(……撫子さんらしい部屋ね)

 聖は撫子の部屋に入るとそう感想を持った。

 整然と片付いた部屋。机やテーブルには可愛らしい小物が並び、本棚には雑誌などとりも小説や少女漫画が多い。

(これが、普通の女の子の部屋なんでしょうね)

 自分の部屋を思い出した聖はそう思わざるを得なかった。

(……違うってことよね)

 改めて聖はそう思う。撫子と自分は違う存在だと。正しくは思いこもうとした。これからに備えて。

「理由、教えてくれるんだよね」

「っ。え、えぇ」

 聖が部屋を見回していると、撫子はさっそく本題を口にした。

 もともとその話をしにきたのだから何にもおかしくないことだが、撫子が積極的に切り出すとは思っておらず聖の方が狼狽えてしまった。

「………………………」

「聖ちゃん?」

(……こんな理由で納得してもらえるのかしらね)

 改めて考えると大した理由ではない様にしか思えない。いや、聖にとっては大きなことでも撫子にとっては意味が分からないと言ってもいいかもしれない。

「……貴女といるのが嫌だからよ」

 誠実に、正直に話そうとしていた聖だったが口から出てきたのはそんな言葉だった。

「貴女と私じゃ違いすぎるの。生きてきた世界が、見てきた世界が違う。撫子さんは綺麗に生きてきて、私は……汚れながら生きてきた。だから、合わないのよ私たちは。撫子さんがどう考えてるか知らないけど、私は貴女といてそんなことばっかりを考えるのよ。考え方が違う。見えてるものが違う。見ていく先が違う」

 早口に聖は続けていく。早口になってしまうということが、本音でないことを表しているしそれを撫子に見抜かれないかと不安になって余計に口が滑っていく。

(……ただし、嘘をついてるつもりもないけど)

「今撫子さんが嫌いなわけじゃないわ。けど、今は小さくしかない溝でもいつか決定的な崖になる。そんな時になってから別れたって遅いでしょ。時間の無駄。なら、今のうちに別れたほうがお互いのためよ」

(……即興で作った割にはそれなりのことが言えたわね)

 というより当初聖が考えていた自分が撫子にふさわしくないなどという曖昧なことよりも具体的で説得力のあるセリフだったかもしれない。

「……それで終わり?」

 だが、聖がそう思ったとしても撫子が見た聖は違うのだ。

「そ、それでって……」

 終わりということはないし、撫子が諦めるまで言葉を尽くすつもりであったが、撫子の様子が予想とあまりに違って聖は言葉を止めてしまう。

「じゃあ、私も言わせてもらうね」

「え、えぇ……」

「私は聖ちゃんが好きだよ」

「っ……」

 あまりにストレートな言葉。撫子の気持ちが否応なしに伝わるほどまっすぐで力強い言葉。

「聖ちゃんがどんな風に思ってても私は聖ちゃんのことが好きだし、一緒にいたいって思ってるよ」

「だから、それは……」

「確かに私と聖ちゃんは違うよ。全然似てないって思う。聖ちゃんが言うとおり私と聖ちゃんじゃ見えてるものが違う。けど、そんなの当たり前だよね。誰だって同じ人じゃないんだもん。考え方が違って、見てるものが違って当たり前だよね。どうなりたいかだってそんなの簡単に一緒になんかならないよ」

(……そんなの、言われなくたって……)

「私と聖ちゃん。違うところはいっぱいある。身長も体重も違うし、趣味とか、好きな食べ物とかだって違うし、性格だって似てないよ。けど、一緒のことだってあるよね」

「一緒の……」

 聖には撫子が何を指しているのかわからない。が、撫子が何の確信もなく言ってるわけではないことは理解できる。

「私たちは聖ちゃんのことが好きだし、聖ちゃんも私のことが好きだよね」

(……っ)

 一番言われたくないことを言われてしまう。

「さっき聖ちゃんは、溝があるとかそれが取り返しがつかなくなるって言ったけど、そんなことないよ。今見てるものが違っても、これから見てる先が違っても、お互いが好きなら越えられないことなんてないって思うもん。だから……」

 聖が話し始めてから距離の変わらなかった二人だが、撫子は一歩大きく距離を詰めて聖の目の前まで来た。

「一人で決めないで。お話ししてよ。ちゃんと二人で話し合って、二人で決めて行こう。私たちは恋人同士なんだよ」

「っ………」

 聖は耳を塞ぎたかった。目を閉じたかった。逃げ出したかった。

(……けど、予想通りなのよ)

 この程度、想定していた。わかっていた。

 撫子が簡単に受け入れようとしないことも、撫子の言葉で、気持ちで心を揺るがせてしまうのも。

「貴女のそういうところが………嫌なのよ」

 だから聖はそんな言い方をするしかなかった。

「撫子さんは……優しすぎる、綺麗すぎるのよ。一緒にいるとみじめになるの。私がどれだけ自分のことしか考えてなくて、醜い人間かって嫌でも思い知らされるから」

 聖は撫子から視線をそらさずにそれを言って見せた。目をそらせばその分撫子の力になってしまうから。

「貴女といるだけで苦しくなる、そんな相手とはいられないでしょ。一緒にいたって辛いだけなんだから」

 聖は自分がひどいことを言っているという自覚があった。

 自分が苦しみたくないから好きだと言ってくれる人の優しささえ否定し、悪意をぶつけている。そう自分では思っていたつもりだった。

「………聖ちゃん、無理をしないで」

 だが、撫子は慈愛に満ちた声で簡単に聖の心を看破した。

「っ。む、無理なんか……」

「さっきのもそうだけど、聖ちゃん嘘ついてるよね。本当はそういうことを言おうとしてここに来たんじゃないよね」

「な、何言ってるのよ。私は、本当に……」

「違うよ。聖ちゃん。何にも根拠なんてないけど、違うって思うよ。聖ちゃんは、そんな子じゃないもん」

「そんなの、撫子さんが勝手に思ってるだけでしょ。私は……!」

 落ち着く撫子と対照的に焦る聖だが、撫子が手を取るとその暖かな感触に思わず口を閉じた。

「聖ちゃん。私、聖ちゃんの本当の気持ちが知りたいの。私を悲しませないようにとか、ひどい子に思われようとかそういうんじゃない。聖ちゃんが何を思って、どんな理由で私とお別れしたいって思ったのか本当の聖ちゃんの気持ちが知りたいの。そうじゃなきゃ納得なんてできないよ」

「撫子さん………」

 聖は呆然と撫子を呼んだ。いや、見惚れていたと言った方がいいかもしれない。

(いつの間に、こんなに強くなったの……?)

 昔の撫子なら泣き出してもよさそうなものなのに。

(………これも、私のせいなのよね……)

 それを否定的な意味でなく思った聖は。

「……貴女に幸せになってほしいの」

 ようやく本音を伝えることができた。

 

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