どうしてキスをしたか。
そんなこと聞かれても困っちゃう。
理由なんかわからなくて、気づいたら体がそう動いてた。
私からの初めてのキスをしちゃってた。
感触とか、感想はほとんど覚えてなくて、ただ
「撫子……さん」
驚いた聖ちゃんの顔だけが印象に残った。
あの時の、私のファーストキスが奪われた時と一緒。何が起こったのかわからないって顔をしてる。
当たり前かも。
だって、聖ちゃんからしたら私がこんなことをするなんて思えないはずだもん。
私にだってわかんない。
考えてじゃなくて心が勝手にさせたことだから。
「聖ちゃん……」
だから、私はもう考えない。
「……ありがとう」
心の思うままに進もう。
「何、言ってるの? 話、聞いてたでしょ」
「うん。だから、ありがとう」
「な、何を聞いてたのよ。あなたは、そんな言葉出るはずないじゃない」
「お話、してくれたから。本当のこと、つらいことなのにお話してくれたから」
「………っ。こんなのは、懺悔なのよ。私が楽になりたいだけの、自分のためのことでしかないのよ」
「……本当にそう?」
「そうよ。貴女に酷いことをした。だから、許してもらいたいだけ」
「楽になった?」
「っ……」
「楽になったかもしれないよ。でも、きっとそれだけじゃないよね? 悪いことをしてたって思っちゃったんだよね。知ってたけど、わかっちゃったんだよね。それって本当に楽になったって言えるの?」
「………めて」
「私、びっくりしたよ。聖ちゃんにそんなことがあったなんて考えたこともなかったし、私が聖ちゃんを傷つけてたなんて全然気づかなかった」
あぁ、そうだ。
やっぱりありがとうでいいんだ。
考えることをしないで、思うままに話してた私はそこに行き着いた。
だって聖ちゃんはすごく勇気の必要なことをしてくれたんだから。【あの人】を思い出すことも、私や他の子にしてきたことを考えるのも聖ちゃんは本当はしたいことじゃない。目を背け続けたいことだったんだから。
それを話してくれたのは決して聖ちゃんが楽になるためなんかじゃない。むしろ、私のためって言ってもいいくらいなんだ。
ひどいって言うんじゃなくて、傷つけてごめんなさいでもなくて……お話してくれてありがとうでいい。
だから私は今度はちゃんと聖ちゃんにわかってもらえるようにありがとうを伝えようとしたけど、
「……お願い、もう……やめて」
聖ちゃんは悲しそうな顔でそうお願いしてきた。
「これ以上……優しく、しないでよ」
その意味が最初わからなかった。でも
「……また流されちゃうから」
再び潤んだ瞳の奥に聖ちゃんの心を見た気がした。
きっと聖ちゃんは……【あの人】と……え、エッチなことをするなんて考えてなかった。いつかはって思ってたのかもしれないけど、それは少なくても今聖ちゃんが話してくれた時じゃない。
でも、【あの人】を受け入れて……恋人になった。
その時の聖ちゃんは後悔してなかったかもしれないけど、それはきっとおかしなことで何が悪かったなんて私にはわからないけど結果的に聖ちゃんは……振られちゃった。
恋人になったから傷ついた。初めての時に受け入れなかったらきっと今みたいにはなってない。
だから怖いんだ。
けど、そう言ってもらえるのは……
(嬉しい)
不謹慎だってわかってるけど、それって少しは聖ちゃんの心に私の気持ちが届いたっていうことなんだから。
「聖ちゃん」
私は少しだけ距離を離したあと、聖ちゃんの手をとって両手で包み込んだ。
ちょっとだけ冷たい聖ちゃんの手。この手を同じく聖ちゃんの心はずっと冷たいままだったのかもしれない。いつも笑ってたけど、それは聖ちゃんの本当じゃなくて……冷めた心が無理に作った偽りの姿。
私も誰も気づけなかったし、気づこうともしなかったけど聖ちゃんは笑顔の裏ではずっと泣いてたんだ。
その涙をぬぐってあげたい。
「……好きだよ」
そして、もう泣かないように一緒にいたい。
「…………やめて。撫子さんだって、流されてるだけなの。私に同情してるだけ」
「……うん。かもしれない」
それはいい意味でも、いい意味じゃなくても本当。お話を聞いて余計に好きになった。好きになる理由ができたから。
「だったら!」
「だけどこれが私の気持ちだもん」
「……そん、なのは……っ………」
聖ちゃんはまだ何かを言いたそうだったけど、ぐっと何かを抑えるようにして黙った。
その迷いが私を受け入れようとしてくれたことなのか、それとも私への非難を止めてくれたのかわからない。ただ、少なくても私のためだっていうのだけはわかって、ぎゅっと握った手に力を込めた。
「聖ちゃん……」
そして、決意を込めた言葉。
「私の恋人になって」
「っーーー」
聖ちゃんが受けた衝撃がいろんな感情からきてるってわかる。
戸惑い、屈辱、悲哀。
でも、その中に嬉しいっていう気持ちが入っていてほしい。ううん、その気持ちがあるって信じて私は前に進むよ。
「聖ちゃんはね、独りになった私の世界を変えてくれたの。藍里ちゃんと葉月ちゃんのキスを見て一人になった私を一人じゃなくしてくれたの。聖ちゃんにとっては全然大したことじゃなかったかもしれないけど私は、それがすごく嬉しかったんだ」
あの時の聖ちゃんは、言葉は悪いけど他の子と同じように遊ぶために私に優しくしてくれたのかもしれない。けど、そんなのは関係ないの。
私にとってはあれが全ての始まりだったから。
「だからね、今度は私が聖ちゃんの世界を変えたいの」
どんなふうにとか、どういう意味って言われても困っちゃう。
けど、そうだけは思うの。
聖ちゃんは今、聖ちゃんだけの世界にいる気がするから。誰も受け入れず、誰も招こうともしない。狭くて暗い部屋の中で小さくなって震えているように見えるから。
連れ出したいそんな悲しくて寂しい世界から。
「私は聖ちゃんが好き。聖ちゃんが自分のことどう思ってても。私は全部まとめて、聖ちゃんのことが大好き」
「っ、なでしこ、さん……」
うつむいてばっかりだった聖ちゃんはやっと私のことを見てくれた。その瞳は潤んでたけど
「聖ちゃん………んっ」
さっきまでとは違う意味なんだって勝手に信じて、再びキスをした。
「ぁ……」
この時偶然に思ったけど、本当は私の意志だったのかもしれない。
聖ちゃんへのキスで体を聖ちゃんの方へ傾けてた私はそのまま聖ちゃんごとベッドに倒れ込んだ。
「っ」
一瞬、視線が交差する。
ベッドであおむけになっている聖ちゃんはどこか不安そうに瞳を濡らしてて、すぐにそらした。
その姿はすごく心細そうに見える。
まるで今にも泣きだしそうな迷子の子供みたいに。
「…………………撫子さん」
「う、うん」
長い沈黙の後聖ちゃんは私のことを呼んで
「っ!?」
手を、繋いできた。
「……………」
聖ちゃんの手は、あったかくて、柔らかくて。
「……………」
けれど、とても小さく感じた。
「……………」
聖ちゃんは相変わらず目をそらしていて、どうして名前を呼んでくれたのか、手を繋いでくれたのかわからない。
今、聖ちゃんが何をしてほしいのかそんなの想像しかできないけど
「聖ちゃん……」
これが聖ちゃんのしてほしいことなのか、正しいことなのかそんなのもわからない。わからないけど、私は
「………大好きだよ」
心に従って聖ちゃんに体を重ねていった。