二月にもなると周りの雰囲気が変わっていく。

 受験も近づいてくるし、その先には卒業もある。

 この学校には高等部もあって、エスカレーターで進学する人たちがほとんどだけど受験はあるにはあるし、別の学校を受ける人もいる。

 そんなに意識してるわけじゃないけど、もしかしたら卒業と同時にもう一生会わない人だっているんだろうし、今まで仲がよかったとしても離ればなれになっちゃって疎遠になることもあるんだろうな。

 それはすっごく寂しいことだって思うけど幸い私にそんな心配はいらないみたい。

 みどりちゃんも葉月ちゃんも藍里ちゃんも奏ちゃんも私と仲のいい人はみんな高等部に行くって言ってる。

 これで少なくても後三年間はみんなと一緒だ。

 もちろん、私の……一番好きな人も。

「はい、聖ちゃん。いつもありがとう」

 今日も私たちはいつもの場所で秘密の時間。

「ありがとう撫子さん。じゃあ、私からも」

 まず私からカラフルな包装をした小さな箱を手渡して、今度は聖ちゃんから同じように装飾のされた包みを受け取った。

「ありがとう聖ちゃん。開けてみてもいい?」

「えぇ、もちろん」

 私たちは二人並んでピアノの前の大きなイスに座ってお互いから受け取ったプレゼントの中身を確かめる。

 確かめるまでもなく中身は決まっているんだけど。

 赤いリボンを外した先にあったのは、

「わぁ、おいしそう」

 甘い甘いチョコレート。

 実は今日はバレンタインなの。

 二月に入った頃から手作りチョコをプレゼントし合おうって話し合ってて、今その真っ最中。

 去年までもみんなに上げるチョコを作ったときも楽しかったけど、好きな人のために作るっていうのはやっぱり特別でこの瞬間を考えながら過ごす時間は楽しくて、待ち遠しくて今この瞬間は想像してたよりも嬉しかった。

「あは、撫子さんのチョコ。ハートの形ね」

「うん。あんまり綺麗にとはいかなかったけど……私の、気持ちだから」

 恥ずかしいことしてるし、言ってるかもしれない。でも、その恥ずかしさすら喜びになれるんだから恋ってすごい。

「綺麗かどうかなんて関係ないわ。撫子さんからもらったものだもの。気持ちがこもってればどんなものでも嬉しいわ」

「あ、ありがとう」

 聖ちゃんも同じ風に思ってくれてるかな。

「ね、食べてもいい?」

「うん。私も聖ちゃんのチョコ早く食べてみたい」

 少しだけ見つめあってから私は聖ちゃんからもらったチョコを口に含んだ。

(甘い)

 それはチョコだから当たり前。

 だけど、きっとそれだけじゃないの。甘いのは聖ちゃんのチョコだから。聖ちゃんが私のために作ってくれたチョコだから。

 舌の上でとろけていくチョコは私が今まで食べてどんなチョコよりも甘くて、体から心までしみこんでいく優しい暖かさも感じる。想い一つでこんなにも変わっちゃうんだ。

「とってもおいしいわ。撫子さん」

「うん。私も、聖ちゃんのチョコすごくおいしい」

 聖ちゃんもきっとおんなじ風に思ってくれてる。それを思うと余計に嬉しくなっちゃう。

「あ、そうだ。撫子さん」

「なぁに?」

「せっかくだし食べさせあいっこしてみない。あーんって」

「う、うん」

 ちょっと恥ずかしい提案。キスとかそういうことももうしてきたけどそれとはまた別の恥ずかしさ。

「じゃあ、私からあーん」

 でも断る理由なんてあるわけもなくて聖ちゃんが私の手元から取ったチョコの一切れを持ってくると

「あーん」

 あっさりと口に含んだ。

「ん……」

 さっきもすごく甘いって思ったけど……今度はすごくすごく甘い。そんな言葉にしかできない自分がもどかしいけど本当にそういうしかないくらいに甘いの。聖ちゃんに食べさせてもらうっていうエッセンスが加わっただけでさっきとは比べ物にならないくらいにおいしい。

「ね、撫子さんからも」

「うん。あーん」

 今度は私から。

「あーん。……ん、おいしい」

 聖ちゃんの笑顔。それを見てるだけで私も嬉しくなっちゃう。

「ね、もう一回。欲しいな」

「あらら、撫子さんってば欲張りさんね」

「だって聖ちゃんに食べさせてもらうほうがおいしいんだもん」

「私もよ」

 そうやって私たちは何度かあーんをし合っていると

「あっ」

 ちょっと手が滑ってチョコをスカートに落としちゃった。

 反射的に二人でそれに手を伸ばすと

「あ……」

 指と指が触れ合っちゃった。

「聖ちゃん……」

「撫子さん……」

 動いた拍子にチョコが床に落ちちゃったけど、私たちはそんなこと気にもしないで見つめあう。

 どちらともなく触れ合わせた指を絡め合わせて、そしたらもうすることは決まっていて、私も聖ちゃんもお互いに近づいていく。

「んっ……」

 いつもよりも甘い口づけ。

 触れ合った唇が、

「んちゅ……くちゅ」

 絡め合う舌が

「んく……じゅぷ、ちゅ」

 流れ込んでくる唾液が。

 全部甘くて私の心も体も溶け合わせる。

「はぁ……ぁ、聖ちゃん」

 キスに骨抜きにされた私は聖ちゃんに体を寄せながら甘えるような声で聖ちゃんを呼んだ。

「……ん。撫子さん……可愛いわよ。大好き」

 聖ちゃんはそんな私を優しく抱き寄せて想いのこもった言葉をささやいてくれる。

 私の大好きな時間。

 キスをして、熱くなった体を好きな人の熱さが包んでくれる。

 これが好きだっていったことはないけど、聖ちゃんは私のことをわかってくれてていつもこうしてくれる。

(すごいなぁ。聖ちゃん)

 このことだけじゃない。他のことでもいっぱい、はじめてのお付き合いに戸惑ったりするときに聖ちゃんは私を優しく導いてくれる。

 いくら好きっていう気持ちがあってもそれは簡単にはできないこと。聖ちゃんがそうやってできるのは………

(……経験があるからなのかな)

 そのことを考えた瞬間。

「聖ちゃん」

 私は潤んだ瞳で聖ちゃんのことを呼んでいた。

「? 撫子、さん? どうか、した?」

 急にそんな顔をした私に戸惑う聖ちゃんに私は

「……んっ」

 めったにない私からのキスをしていた。

 

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