最近私は悪いことばっかりをしてる。
お友達や、ほとんど知らない人がキスしてるところを覗いて、みどりちゃんの相談には知ってることがあるのに、本当のことを話さないで。
しちゃいけないことをして、しなきゃいけないことをしない。
本当に……ひどいって思うの。
それも、思うだけなの。
さっき藍里ちゃんと葉月ちゃんのことを見たのに、やっぱりみどりちゃんにそういうことを話すなんてできない。
みどりちゃんを傷つけるのが怖い。【私が】みどりちゃんを傷つけるのが怖い。絶対にいつかはみどりちゃんも二人のことを知っちゃうだろうけど、でも私にそんな勇気は、ないの。
「……はぁ」
そんなことを考えて、ため息をつきながら教室のある廊下まで戻ってきた私は丁度、今向かおうとしていた教室から出てくるある人を見かけた。
(聖ちゃんだ……)
でも、一人じゃなくて。
(誰、だろ?)
見たことのない子が一緒にいた。つまりは下級生の子だって思うけど。
二人は私に気づいてないみたいで、私の方に近づいてくる。
(……お友達?)
下級生にお友達がいても何にも不思議じゃないけど、ただのお友達って素直には思えなかった。
だって、下級生の子は聖ちゃんの腕につかまったりなんかして甘えてる感じで、すごく仲よさそう。
それに、教室で何してたんだろ。
この時間普通なら人はいないし、何かすることだって。
そういえば、私がはじめていけないことをしたのも………教室だった。
(もしかして………)
も、もちろん一緒に帰るのにただ寄ってただけかもしれないけど、今の私はそんなことだって考えちゃって……
いつのまにか聖ちゃんのことをじっと見つめていた。
「……撫子、さん?」
そして、聖ちゃんも私の視線に気づいて私を呼ぶ。
「あっ………」
自分でもはっきりしない気持ちを聖ちゃんに抱いていた私は、反射的に顔をそらした。
(……だめ、だよ。いくら聖ちゃんがこういうことに詳しいからって……)
聖ちゃんにみどりちゃんのことを話すのは私が楽になりたいっていうだけだもん。
だから、駄目で、すぐにここから動かなきゃいけないはずだけど。
「うーん、ごめんなさい。鈴ちゃん」
「……先輩?」
「私、撫子さんと約束があったんだ。だから、今日はやっぱりごめんなさい」
(え?)
「あ……ぅ」
私がまったく心当たりのないことに思わず聖ちゃんを見ると、聖ちゃんっていうよりも今鈴ちゃんって呼ばれた子のがっかりとした表情が印象に残った。
「ごめんなさい。後で埋め合わせするから」
聖ちゃんがそう言いながら鈴ちゃんの頭を撫でるけど、鈴ちゃんの表情が徐々に柔らかくなっていく。
「は、はい。待ってます」
頬を染めながらそう言って、二人はまた軽く会話を交わすと鈴ちゃんは去って行った。
聖ちゃんにあんなことを言われちゃった私はその場を動くこともできずそれを見てると、聖ちゃんが私のそばに寄ってきて
「あ、あの?」
どういうことかわからなくて混乱する私の手を取ると、
「こっち」
って聖ちゃんに引っ張られて行っちゃった。
連れてこられたのは、この前聖ちゃんの呼び出された第二音楽室。
どうしてか聖ちゃんはここの鍵を持っているみたいで、鍵を開けると私の手を引いて中に入っていった。
その間聖ちゃんは話しかけてこなくて、私もあることを考えてて聖ちゃんにお話ししなかった。
(約束、なんてしてたっけ?)
全然記憶にはないけど、一緒に帰ろうとしてた子よりも優先して私の約束を守ろうとしてるんだから、きっとしてたんだと思う。というか、そんな気になってきた。
でも、思い出せなくて
「あ、あの聖ちゃん。ごめんなさい」
聖ちゃんがまた鍵を閉めて私に向き直った瞬間にそうやって頭を下げた。
「へ?」
聖ちゃんはいきなりなことに驚いていたみたいだけど、私は自分が約束を忘れちゃったんだって思い込んでてそんなの気にもならなかった。
「私、聖ちゃんとの約束忘れちゃってて……」
「あ、あの撫子さん?」
「そ、それで……その、約束したっていうのも……全然覚えてなくて……」
「んー、まぁ………してないものね」
「…………え?」
あ、あれ? 今、なんだか変なこと言われたような……?
「………??」
今聖ちゃんが言ったことを理解しようと聖ちゃんの顔を見つめてると、聖ちゃんが少しあきれたように、でも楽しそうに笑った。
「だから、約束なんてしてないよ?」
「で、でも、さっき……」
そう言って、下級生の子と別れた、よね?
「あぁ、さっきのこと?」
「う、うん」
「あれは嘘」
「う、嘘?」
「そ、撫子さんと二人きりになりたかったから嘘ついちゃったの」
「え!? ……え、と」
そ、それってどういう意味なのかな? わざわざ嘘をついてまで、こんなところに連れてきて。
で、でも聖ちゃんは優しい人だから、変な意味じゃないだろうし。
け、けど、わざわざ鍵がかかるところに……?
(うぅぅ……)
頭がまとまらないよぉ。聖ちゃんのことは信頼してるけど、さっき藍里ちゃんたちのあんなところを見ちゃったし、それに聖ちゃんが優しい人なのは、そうでも……そういう人でもあるっていうのも本当で……
「ふふ……くくく」
不安を抱えながら聖ちゃんのことを見ると聖ちゃんはいつのまにか楽しそうに笑っていた。こらえきれないといった感じで。
「ふふ、撫子さんってほんと可愛いわぁ。ちょっとからかっただけで、ころころと表情が変わって、子猫とか子犬みたいで可愛い」
「うぅ………」
可愛いって言われるの、嬉しくないわけじゃないけど恥ずかしい……
(あれ? けど、からかったっていうんだから。二人きりになりたかったっていうのも……嘘、なのかな?)
「でもね、本当よ。撫子さんと二人きりになりたかったの」
っていう私の心を見抜いたみたいに聖ちゃんは真面目な顔で言ってきた。
「あの子には悪いことしちゃったけど、でも、撫子さん元気なかったでしょう」
「……う、うん」
「だから、図々しいかなとは思ったんだけど、誘ってみちゃったっていうわけ」
「聖ちゃん………」
嬉しい、って思った。
元気なかったのはその通りだし……自分からじゃ勇気はなかったけど、本当は誰かとお話ししたいって……思ってたから。
聖ちゃんがそれを見抜いてくれたのかまではわからないけど、でも、こうして私のことを心配して欲しいことを心配してくれた。
それは、とっても嬉しいことで
「話、聞いてもいい?」
優しく手を引いてくれる聖ちゃんに導かれるよう私は誰にも話せないと思っていたことを話し出しちゃっていた。