奏ちゃんとお友達になれたのはとっても嬉しいことだった。この前聖ちゃんと仲良く慣れたのと同じで、何も知らなかったらきっと仲良くはなれなかったって思う。

 藍里ちゃんと葉月ちゃんのことを知って、聖ちゃんとお友達になって、安心したところでみどりちゃんの気持ちを聞いて、それで今度は奏ちゃんとお友達になれた。

 聖ちゃんと奏ちゃん、二人とも素敵なお友達。知らない世界を知ったからこそできたお友達。

 だから、私にとって今の世界は悪いことだけじゃないけど……

「それでね、この前〜藍里ちゃんが………」

「う、うん」

 みどりちゃんとだけは、どう話していいのかわからないまま。

 今日は特にお話があるからっていうわけじゃなくて、放課後に教室に戻る道中に何気なくそんな話になっただけ。

 でも、前に比べてみどりちゃんのお話は藍里ちゃんのことが多くなった。それは、私がもう知ってるからなんだと思う。他のお友達に話したりなんてしてないだろうから。

「あ、それでね、藍里ちゃんが飴くれたの〜」

「そ、そうなんだ」

 飴は藍里ちゃんの好きなお菓子。ほんとは学校に持って来たらいけないけど藍里ちゃんってば、授業中だってなめてるくらい。

(……でも、それって)

 藍里ちゃんに飴をあげてるのは、葉月ちゃん。前は、ただ優しいなとしか思ってなかったけど、今は……藍里ちゃんが好きだから、藍里ちゃんのために飴を用意してるんだって思う。

「えへへ〜、やっぱり好きな人からのプレゼントって嬉しいよね〜」

 それがわかっちゃう私は、

「……う、うん。そうだよね」

 嬉しそうな笑顔をするみどりちゃんにぎこちない返事しか返せなかった。

 

 

「はぁ…………」

 用事があるなんて嘘をついてみどりちゃんと一緒に帰らなかった私は、また行くあてもなく放課後の学校をさまよっていた。

(………みどりちゃん……)

 みどりちゃんに告白されて、私はまた一人に戻っちゃったような気がして、でも奏ちゃんとお友達になれて、同じ世界にいるお友達ができて、一人じゃなくなった。

 けど、みどりちゃんのことをどうすればいいのかは全然変わってない。奏ちゃんとお友達になれたからって、みどりちゃんの恋が何か変わるわけじゃないの。

 みどりちゃんが好きな藍里ちゃんが葉月ちゃんと、こ、恋人同士だっていうのは変わらないの。

 どうしよう。

 心からそうやって思う。

 みどりちゃんは私のことを一番に信頼してくれて、打ち明けてくれた。なのに、私は知ってるくせにだまったまま。

 何とかしなきゃ、何かをしなきゃって思ってても何もできないのは変わらないまま。

「……どうしよう」

 ついには声に出した私は、そのことをさらに強く思わせる出来事に出合う。

「あ……」

 視線の先にみどりちゃんの好きな人、藍里ちゃんがいる。

 ……もちろん、葉月ちゃんと一緒に。

 

 

 二人がいるのは普段は使われない教材室。その名の通り問題集とか、教科書とかが保管されている場所。普通は来ることはないけど、私も先生に頼まれて整理をしたり、問題集を運んだりするのに入ったことはある。

 だから、別に二人がそこにいるのはおかしなことじゃないんだけど。

「…………」

 自然と握り締めた手に汗がにじんでるのを感じた。

 心が焦り出す。

(こんなの……だめ、だよ…)

