聖ちゃんのお家に行くまでの間、一言もお話しなくて黙って歩く聖ちゃんの背中を見つめるだけだった。

 いつも大きく見えた聖ちゃんの背中。

 今は、後ろから抱きしめたら折れてしまうんじゃって思えるくらいに細く、小さく見える。

(……これが本当の聖ちゃんの姿なのかな?)

 いつも仮面をかぶって、自分じゃない自分を見せて私は、ううん、きっと誰もが聖ちゃん本当の姿を見てこなかった。

 そして、聖ちゃんも誰にも見せようとしなかった。

 私だって今まで私のみたい聖ちゃんだけしか見てこなかったくせに、こんなこという資格なんてないかもしれないけど、すごく悲しいことだって思う。

 誰にだって嘘をついてきた。誰にだって助けてって言えなかったってことだから。

 この小さな背中に抱えきれないものをずっと一人で背負ってきたってことだから。

(……私が助けてあげたい)

 ううん、助けなきゃ。

 そう強く思いながら私は聖ちゃんの背中を追っていって聖ちゃんのお家について、お部屋に行くと

「きゃ!?」

 ボフン!

 いきなりベッドに倒された。

「ひ、ひじ……」

 突然のことにびっくりして名前を呼ぼうとしたけど

「んっ!!!??」

 それすらできないで唇を塞がれちゃった。

(っ……あ……ひ、聖ちゃんの……)

 ベロ、が……私の、中、に。

 あったかい、くすぐったい。熱い。わかんない。今、何されてるのかわからない。

 ううん、ほんとはわかる、けど。

「うむ、……ちゅ、く、じゅぷ…くちゅ」

 こんなキスを自分がするなんて考えたこともなくて、聖ちゃんが私を犯すのをどこか遠いことのように思った。

「は、ぁ………」

 いつのまにか、聖ちゃんの距離が空いてる。私に馬乗りになる聖ちゃんが見える。

「あ……」

 そこでやっと私は息ができることに気づいて激しく呼吸を整えようとした。

「ふふ……」

 その瞬間聖ちゃんが濡れた唇を舌で舐めとって、それがとっても……なんて言ったらいいかわからないけど、すごくドキドキして呼吸を整えるどころか、思わず生唾を飲み込んじゃった。

「あっ!!」

 それから、聖ちゃんはつぎの余裕なんて与えてくれずに次の行動に出た。

 制服の上から、私のむ、胸、に手を当てて

「んっ……!」

 柔らかく揉みしだいた。

「ひ、聖ちゃん……こ、んなの……」

 う、嘘。胸、触れてる。それどころじゃなくて、こんな……こんな

「駄目だとでも言いたいの?」

 ぎゅ。

「っ。やっ!」

 い、たい。さっきまでは優しく揉んでただけだったのに、今は絞るようにぎゅっと力を込めてる。

「撫子さん言ったわよね? 私の言うこと聞くって。ここに来るのがどういう意味か分かるって言ったわよね?」

「ん、あ……あ……」

 声が、声がうまくでないよ。

 痛くて熱い。熱くて、くすぐったいような気もしてわからない。

「ふふふ、撫子さんって着やせするタイプなのね。思ったより大きい」

「あ……ぁ……ひじり、ちゃん………聖ちゃん」

 瞳の奥が熱い。じわって聖ちゃんの顔が歪んで見える。泣いてる。

「そんな顔したって駄目よ。言うことを聞くって言ったのは貴女なんだから。私のこと何も知らないくせに無責任なことを言ったのは貴女なんだから」

「っ!!」

 本気、だ。聖ちゃん本気で私に……私に…………しようとしてる。

 つー、っと涙が流れた。

 考えなかったわけじゃないの。聖ちゃんの言ったことわからなかったわけじゃないの。でも、でも……

(本当に、するなんて……)

 きっと思ってなかった。

「んふふ、いいわぁその顔」

「ひゃん!」

 気づけば胸をいじる手は優しさが戻っていて、迫ってきた聖ちゃんは私のほっぺをくすぐるように舐める。

(い、やぁ……)

 怖い! 怖いよぉ。

 頭の中が真っ白。何をすればいいのかわからない。ここに来るまでは聖ちゃんのお話を聞いて力にならなきゃって思ってたはずなのに。

 今は……なんでここにいるのかわからない。

「ん。ちゅ……ちゅ。れろ、ぴちゅ」

 首筋にキスと舌の感触。粘着質のある音に私の体と心は翻弄される。

 怖い。怖い。怖い。

 助けて。助けて。助けて。

「あ、…ぁあ……んぁあ」

 やだ。嫌。怖い。

 どうして聖ちゃんこんなことするの? 変だよ。こんなことしちゃいけないことなのに。どうして?

