聖が決意を固めるには一週間を要しなかった。
週末の金曜日。聖は一週間会話のなかった撫子に初めて話しかけると、意外なことを言われた。
聖としては、あの音楽室かもしくはまた自分の部屋に来てもらおうと考えていたが撫子は私の部屋に来てと提案してきた。
これからすることを思えばその場所は決して居心地のいい場所ではないが、撫子がその場所を望むのならそれに応えよう。
場所がどこであってももう気持ちを揺るがすつもりはないのだから。
「……………」
撫子の家に向かう間。どちらも口を開くことはなく数歩先を歩く撫子を聖は見つめながら歩いていく。
(そういえば、撫子さんの後ろを歩くってあんまりなかったわよね)
風の吹くあぜ道を行きながら聖はそんなことを思った。
思えばいつも撫子の前を歩いていた気がする。というよりも、撫子が後ろついてきていたのかもしれない。撫子はもともと消極的なタイプで前に出て引っ張っていくような人間じゃない。
今は聖の言ったことのない撫子の家に向かっているのだから前を行くのは当然ではあるが、それでも前をいく撫子を不思議な感覚で見ていた。
(……なんだか、大きく見える)
聖や、同年代の少女たちと比べても小柄なはずなのに撫子の背中はその実態以上に大きく見えた。
(……変わったわよね、撫子さん)
最初、あの音楽室に呼びだした時は震えるばかりで簡単に籠絡できそうに思えたのに。いつからか変わってた。
(……それとももともとではあったのかしら?)
思えば、最初から人のために一生懸命になれる人間だった。わからないことから逃げずに考え、向き合って自分の大切な人たちの力になろうとする。撫子は最初からそんな人間だった。
だから、聖のわずかに見せた弱みにすら首を突っ込んできた。
(……あれがなければ、こうはならなかったのかしら?)
些細なことで撫子を恨んでしまい撫子と必要以上に関係を続けた。最初のきっかけさえなければ、
(……こんな風に苦しまなくてもよかったのかしら)
「……ふ」
聖は思わず笑ってしまった。
(何自分が被害者みたいないい方してるのよ)
全部自分の都合のくせに。
撫子を受け入れたのも、恋人を演じたのも、それに耐えられなくなって別れを望むのも全部自分の都合のくせに。
(わきまえなさいよ)
自分がどんな人間かわかってるはずでしょ。
聖は心にそう言い聞かせ、しかし撫子の背中を見つめることができないまま今度こそ無言で撫子を追いかけて行く。
(……聖ちゃん何にも言ってくれないな)
私は聖ちゃんの前を歩きながら時折聖ちゃんの様子をうかがってそう思うの。
この一週間聖ちゃんはずっと悩んでたみたいだった。何を、なんていうのは考えてわかることじゃないし、これから教えてもらえるはずだけど、聖ちゃんが苦しんでるのは間違いない。
それはきっと私が、とか聖ちゃんがとかが悪いじゃないんだって思うの。
私は聖ちゃんのことを好きで、聖ちゃんも私を好きって思ってくれてる。
それでもこういうことは起きちゃうんだって思う。本気でその人のことを思うから、色々なことが起きる。
想いを通じ合わせもするし、すれ違ったりもする。それは恋には付き物なのかもしれない。時にはそれが原因でお別れしちゃうことだってあるのかもしれない。
けどね、私はそんなのやだよ。
聖ちゃんが何を悩んでるのかわからないけど、私は聖ちゃんのこと離したりしないよ。
今はまだ言わないけど、私が今考えてるのはね、聖ちゃんが何を悩んでるんだろうとか、何か嫌われるようなことしちゃったかなとか、そういうんじゃないんだよ。
聖ちゃんが何を悩んでても、どんな風に苦しんでても、お別れしたいなんて思ってても。
絶対に放さないっていうことだよ。
聖ちゃんが何を言っても私は変わらないよ。
聖ちゃんのことが好きなんだもん。私の世界を変えてくれた聖ちゃんのことが大好きなんだもん。
だからね、聖ちゃん。
どんなに悩んだって無駄なんだよ。
私の気持ちは絶対に変わらないんだから。
私はそう強く思って、初めて好きな人を部屋に招待した。