「は、はぁ………?」

 聖ちゃんはぽかんとした顔をしてる。

「え、っと……撫子、さん?」

 立ち上がっていた聖ちゃんはゆっくりと私の前に座りなおすと、やっぱりなんだかわからないといった顔で私を見つめてきた。

「あ、……ああの、あ」

 あ、当たり前だよ。変なこと言ったってわかってるもん。すごく、変なこと言ったって。

「……………?」

 聖ちゃんは戸惑ったまま私に何も言ってこない。

 多分、それは数秒くらいだったって思うけど、その数秒すら私を焦らせて

「こ、この前聖ちゃんは私のことうらやましいって言ったけど、そ、そんなことないよ! 聖ちゃん、言ったじゃない一緒にいて嬉しいって思えるお友達が一人でもいたら、幸せだって。わ、私は、聖ちゃんのお友達、だから、ね! 聖ちゃんが私のことどう思ってても、私にとって聖ちゃんはそういうお友達だよ!?」

 変なことを口走らせてた。

「ま、まだ話すようになってからあんまり経ってないし、聖ちゃんが私のこと、どう、思ってるかわからない、けど……で、でも、私はそう思ってるからね! だ、だからその……ひ、聖ちゃんも私のこと………そ、そう思ってくれて……」

 あぅ……、な、なにいってるんだろ。なんだかすごく厚かましいこと言ってる、ような……で、でも

「そ、そう思ってくれたら、私も……嬉しい、し。あ、で、でも私のことなんかどうでもいいよね! た、ただ、やっぱり私は聖ちゃんのことお友達って思ってて」

 あれ? あれれ? 何言ってるかわかんなくなってきた。

 そもそもよく考えたら初めから言いたいことがはっきりしてたわけでもないし、聖ちゃんのお友達が云々なんて全部私の妄想なのかもしれないんだし。

 こ、こんなこと言っちゃって変な子って思われちゃうかも……

「だから、その……えと……聖ちゃんはちゃんと、お友達が……じゃなくて、私は聖ちゃんのこと……これは、さっきも言った、よね……えと、えと……あのっ!?」

 もうわけがわからなくなっちゃって意味不明なことを言うだけになっちゃった私の頭に柔らかい手が当たる。

「ふふふ」

 驚いて聖ちゃんを見ると、聖ちゃんはいつもするようなほんわかとした笑顔になって私の頭を撫でてくれる。

「ありがとう撫子さん」

「ふぇ?」

 どうしてこんなことされてるのかもわかんない私に聖ちゃんが言ってきたのはそんな言葉だった。

 全然意味の分からないことばっかり言ってたのに、どうしてありがとうなんて言われたのかな?

「どうも、余計な心配かけちゃったみたいね」

 言いながらもなでなでをやめない聖ちゃん。

「この前、私が変なことを言ったから気にしちゃったんでしょ?」

「え…あ…う、うん」

「確かに、変な言い方しちゃったかもね。でも、ちゃんとお友達はいるわよ。もちろん、撫子さんもその一人」

 聖ちゃん、ってすごい。

 私はあたふたと変なことを言っただけだったのに、ちゃんとあの時のことを気にしてたっていうのがわかるんだ。

 私はそれを理解するとようやくほっとして、口元をゆるめられた。

「でも、撫子さんっておせっかいさんね。あのくらいで、こんなに気にしちゃうなんて」

 聖ちゃんもなでなでをやめると、いつも学校で話しているような感じに言ってきた。

「え、へへ、よく言われる」

「そう。ふふ、でも、あのくらいで私が友だちいないって思っちゃうんだ。撫子さんってそういう風に私を見てるのんr」

 これは聖ちゃんが暴走しちゃった私のフォローをするために言ってくれたんだと思う。

 でも、私は実はまだ暴走中で。

「あ、それは……その、昔聖ちゃんがあんまりお友達がいなかったって聞いて、余計に気になっちゃって……あ」

 失礼なことを口にしちゃってた。

「っ…………それ、藍里さんか葉月さんあたりにでも聞いた?」

 一瞬聖ちゃんが見せたほころびにまた顔を熱くしちゃってた私は気づけない。

「う、うん……ご、ごめんね。ひ、聖ちゃんに内緒で昔のこと調べたりなんて、図々しい、よね」

「ふふ、そんなことないわ。撫子さんが私に興味を持ってくれてて嬉しい。それに、時にはそういうのも必要よ?」

 あれ? フォローはしてくれたけど、図々しいっていうの認められちゃった、ような……?