「そんな顔しなくたって大丈夫よ」

 聖ちゃんの声は、いつもの落ち着きを取り戻していてそれが私の恐怖を余計に掻き立てる。

(やだ、やだ……やだぁ!)

 もう私にあるのはそのことだけだった。怖い。逃げ出したい。誰か助けて。聖ちゃんの気持ちなんて何も考えられないでただそれだけを考えた。

「久しぶりだけど……慣れてるからちゃんとしてあげるわ」

 その言葉を聞くまでは。

(慣れて、る?)

 頭に響いて心に沁み込むその声に私は強張らせてた体の力を抜いた。

 こんなのいけないこと。しちゃだめなこと。まして、私たちの歳じゃ余計に。

 聖ちゃんの手つき、キス。慣れているっていう言葉。それと、ここに来る前の聖ちゃんの様子。

(きっと、聖ちゃんは……)

 何も言えなかった人とこういうこと、してたんだ。

 けど………

 聖ちゃんに起きたことを考えるとそれだけで胸が締め付けられる。

「っ……聖ちゃん」

 その切なさに涙をして私は聖ちゃんを見つめた。

 受け入れてあげなきゃ。少しでも聖ちゃんの苦しみを受け止めたい。

「……なに、その顔」

 聖ちゃんは私の気持ちが変わったことに気づいたみたい。

 さっきまでの余裕を持った仮面の裏から冷たい声をだした。

「大丈夫、だよ」

「は? 何言ってるの?」

「私……聖ちゃんになら何されたっていい」

「…………」

「聖ちゃんのためならなんでも……っ!!?」

 言った瞬間。

 腕に激しい痛みが走った。聖ちゃんが私の手首を握ってる。ううん、握りつぶすって表現した方がいいくらいに力いっぱい。

「ふ、ふふ……ふふふふふ。あはははははは」

 狂気。

 きっとそんな言葉しか当てはまらないほど聖ちゃんは大きすぎる感情を噴出した。

「お優しいことね、撫子さん。それがどんな意味だか本当にわかってるの? ううん、わかってない、何もわかってないのよ貴女は。あは……何にもわかってないくせに、私のこと、……なにも、しらな、い、くせに……は、ぁ……は」

 感情が高ぶりすぎてるのか聖ちゃんは息を荒くしながら私に憎悪すら感じる言葉をぶつけてきた。

「はははは。いいわ。してあげる。めちゃくちゃ、してあげる」

 むき出しになった聖ちゃんの心。

「んむっ!」

 熱い。

「んぁ、ぷぁ…あん、ちゅる、じゅぴ……ちゅぷ」

 私を侵す聖ちゃんの舌よりも。

「は……ん、あ……はぁ、あ」

 制服の下に潜り込んできた手よりも。

「ぁ……は、ぁ、聖、ちゃん」

 絡められた指よりも。

(熱い)

 聖ちゃんの全部が熱い。

 本当のこと言えば、まだ怖い。

 口の中を這いずる聖ちゃんの舌も、初めて触られる胸も、痛いくらいにつながれる手も。

 逃げ出したいくらいに怖い。

(でも………)

「っ!!?」

 逃げ出す代わりに、私は空いた手で聖ちゃんのことを抱きしめた。

 聖ちゃんの熱さをもっと感じたくて、聖ちゃんに私の気持ちを伝えたくて。

「………?」

 急に聖ちゃんの動き止まった。口も、手も、全部。

 どうしたんだろうって思っても。キスはされたままだから何も言えないでいると

 ポタ、

 ほっぺに熱い雫を感じた。

 ポタ、ポタ……ポタポタポタ。

 それはどんどんと続いて私のほっぺを濡らしていく。

(聖ちゃん……泣いてる)

「んく………ん、く…あ、ひく……あぅ……ぐ」

 唇を離した聖ちゃんは最初はすすり泣くように

「ああぁ……あ、うぁあ、あぁぁ」

 それから徐々に喘ぎが大きくなって

「うああぁああああ」

 ついには大きな声を上げて泣いた。

「あぁ、あ……うぁあああん、ひっぐ…ああぅああぁ」

 私に体を預けながら聖ちゃんは悲痛な叫びをあげる。

「あぁ……あぅぁあああ」

 私には何もわからない。どうして聖ちゃんが急に泣き出しちゃったのか、私が何かをしちゃったのか、それとも他の理由なのか何にもわからない。

 けど。

 ぎゅ。

 わからないからって何もできないわけじゃなくて、私は精いっぱいの気持ちを込めて聖ちゃんのことを抱きしめた。

 いつしか暗くなって二人の夜がやってくるまで。

 

10-4/11話

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