みどりちゃんのことを話すってすごく勇気がいることだったし、みどりちゃんの申し訳ない気持ちでいっぱいにもなった。

 けど、このまま私一人だと、なんだか間違ったことをしちゃいそうで隣で黙って少しずつ打ち明けて行った。

「……………」

 壁を背にして床に座りながら話す私に聖ちゃんはその間、口をはさむこともなくただ優しい目をして私を包んでくれた。

「ふむ」

 私が一通り話終えると聖ちゃんはそううなづく。

「撫子さんって意外に覗き魔なのね。私も気をつけなくちゃ」

 それから、いたずらっぽく笑ってそういった。

「え、あ……そ、それは」

 確かに、そう、かも。自分でも思ってたけど藍里ちゃんたちのは二回も覗いちゃったし、他にもよく知らない人たちのことだって二組見ちゃってる。

(……いけないこと、だよね。やっぱり)

 全然想像もできないけど、自分が見られる立場だったら恥ずかしくてたまらないもん。

「って、撫子さん? こっちはからかってるだけなんだから、あんまり深刻にならないでくれるかな?」

「あ、う、うん」

 そ、っか? きっと、私がみどりちゃんのことを話して深刻そうな顔をしてたから緊張を和らげようとしてくれてたってこと、だよね? 

(聖ちゃんって優しいな)

 こうやっていつも私に気を使ってくれる。

 同い年なのにすごく大人っぽくて憧れちゃう。

「でも……みどりさんが、か」

 私が聖ちゃんの言葉の意味を理解したのがわかったのか聖ちゃんは立ち上がって低い声を出した。

「それは私も気づかなかったなぁ。しかも……藍里さんのこと、ね」

 それから、ゆっくりと歩いて行ってもうほとんどなることはないのに、大きくスペースをとるピアノをゆっくりと撫でた。

 なんで聖ちゃんがそんなことをしてるのかはわからないけど、話すには遠い距離になっちゃたから私の聖ちゃんのそばによっていった。

 もしかしたら、聖ちゃんは顔を見られたくなくてそうしたかもしれないのに。

「あの二人の間にはなかなか入れなさそうよね。というか……まぁ……難しい、わよね」

「……うん」

 こういうことを意識してからまだ少ししか経ってない私にもそれはわかる。二人の間には誰も入れないって思う。

「どうしたら、いいの、かな?」

 いまだにこっちを向いてくれない聖ちゃんの背中に問いかける。

「……みどりちゃんに、言った方が、いい、よね……」

 正直に言えば、そうしたいのは私なの。理由はちゃんとあるよ。だ、だって、はっきり言って……みどりちゃんの恋は……かなわないって思うもん。藍里ちゃんと葉月ちゃんはすっごく仲良しで、ううん、仲良しなんていう言葉じゃ言えなくて、きっと私の知らない言葉、気持ちでしか表せない絆でつながってる。

 そこに、みどりちゃんは………入れないって思う、もん。

 だから、せめて少しでも早い方がって……思ってる。

 けどもしかしたら、それは私が楽になりたいからなのかもしれなくて

「だって……このままじゃみどりちゃん……」

 だから、聖ちゃんにお話ししたのだって、本当は背中を押してもらいたかったからなのかもしれないの。

「うーん………」

 でも、聖ちゃんはやっと私のほうを向いてくれて腕組みをしながらそう唸ると

「どっちでも、いいんじゃないのかしら?」

「え……?」

 私には到底考えられないことを言ってきた。

「だから、どっちでもいいんじゃないのって言ったの。言うも言わないも、撫子さんの自由ってこと」

「……………」

 あっけらかんという聖ちゃんに私は、反射的に沈黙した。その中には聖ちゃんがこんなことを言う人だとは思わなかったっていう気持ちも含まれている。

 私は真剣に相談した。

 背中を押してもらいたかったのは逃げだったのかもしれないけどそれでも真剣にみどりちゃんのことを考えて、聖ちゃんにお話したのに……

(のに………)

