「ま、待ってよ」

 私は前を歩く黒峰さんの後を追いかける。

 黒峰さんは私がどっかいかないっていう誘いにうんってうなづいたかと思うと、すぐに学校の裏口の方に歩いて行った。

「早くしなさいよ」

 裏口には中庭からいけるけど、私はあんまり来たことがない。校舎のせいで日当たりも悪くて、いつもちょっと薄暗いこの場所は昼休みでも人気はほとんどなくて、今も裏口に向かう道には前を歩く黒峰さんの姿しかない。

「ほ、ほんとに今から行くの?」

 私は黒峰さんに追いつくと、ちょっと息を切らせながらそう問いかけた。

「そういったじゃない。んで、行くとも言ったでしょ。あんた」

「それは、そうだけど……」

 確かにそういった。

 話しかけて、でもお話ししたいっていう気持ちだけで何をどう話せばいいのかわからなかった私は黒峰さんの誘いに思わずうんってうなづいちゃった。

(でも、放課後って意味だと思ったのに)

 お昼休みにこれからって言われたからって普通はそう思う。授業をさぼることになっちゃうんだし。

 でも、黒峰さんはいきなり「じゃあ、行こう」なんて言って裏口に歩き出した。

 それで、今もう目の前に来ちゃってるんだけど……

「ほら、行くわよ」

「あ………」

 もう黒峰さんは裏口を開けて敷地の外に出て行っちゃった。

「…………」

 対して私は、ちょうど学校と外の境目で立ち止っちゃう。

 勢いに呑まれてここまでついてきたけど、本当に黒峰さんが出ていくとは思わなかったし、ここで出て行っちゃったら……もう取り返しがつかない気がする。

(でも、ここで断ったら……)

 黒峰さんはどうするんだろう。一人で行っちゃうのかな? それとも……ううん、どっちにしてもここで断ったらもう黒峰さんとお話しできなくなっちゃう気がする。

「…………………」

(あ…………)

 私はうつむいたまましばらく考え込んでて、ふと視線をあげたその時に黒峰さんがこっちを見てるのに気づいた。

 心細そうな瞳で。

「……駄目なら、いいよ」

 そして、寂しそうにそう言う姿を見て

「…………」

 私は一歩を踏み出した。

「……行こう」

「……ありがと」

 顔をそむけながらもそういってくれるのを聞いて、私は笑顔で黒峰さんと歩いて行った。

 

 

 学校から出るとしばらくは田舎道が続く。

 一車線の道路が田んぼに囲まれて、人家もあるけど密集してるわけでもない、多分都会の人たちが想像する田舎ってこんな感じなんだろうなって思う。

(私は、ここから出たことないからよくわからないけど)

 もっとも、見るからに田舎っていう風景は学校の周りくらいで少しすると普通の住宅街になるけど。

 なんてことを思いながら私は黒峰さんと並んでその田舎道を歩いていた。

「さぼらせて悪かったわね」

 会話がないまま数分ほど歩いてきたけど、黒峰さんはようやく口を開いてくれた。

「う、ううん。決めたのは、私、だから」

「そう。あんがと」

「う、うん」

 まだ暑さを感じる日差しに冷たくなってきた秋の風を感じながらのぎこちない会話。

「…………」

 初めて話したっていうこともあってなかなか話が続かないけど、このまま勇気を出して初めて授業をさぼったのが無駄になっちゃう。

「と、ところでどこに行くの?」

「さぁ?」

「へ?」

「考えてないから」

「そ、そうなの? じゃ、じゃあどうして、どっか行こうなんて言ったの?」

 てっきり黒峰さんはどこかに行きたいところがあるから誘ってきたんだと思ってたのに。

「?」

 私が何気ない気持ちで発したその一言に黒峰さんの足が止まった。

「…………学校、いたくない、もん」

「え?」

 そして、予想もしてなかった一言。

「……それ、って……」

 私は思わず言葉に詰まっちゃった。

(聞いて、いいことなのかな?)

