時間というのは不思議なもの。

 どこで何をしていても同じ一秒、同じ一分、同じ一日のはずなのにそれが早くも遅くも感じられる。

 楽しいことや、友達……大切な人と一緒にいる時には早く感じるし、授業を受けている時やすることがない時などは遅く感じる。

 けれど、止まったり戻ったりはすることはなくて早く感じても遅く感じても時間は確実に前にだけ進む。

 卒業も、受験も、【決めなきゃいけないこと】ももう間近に迫っている。

 聖はそれらに目を背けたいと思いつつも、答えを出すことから逃げるつもりはなく最近では毎日のように撫子とのことを考えていた。

「……………………………………」

 その時の表情は常に冷たく、時には苦悶に歪む。

 今日は机に突っ伏しながら、持ち帰った撫子のチョコを眺めていた。

 撫子のことは心から好きだ。

 それは嘘偽りのない気持ち。

(……だからこそ苦しんでるんだけどね)

 今まで遊びで付き合ってきた相手だったらこんな風にはならなかった。それは本気じゃないのだから当たり前かもしれないが、時には本気だからこそ苦しんでしまうこともある。

(撫子さんは本当に私のこそを好きでいてくれてるのよね……)

 それは嬉しいし、感謝もしている。

(……こんな私のことを)

 だがそう思うのも事実。

 普通に考えれば聖は人に許されないことばかりをしてきた。

 いくらそのほとんどが同意のこととはいえ、本気でないくせにそう仕向けたのは聖だし中には無理やりに唇を奪った相手もいる。

 事件となってもおかしくないことだ。

 そんな自分が今更普通の恋人を作り幸せになる権利があるのかと考えているのも事実。撫子がそんなこと関係ないと思ってくれているのもわかっている。

 わかっているからこそ……

「あむ……」

 聖は撫子からもらったチョコを口に含んだ。

 それはあの音楽室で食べたものと同じもの。

 とても甘くて、あの時のキスも含めてとろけるような幸せを与えてくれたもの。

 しかし今は

「………苦い」

 そう思ってしまう。甘ければ甘いほど、撫子との時間が嬉しいほど一人の時間は苦さを増す。

「……このままなんてだめよね」

 半ば出している答えに意識を向けた聖は

「……やっぱり、にがいなぁ」

 そう漏らさずにはいられなかった。

 

 

 最近聖ちゃんの様子がちょっと変。

 そんなことを思うようになったの。

 まず前よりも優しくなった気がするの。付き合い始めた時から聖ちゃんはずっと優しかったけど、それだけじゃなくてすごく気を使ってくれるようになった。些細なことでも心配してくれるし、それでいて踏み込み過ぎない。

 それとこれは気のせいかもしれないけど……恋人としてすることが変わったような気がするの。今まで通り手を繋いだり、腕を組んだり、抱き合ったり……キスをしたりもするけど……なんだか違う気がするの。

 この前したときだって。

 優しく触れる手、暖かさを感じる瞳、柔らかい唇。

 どれも変わっていないはずなのに、どこか距離を感じるの。

 それは本当に少しで、気のせいで済ませられることのはずだけど、どうしてもそのことは頭に残っちゃってた。

 なんていうのかな? 恋人っていうより、お姉ちゃんみたいなそんな優しさに想えちゃうの。

 そんなことを思いながら私はお昼休みに校舎の中を歩いていると

(聖ちゃんだ)

 中庭を見渡せる廊下の窓から聖ちゃんの姿が見えた。

 聖ちゃんはゆっくりとした足取りで、音楽室の方に向かってるみたい。

 お昼休みにもあそこで会ったりはしてたけど今日はそうしようなんて話してなくて、あ、もちろん約束がないから聖ちゃんがあそこに行っちゃダメなんてことはないけど。

 なんとなくそれが気になって私も同じ場所に向かうことにしたの。

 私と聖ちゃんは恋人同士なんだから遠慮なんてする必要もなくて、すぐに同じ場所に入ってよかったはずだけど……

「…………」

 カーテンのかかってない窓から中が見えて、

「聖、ちゃん………?」

 そこから見えた聖ちゃんの普通じゃない雰囲気を感じて足が止まっちゃった。

 本当に一瞬見ただけだったんだけど、それを感じたの。

 とってもせつなそうな顔。今にも泣きだしそうで、けどそれを嫌がっているようなそんな辛そうな姿。

(どう、したの?)

 聖ちゃんがそんな姿をしている理由がわからない。私といる時はそんな顔をしたことないのに。

 理由はあるのかもしれないよ。 

 聖ちゃんにとってここはあまりに特別な場所だもん。私なんかじゃわからない気持ちを思うことだってあるかもしれない。

(でも……けど……なんだか)

 昔を思ってるんじゃないのような気がしたの。それは私の勝手な思い込みかもしれないけど……そうじゃないような確信があって、結局話しかけることができなかったの。

 

 

「ねぇ、聖ちゃん。お昼休みどうして音楽室にいたの?」

 夕暮れの帰り道。

 二人であぜ道を歩きながら私はお昼のことを聞いてみた。

「……あらら、見られてたの」

 ほんの一瞬だけの間。

 それがどういう意味なのかは分からない。

「声かけてくれればよかったのに」

「う、うん。ちょっとタイミングがなかったっていうか」

 あれ? 

「今更私たちの間にそんな遠慮みたいなのいらないわよ」

「そ、そうだよね」

「そうそう。次からはちゃんと声かけてよね」

「う、うん」

 聖ちゃん、普通だ。いつもと全然変わってない。

 何か悩みがあるのかなって思ってたけど……

 気のせい、だったのかな? 確かに見たのは一瞬だった。

 でも、本当にあの時の聖ちゃんは寂しそうに見えたのに。今はそれに自信が持てなくなっちゃうくらいに聖ちゃんはいつも通りに見える。

 けど、そうだよね。

 悩みがあるなら話してくれるはずだもん。今更隠し事なんてないはずだもん。

 私は勝手にそう決めつけるともうこのお話より聖ちゃんが色々お話ししてくれることに耳を傾けてあんまり長くない二人の帰宅路を歩いていく。

「じゃあね、聖ちゃん。また明日」

 お互いの家への分かれ道になると私は普段通りそう挨拶をする。

 いつもなら聖ちゃんも同じことを言い返してくれてお別れするんだけど

 ちゅ。

「ふぁ!?」

 急にほっぺにちゅうをされちゃった。

「じゃあね、撫子さん」

 そうして、素敵な笑顔を見せて去っていく聖ちゃん。

 それは聖ちゃんからしたらおかしいことじゃないはずだけど……

(聖、ちゃん……?)

 その優しさが逆に私に違和感を感じさせた。

 

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