聖ちゃんの恋人になってからそろそろ一か月。

「おはよう聖ちゃん」

「おはよう撫子さん」

 朝教室に入ると私たちはそうやって挨拶をしあう。

「今日も寒いね」

「そうね。体には気をつけなきゃだめよ」

「うん、聖ちゃんもね」

 普通の会話。特に恋人らしさもないクラスの誰とでもするような会話。

 学校じゃ基本的にこんな感じ。内緒にしているっていうわけじゃないけど、学校の中じゃあんまり恋人らしいことはしない。

 聖ちゃんはいろんな人にその………人気があるから、私と学校であんまり仲良くしてると何かあるかもしれないって聖ちゃんが気を使ってくれた。

 それはちょっと寂しいような気もしたけど私のためを思ってっていうことはわかったから、寂しいのと同時に嬉しくもあった。

 だから、学校じゃ今まで通り友だちとして過ごしてることが多い。

 ただ、私たちは友だちじゃなくて恋人同士だから恋人として過ごす時間はあるの。

 

 

「お待たせ、聖ちゃん」

 私たちは放課後になると毎日のように行く場所がある。

「いらっしゃい撫子さん」

 それは二人の思い出の場所。

 聖ちゃんとのいろんなきっかけになった場所。

 第二音楽室。

 そうしようって決めたわけじゃないけどいつの間にかここで会うのが当たり前になってた。

「やっぱりここって外を通らなきゃいけないから寒いよね」

 私は両手に息を吹きかけて温めながらピアノのイスに座る聖ちゃんのところに向かって行く。

「なら温めてあげる」

「あ………」

 聖ちゃんの隣に並んで座ると聖ちゃんは私の手を取って繋いでくれた。

「あ、ありがとう」

 最初のころはこういうことされると恥ずかしくてたまらなかったけど今じゃ慣れちゃってこうやってちゃんとお礼も言える。

「撫子さんの手って不思議ね」

「え?」

「繋いでるとなんだかそれだけで嬉しくなっちゃうわ」

「ふぇ!?」

「ふふ」

 もっとも、こういうことさらりと言われて慌てちゃうのはあんまり変わってないんだけど。

 しばらく手を繋いでもらった後はあんまり会話も多くなくてただイスに座ってお互いに体を預け合いながら他愛のないお話。

 内容はやっぱり恋人らしくなくて、今日のあったことや明日のこととかテレビとか本とかそうやって普通のお話。

 だけどとっても大切な時間。

 誰もこない音楽室で過ごす私たちの秘密の時間。

 なんだか本当にお話の中の出来事みたいで、自分がこうしてるのが信じられないって思うこともあるけど

「? 撫子さん、どうかした?」

 私は聖ちゃんのぐっと体重をかけた。

 こうして感じる聖ちゃんの暖かさは本物だ。

「ううん、なんでもない」

「そう」

 聖ちゃんは小さくうなづいてから私の肩を抱いてくれる。

 こんな感じで私たちはここでも多分普通の恋人同士からしたらたどたどしい時間を過ごしていた。

「あ、もう時間だね」

 校舎の方から下校を告げるチャイムがなる。

「あらら、早いわね」

 まだ来てから一時間も経ってない。けど、冬は日が落ちるのも早くてすぐに下校の時間になっちゃう。

「仕方ない、帰りましょうか」

「うん」

 もう少し聖ちゃんと一緒にいたいって思うけど、今お別れしても明日になればまた会える。

 好きな人と同じ時間をいつでも過ごせるのはすごい幸せなことだよね。

 私はそう思いながらもう人の少なくなった学校の中を手を繋ぎながら歩いていく。

 今が幸せだって感じながら、聖ちゃんもきっと同じように思ってくれてるって勝手に信じて。

 

 

「ふふふ、まったく撫子さんたら」

 夜になっても二人の時間は終わらない。

 さすがに泊まりに来たりすることはほとんどないが寝る前の電話は毎日のようにしている。

「だ、だって聖ちゃんがぁ」

 内容も昼間会っているのと同じようなことで特別恋人特有の雰囲気も話も出てこない。

「あ、もうこんな時間よ。そろそろ終わりにしましょう」

「うん、わかった。お休み聖ちゃん」

「えぇ。お休み」

 通話を終了して聖は笑顔のまま電話おいた。

「ふふ」

 そのままベッドにあおむけになって軽く笑う。

 恋人のようなことをしなくても、ただ話しているだけで撫子は自分のことを笑顔にしてくれる。

 それは撫子が聖を好きだからというのはもちろんだが、それとは別に撫子にはそういう力があるような気がする。

 話しているだけでその相手を癒してくれるような陽だまりのような暖かさを持つ。

 その魅力に聖も撫子に惹かれたのかもしれない。

 そこに思いを至らせた瞬間。

「……………ふふ」

 また笑う。

 ただし、今度は意味が違う。

 先ほどは撫子への想いがそのまま表に出たようなそんな幸せな笑み。

 今は………言葉にはうまくできないが決していい意味の笑いじゃない。

(……できないんじゃなくて、したくないっていうのが正しいのかしら)

 それすら音にしたくなくて心の中だけで思った。

「…………」

 聖は目を閉じて撫子のことを思った。

 そうするだけですぐに撫子の色々な姿が思い浮かぶ。

 そのほとんどが笑顔の撫子だ。

 それはいいことなんだろう。素敵なことなんだろう。

 しかし

「……まぶしいなぁ」

 聖は泣きそうな顔でそれをつぶやいた。

 そこには以前撫子をたぶらかそうとしたものは存在しないが、代わりに撫子と付き合いだしてから……いや、あの夜から抱いていたある思いがある。

「………眩しすぎるわよ」

 その思いが自分の中で大きくなっていくのを感じる聖は瞼の裏にうつる撫子の姿から目をそらすため目を開いた。

「……どうしようかしらね」

 答えを出したくない問いに聖は逃げるように眠りに落ちて行った。

 

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