「こんなこと言う人だとは思わなかった、って顔してるね」

「っ!!? そ、そんなこと」

 思いっきり図星だったけど、さすがにそんなことを言えるわけもなくて必死に否定した。

「ふふ、まぁ、撫子さんが私のことをどう考えるかは自由だけど、今のって本音よ?」

「………………」

 ……確かに私は聖ちゃんをよく知らない。今までほとんど話したことはなかったんだし、話すようになってからも日が浅い。

 だから、相談できそうだなんて思ったのは私の勝手な思い込みだっていえば、その通りで………

 私がうつむいてそんなことを考えていると、聖ちゃんはそんな私を苦しそうに見つめた後、

「確かにね、言うのも大切なことだって思う」

 さっきまでとはまるで違う声色でそう言ってきた。

 その響きに惹かれるように私は聖ちゃんの顔を見なおすと、今度はとても優しい表情に見えた。

「私から見ても、二人の間に入るって無理だって思う。人の心には何があるかわからないから絶対だなんていわないけど、でも無理だって思うわ。だから、みどりさんに早めに言ってあげるのは必要だって思うし、それがみどりさんのためだって思う」

「………じゃあ、どうして、どっちでもいいなんて言うの?」

「言わないのも、同じくらいみどりさんのためだって思うから」

「どういう、こと?」

「んー、口で説明するのって、難しいな……うーん」

 聖ちゃんは言いながら困ったようにまた腕組みをして、それからほっぺに手を当てた。

「……たとえば、撫子さんに好きな人がいたとして、その人に付き合ってる人がいるとするわよね」

「う、うん」

「そのことを撫子さんは、誰か……まして相談した相手から聞きたい? 聞いたとして、それを受け入れられる?」

「そ、れは………」

 わかん、ない。そんなことはなかったし……好きな人ができた時も誰かに相談したりだってできてない。

 けど………

 受け入れられないかもしれない。

 想像でしかないけど、相談した人にそんなこと言われたくないって思っちゃうと思う。例えそれが正しいことだったとしても。

 感情が先に来ちゃうって思う。

「聞きたくない、わよね?」

「………………うん」

 深くうなづく。

「私はね、そういうの、自分で知らなきゃって思う。自分で気づいて、傷ついて、泣いたりだってするだろうし、生きるのが嫌になったりだってするかもしれない」

 いつのまにか聖ちゃんは私に背を向けている。

「けどね、それでいいと思うわ。そうやって痛みを知らなきゃ、人って成長していけないのよ。だから、私なら……言わないな」

 くるっと回って聖ちゃんは言った。

 その飄々とした態度からは想像できないけど……今みたいなことが言えるのって

(…………)

 言える理由と意味を考えちゃった私は今まで見たことのない気持ちで聖ちゃんを見る。

「それに、みどりさんも撫子さんにそういうことは求めてないんじゃないかしら?」

「あ………」

 聖ちゃんの言葉や、態度の裏にあるものに一瞬だけ気が向いた気がしたけど、それ以上に私はその言葉に、みどりちゃんのある言葉を思い出していた。

 

「応援してとかじゃなくてぇ。ただねぇ、たまにでいいからぁお話し聞いてもらいたいのぉ。そしたら、あたし頑張れそうだからー」

 

 そう、言ってた。

 聖ちゃんが言ったこと、それが全部正しいって思ったわけじゃない。でも、みどりちゃんが私にしてほしいのは聞いてもらうことだって思う。

 悩み事ってそういうことが多い。話せるっていうのがもう大きなことで、それだけでも元気が出たり、前向きになれたりする。

(やっぱり、聖ちゃんってすごいなぁ)

 私はみどりちゃんのことを考えてるつもりだったけど、結局は自分のことを考えてただけかもしれない。

 聖ちゃんも言ってくれたように、早めに言うっていうのもみどりちゃんのためなはず。でも、私はそれを自分が楽になるために選ぼうとしてたんだ。

「まぁ、私が勝手に思ってるだけだからどうなるかまでは責任持てないけどね」

 また軽口をたたく聖ちゃん。

 けど、それが私に気を使ってくれているのが今の私にはわかって、

「ううん、ありがとう聖ちゃん」

 聖ちゃんって素敵だなって改めて思うのだった。

 

2-6/三話

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