 もちろん、自分じゃ本気でそう思ってるけど、自分で思うのと聖ちゃんに言われるのじゃ全然違う気がする。

 なんだか背筋が冷たくなっていくような感覚になったけど、それよりも聖ちゃんのことが気になった。

「でも、そう……それ知ってる人、あんまりいないんだけどなぁ……」

 それは初めて聖ちゃんが見せてくれた仮面の裏だったのかもしれない。

(今のって……本当だっていう意味、だよね)

 ……ほんと、なんだ。

 藍里ちゃんが嘘をついてるなんて思ってなんかないけど、聖ちゃんにそんな時期があったなんてどこか信じ切れてはなかった。

「確かにね、小学校の高学年くらいまで友だちって言える子はあんまりいなかったな」

「そう、なんだ」

「まぁ、当時は若かったものね。そんな時もあったのよ」

「あはは、そう、だよね」

 五年も経ってないけど。

「でも、今は撫子さんがいるから寂しくないわ」

 そう言って聖ちゃんは私のほっぺに手を添える。

「ふえぇ?」

 私はそれだけで頭が真っ白になっちゃうくらいに恥ずかしいけど、そんな反応が聖ちゃんを満足させるみたい。

「ほぉんと、撫子さんっていいわぁ。話してるだけで楽しくなれちゃうもの」

「あ、ありがとう……?」

 褒められたのか、からかわれたのかよくわからないけど、けど、聖ちゃんにこんな風に言ってもらえるのは悪くない気分だった。

「そんなわけで、昔はともかく今は幸せよ。心配してくれてありがとう、撫子さん」

「そんな、お礼いわれるようなことなんて……」

「私は嬉しかったの。だから、ありがとう」

「うぅぅ……」

 こんな風に笑顔で言われちゃうと、何にも言えなくなっちゃう。私は、本当にそんな大したことなんてしてないって思ってるのに。

 照れてうつむいちゃう私をまた聖ちゃんはなでなでしてくれて、余計に恥ずかしくなっちゃう私だった。

 その後は、聖ちゃんが用意してくれたお菓子におかわりの紅茶を飲みながらいろんなことを話した。

 特に聖ちゃんのお家に来ているっていうこともあって、聖ちゃんのことを聞いたりもした。家族のこととか、お休みの日にどんなことしてるとかそんなよくあるお話しばっかりだったけど、お友達のことをもっと知れるって嬉しかった。

 そんな嬉しい時間はあっという間に過ぎていって、暗くなってきた中私は聖ちゃんのお家を出ていた。

「傘、ありがとう。聖ちゃん」

「いえいえ、どういたしまして」

「今日は、聖ちゃんといっぱいお話しできて楽しかった」

「私もよ、撫子さん」

「それに、聖ちゃんのこと知れたのも嬉しかったよ。あ………」

 また、なでなでとされる。

「私ばっかり聞かれたんじゃ不公平だから、今度は撫子さんことを聞かせてね」

「う、うん……」

「さ、早く帰らないとお家の人が心配するわよ」

「あ、うん。じゃあね、聖ちゃん。また明日」

「えぇ。また明日」

 そう言って私は雨の中だったけど、上機嫌に歩いていった。

「……ふふ。聖ちゃんのことを知れて、ね」

 雨音にかき消される中、

「……笑わせないでよ」

 冷たい瞳と心の底から嘲るような表情で

「……あなたが私の何を知ってるっていうのかしら? 撫子さん?」

 私にこんなことを言ってるなんて夢にも思わずに。

 

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