 普通こんなようなことを言われたら、真っ先に考えちゃうのはいじめとかそういうことだと思う。

 ただ黒峰さんがそういう風には見えないし、黒峰さんのことを何も知らない私でも、ううん、私ならわかることのような気がした。

「…………あんたは、そうはならなかったの?」

 また寂しそうに私を見てくる瞳は少し前まで私がしてたのと似ている。

 けど、私は……

「…………」

 私は困ったように目をそらした。

 それは私にとって否定の意味を込めていたけど、

「……少し休んでかない?」

 黒峰さんはそうは思わなかったのかちょうどそばにあった公園に入っていった。

 私も後に続いて行って、先に隅のブランコに座る黒峰さんの隣のブランコに座った。

「……………」

 憂いのこもった表情で宙に浮かんだ足をプラプラとさせる黒峰さんはまるで迷子の少女のようで、それはもしかしたら間違いじゃないのかもしれなかった。

「………あんたが見たって友だち、さ」

「うん」

「仲、よかったの?」

 黒峰さんは私を見ないまま探るように訪ねてきた。

「う、うん」

「……そ」

「黒峰、さんは?」

「……私も、仲よかった」

(……過去形だ)

 さっき私に聞いた時もだけど、今も。私は、仲いいの? っていう意味で聞いたのに。

「……小学生の時からの友だちで……」

 私とみどりちゃんみたいだって、最初はそのくらいにしか思わなくてでも

「……親友だって、思ってた」

 やっぱり過去形で言われて複雑な気持ちになった。

「けど……、もう……あんな奴………」

 しかも、こんな風に言うのはそれが知らない人のことでもちょっとだけ悲しくなる。

「大体……なんなのよ! ほんっと、わけわかんない! なんなの!? が、学校であんなことしてさ! バッカじゃないの!?」

 お友達のことを話してて、その時を思い出したのかいきなり黒峰さんは顔を赤くして声を荒げた。

「何考えてんのよ! おかしいでしょ、あんなの! だ、大体……キ、キス、なんて! あんなとこで……あんな……」

(あ、れ………?)

 黒峰さんが言っていること。私はそれがわからなくはない。でも、私はここまでには思わなかったしそれになにより

(泣いてる、よね?)

 黒峰さんが瞳を潤ませているのが気になった。ううん、泣いちゃう気持ちもわかりはするの。私も、藍里ちゃんと葉月ちゃんがしてるところを見て理由はよくわからないけどそんな気分にもなった。

「変よ、おかしいのよ! あんなの……こ、恋人同士だとでも言いたいわけ!? 女同士で……ばっかじゃないの!?」

 黒峰さんから吐き出される気持ちは私よりも激しいもので、私じゃ考えもしなかったこと。それは、私が聖ちゃんとお話しするまで戸惑っていた気持ちとは種類からして違うもののような……

「…………………………ほんと、………………ばっか、じゃないの」

「…………」

 激しい言葉と声で気持ちを吐き出していた黒峰さんは今度は急にここに来るまでと同じように寂しそうな様子になって私はそっちに気が取られちゃう。

「……ごめん、熱くなった」

 私が心配そうに見ていると黒峰さんは我に返ったように言って、バツが悪そうに顔をそらした。

「う、ううん。ちょっと、びっくりした、けど」

「……そか。あんがと。っは、は……人と、話すの……久しぶり、だったからさ……なんか、止まんなかった、よ」

 今度はバツがわるようというよりは、恥ずかしそうに言った。それは、さっきとは違ってきっと私がわかるもののような気がしたけど、

「あんたに、ぶつかった、後……あんま話せなかったんだよね。……ちょっと、色々、あって、クラスで浮いてた、し」

「そう、なの?」

 また私の知らない何か抱えた顔をしている。

「……………」

「で、でも、みんながそんなだってことないよ?」

 その沈黙に私は考えもせずにそう答えた。

「そんなの……わかってる。……わかってるわよ」

 少し苛立ったように言う。

 私は勝手に黒峰さんも自分と同じだって考えてここまで来たけど、違うところもいっぱいあるのかもしれない。もちろん、私と似たところっていうのは間違ってないって思うけど。

「あー、やめやめ! この話はやめにしよ」

「え?」

 ここに来てから黒峰さんはいきなり空気を変えることばっかり。今度は、明るい声でそういった。

「せっかく、そういう心配がない相手と話せてるんだからさ、もっと別のこと話そうよ」

 黒峰さんが態度をころころと変えるのを少し不自然には思ったの。でも、こういう気持ちもわからないでもないし、なによりさっき人と話すのが久しぶりって言ってたのが気になって、

「う、うん」

 そう頷いていた。

 そういえば、最初の目的は私も普通に話すことだったななんて考えながら私はしばらく、久しぶりの普通の時間を過ごした。

 きっと今はまだ言葉の裏にあるものに触れてほしくないんだななんて思いながら。

 

 

 これが、奏ちゃんとの始まり。

 

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