 って本気で思ってるはずなのに私は、教材室に唯一ある小さな窓から二人のことを覗いた。

「はぁ、つっかれたわね」

「そだねー」

「まったく、こっちは一応受験生なんだからこんな雑用やらせてんじゃないわよ」

「そりゃまぁ、そうだけど……藍里のせいじゃん」

「………ふん」

 天井にまで届きそうな棚に囲まれながら話す二人の会話を聞いて今二人がいるのを察する。

 どうも話を聞く限り、二人は何かの作業をしていたんだと思う。そして、その原因を作ったのは藍里ちゃんみたい。

「なんでわざわざ余計なこというかなー」

「……うっさい」

「いつも言ってんじゃん。一言多いって」

「別に、泣かせようとしたわけじゃない」

「それはわかるけど、そのおかげでこんなことさせられたんだし。はぁーあ、なんで撫子とかみどりの時みたいに優しくできないのかな」

「……だまってないで手を動かしなさいよ」

 なんとなく状況はわかった。

 多分、藍里ちゃんが誰かとトラブルになって、その相手のことを泣かせちゃったんだ。

 今葉月ちゃんも言ったけど、藍里ちゃんは実は結構そういうところがある。物事ははっきり言うし、言い方もきついことが多くて、はっきり言ってお友達は多くないっていうよりも、よく思ってない子とか、怖がってる子もいるくらい。

 冷たかったりするわけじゃないけど、普段から言葉が容赦ない。私やみどりちゃんは藍里ちゃんが優しい子だって知ってるから、藍里ちゃんに厳しいことを言われてもそれが藍里ちゃんの本当の気持ちじゃないこともわかるし、その裏にある優しさだってわかる。

 でも、みんながみんなそういうわけじゃなくて、藍里ちゃんはそんなつもりはなくて、むしろ心配してたりすることもあるのに泣かせちゃうことを私も見てる。

 それで、藍里ちゃんはそういう時にめったに謝ったりもしないから怒られたりすることも多い。今日もそんな感じなんだって思う。

「……疲れた」

「さっき手を動かせって言ったのはそっちでしょうが。せっかく手伝ってあげてるっていうのに」

「疲れたものは疲れたのよ」

「あー、もうしょうがないな。はい」

 そう言って葉月ちゃんはポケットから飴を取り出して藍里ちゃんに差し出した。

 それは、いつもの光景。飴が好きなのは藍里ちゃん。その藍里ちゃんのために飴を用意しておくのが葉月ちゃん。これだけでも二人の絆が見て取れる。

 でも、それだけじゃなかった。

「んー」

 ありがとうとすら言わないで飴を受け取った藍里ちゃんと、飴を渡した葉月ちゃんは同時にそれを口に含むと。

「ん……」

 途端に、藍里ちゃんは不機嫌な顔になる。

「ちょっと、これ私の嫌いなやつじゃない。レモンのやつは?」

「えー、んなこと言われても、見ないで取ったんだから仕方ないじゃん。ちょうど私のがそうだったけど」

「……じゃあ、それよこしなさいな」

「はぁ? なにいっ……ん!?」

(……嘘)

 目を疑った。

 だって、二人があまりにあっさりと

「……ん、ふぅ……ちゅぷ」

 キスを、したから。

 藍里ちゃんの舌が葉月ちゃんに入っていって、

「くちゅ……れろ。もらうわよ」

 あっさりと舌の上に飴を乗せて戻っていった。

 濡れて光る飴がどことなくいやらしく見える。

(……あんな、簡単にキス……するんだ)

 そこからしてもう全然考えられないことだったけど、

「なら、藍里のも頂戴よ」

 葉月ちゃんも藍里ちゃんの唇を奪った。

「…ふぅ……ちゅぴ、ん、くちゅっ……!?」

 さっき藍里ちゃんがしたときとは違って、すぐには終わらない。

「はむ……は……んむぅ…んううん」

 藍里ちゃんが葉月ちゃんを引き寄せて、キスをしてる。あの、初めの時みたいなキスを。

(…………………)

 でも、あの時みたいに顔が、体が、こころが 熱くなったりはしなくて、むしろ……冷たくなってくる。

「んん……うぅむ……ぅん」

 そして、そのままキスを聞きながら、私はその場から逃げて行った。

 

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