聖ちゃんが怖い顔をしたから。
「貴女っておめでたい頭してるのね。……世界が綺麗だって信じてるんでしょ。ほんと、バカみたい」
(? あれ、でも……あれ?)
怖い、し。ひどいこと言われてる。
けど、それだけじゃないような。私への敵意じゃなくて、もっと別の何かがあるような気がする。
(苦しそう?)
そんなことを想ってる気がしたの。
「なら、何度でも言ってあげるわ。私は貴女が嫌いなの。自分に都合のいいことばっかり思って、私に勝手な期待を押し付けたくせに裏切られたみたいな顔して。いらいらするの貴女を見てるだけで、むかついてくるのよ」
これも、だ。
昨日と違って、恐いけどそれだけじゃない。ううん、もしかしたら昨日だって、朝だってそうだったのかもしれない。
私が気づけなかっただけで、聖ちゃんは昨日から苦しんでたのかもしれない。
「聖ちゃん」
まだいくらでも続きそうな雑言を私は遮った。
「私、聖ちゃんに何をしちゃったのかわからない。全然心当たりもないの。そのことは本当にごめんなさい」
こうなった原因は何もわからない。いつから聖ちゃんが私のことをこんな風に思うようになったのか見当もつかない。
けど、もし聖ちゃんが昨日から苦しんでるんだとしたら、それは昨日から始まったんじゃなくて、私が何かをしちゃったときから始まってたのかもしれない。
「は、ははは。何言ってるの? この期に及んでまだそんなこと言ってるの? 何か理由があるって? そんなこと思ってるの? 言ったでしょ、貴女のことなんて初めから嫌いだったんだって」
思い込みじゃなくてわかる。これが嘘なんだって。
何かを隠すためにこんな自分の皮をかぶっているだけなんだって。
「なら、どうして初めてここに呼び出した時優しくしてくれたの?」
「っ。そんなの、貴女を、油断させるために決まって……」
「嘘だよね。それ。私が嫌いだっていうなら、あの時無理やりしちゃえばいいだけだもん」
「っ……」
「……聖ちゃん、お話して。私、何でも力になるから。でも、お話してもらえなかったら何にもできないから、ちゃんとお話して欲しいの。聖ちゃんの力になりたいの。私は聖ちゃんが好きだか……」
パン。
最後まで続けることができずに、ほっぺに痛みが走った。
聖ちゃんが本当のことを隠すために酷いことを言うのは覚悟してたけど、ビンタされるなんて思ってなかったからさすがに驚いたけど、でもそれ以上に
「あ………」
当の聖ちゃんが呆然としててそのことに心を奪われちゃった。
自分のしたことがわかっていないようなそんな顔をしてる。
「聖、ちゃん……?」
これで本当に確信した。
聖ちゃんには理由があるって。私が嫌いって思われてるのは本当かもしれないけど、けどそれには理由があるんだって。それも、多分私なんかじゃ想像できないような、聖ちゃん一人じゃ背負いきれないそうなそんな大きな理由があるって。
そうじゃなければ嫌いだっていう私に手を上げてこんな顔するわけないもん。
「聖ちゃん。お話聞かせて。私聖ちゃんの力になりたい」
「……………」
聖ちゃんはうつむいちゃった。
そこには私なんかじゃわからない色々な気持ちがあるんだと思う。その重みに聖ちゃんはつぶれそうになってる。
一緒に背負ってあげなきゃ。
「私、聖ちゃんが好きなの。いつも優しくて、つらい時力になってくれて、ずっと憧れてた。キスされて、好きだって言われて本当にびっくりしたけど……嬉しかったよ。……聖ちゃんはもしかしたら別の理由があったのかもしれないけど、それでも嬉しかったよ。聖ちゃんが好きだから」
「……………」
「だから聞かせて、聖ちゃんのこと。力になりたいの。聖ちゃんのこと好きだから、聖ちゃんがつらいなら一緒に悩みたいの。一人で抱え込まないで。私のこと、頼って欲しいの」
聖ちゃんの気持ちも、悩んでる理由も知らないで勝手ことを言ってるのかもしれない。けど、本当の気持ち。
私は聖ちゃんが好き。今までずっと頼ってばっかりで何も聖ちゃんにしてこれなかった。こんなこと言うのは聖ちゃんの言うとおり、勝手で図々しいだけかもしれない。
でも……
「聖ちゃんのために何かしたいの。っ!」
パァン。
また、ほっぺをたたかれた。さっきよりも強く。多分今度は意識的に。
「黙れ!」
いつも仮面をかぶっているような聖ちゃんのむき出しになった感情が私にぶつけられた。
「なんなのあんたは! 私のこと何も知らないくせに、なんでそんな勝手なことが言えるの!? だから、あんたのことが嫌いなのよ!」
「………知らないよ」
「じゃあ、黙ってなさいよ!」
「知らないから、教えてよ。話してくれなきゃわからないよ」
「……うるさい。うるさいうるさい! ……うるさい!!」
こんなに取り乱した聖ちゃんは初めて。それが今は少し嬉しい。どんな感情であれ本気の気持ちが私に向かって来てくれてるから。
「私はそんなことすら言えなかった! 何も話してもらえなかった! 好きだって言ってたくせに、私だけって言ってたくせに!」
(っ!?)
何のお話? 誰に? 聖ちゃんが? 何を言えなかったの? そんなことすら?
つまり。
聖ちゃんも、誰かにこんなことされたの? 私が聖ちゃんにされたみたいなことをされたの?
「っ……ふ、あは……あははははは」
「っ!」
私が聖ちゃんの闇を覗いたその瞬間、聖ちゃんは大きな声で笑い出した。どこか狂気じみた笑いを。
「……ねぇ、撫子さん?」
「っ、な、なぁに?」
「私のこと知りたいって言ったわよね?」
「う、うん」
「そんなに聞きたいの?」
「……うん。聖ちゃんのこと、知りたい」
「ふ……ふふ。なら私の言うこと聞いてくれたら話してあげてもいいわ」
「いう、こと?」
「そう。これから私の部屋に来て」
「え? う、うん」
何を言われるのかと思ったけど、そのくらい全然。
「……今日、家に誰もいないの」
安心しかけたところに聖ちゃんからの言葉が心に響いた。
「っ!?」
「私の言いたいこと、わからないほど子供じゃないわよね?」
いつの間にか聖ちゃんは昨日や今朝見たいな冷たい空気をまとっている。仮面をかぶっちゃっている。
わかる。聖ちゃんの言いたいこと、言ってること。聖ちゃんの部屋に呼ばれた理由。言うことを聞いてって意味。
「……うん」
正直に言えば、恐いって思う。
けど、これが聖ちゃんの望むことなら。聖ちゃんの力になるんだったら。
「行くよ。聖ちゃんのお部屋」
迷わずにそう答えていた。