みどりちゃんを傷つけた。
あの後、私も呆然としちゃっててみどりちゃんを追いかけることができなくて、ちゃんとそのことを考えられるようになったのは夜になってから。
でも、できたのはメールだけだった。
私はひどいことをしたっていう自覚はあるの。
みどりちゃんはきっと訳が分からなくなって、頭が真っ白になって、泣いちゃってて、でも私に会いに来てくれた。
みどりちゃんがどうして私に会いに来てくれたのかわからない。でも、私に会いに来てくれたのは私のことをお友達だって、親友だって思ってくれてるから。
何にもわからなくなって、一番最初に私が浮かんだのかもしれない。
なのに……
私が、何をしなきゃいけなかったのかわからない。けれど、私はしちゃいけないことしちゃった。
それだけはわかるの。
前聖ちゃんが言ってくれたのもあるけど、黙ってたことが悪いって思ってない。でも、それをみどりちゃんに伝えるのは絶対に駄目だった。
それがみどりちゃんを傷つけるだけになるなんて、考えるまでもないことだから。なのに私はそれをしちゃって。
どうすればいいのかもわからなくなっちゃってた。
みどりちゃんは学校には来てて、朝教室に入ってきたみどりちゃんと目があったけど、私は何にも言えなくて、みどりちゃんもすぐに目をそらすだけだった。
怒らせちゃった、傷つけちゃった、嫌われちゃった。
それが改めてわかって、私が悪いのに私が泣きそうになっちゃってた。
それからはみどりちゃんのことばっかりが頭に浮かんでた。授業中も、体育の時も、給食の時もみどりちゃんのことが気になってしょうがなくて、でもちゃんとは考えられなくて、やっぱりまともに見ることもできない。
だって、みどりちゃんと喧嘩するなんて、ううんこんな風に嫌われちゃうなんて、本気で怒らせちゃうなんて初めてのことだったから。
小学校でみどりちゃんとお友達になってからずっと一緒で、仲良しで、些細な言い争いだって記憶にないくらい。
そんな大好きなみどりちゃんを私は傷つけた。
悪いのは私。みどりちゃんは何にも悪くない。
だから、謝らないといけないのは私。
それは、わかってるの。
(……でも………)
放課後の学校を所在なく歩いてたじんわりと涙が浮かぶのを感じて足を止めた。
(どうすればいいの?)
それがまるでわからない。
悪いのは私で、謝らなきゃいけないのは私だってわかってるけど。何を言えばみどりちゃんに許してもらえるのかわからない。
何を言ってもみどりちゃんを傷つけちゃうだけな気がして、どうすればいいのかわからなくて、そんな絶望感に涙が出そうになるの。
(……泣いちゃダメ、泣いちゃだめだよ)
傷ついてるのはみどりちゃんで、傷つけたのは私なんだもん。なのに私が泣くなんて絶対にだめなの!
それはただの意地なのかもしれないけど、泣いちゃダメって思ってた。
「……しこ」
(でも、どうしよう……)
それで、ずっと同じことを考えてる。
「…でしこー?」
(……みどりちゃん……)
う……また、涙がでちゃいそう。
「ふん!」
「きゃ!?」
急に視界がぐるんって変わった。
それは知ってる感覚、髪を引っ張られて顔が傾くときの感覚。
でも、それをしてきたのは
「あ、あれ? 奏、ちゃん?」
こうするのは藍里ちゃんだけだったけど、視線を向けたその先に予想とは違う人だった。
「さっきから呼んでるんだからさっさと気づきなさいよ」
「ご、ごめんね」
私は顔を背けながらそう答えた。
だって、今は泣いちゃいそうなくらいの時。油断したらそのまま涙が溢れちゃいそうなくらい瞳が滲んでるってわかるもん。
「撫子……? 泣いてる?」
「!!? そ、そんなことないよ」
目を合わせたのは一瞬だったはずだけど、奏ちゃんはするどくそれに気づいたみたいで、余計な心配をかけたくなかった私は否定しようとするけど、奏ちゃんはそむけた先に回り込んできて
「やっぱり泣いてるじゃない。どうしたの?」
もう隠すなんてできなくなっちゃってた。
「………なん、でも……ない、の」
それでも私は話せなくて、無駄だってわかってるのにそういうしかなかった。
「そんなんでなんでもないわけないでしょ。話してみなさいよ。何か力になれるかもしれないんだし。だ、大体……」
奏ちゃんは一瞬視線を右へ左へとそらしてから
「友だちでしょ、私たち。撫子に何かあったら力になってあげたいのよ」
そう言った。多分、初めて口にしてくれた友だちっていう言葉。
「…………」
(お友達……)
その言葉が今の私を刺激する。
私はみどりちゃんのこと、お友達って思ってる。怒らせちゃったし、嫌われちゃったかもしれないけど。とっても大切なお友達って思ってる。
(でも、もしかしてみどりちゃんは………)
もう私のことお友達って思ってくれてないのかな? もう前みたいにおしゃべりしたりとかできないの、かな?
きっとそんなことはないって思う。でも、私はそんなこともあるかもしれないくらいにみどりちゃんに嫌われちゃってて………
もし、本当にみどりちゃんと仲直りできなかったら……もしみどりちゃんともう離すこともできなくなっちゃったら……
「ふぇ………」
「な、撫子?」
きゅうって喉が切なくなって、目が熱くなって、ほっぺに雫が伝う。
泣いちゃった。
みどりちゃんとの絶対に嫌な、でももしかしたらきちゃうかもしれない未来に私は涙を流して、
「ふぇえ……うあ…あぁああん」
声に出して泣いちゃってた。
「ちょ、ちょっと撫子。こんなところでいきなり……」
奏ちゃんがびっくりしてるのもわかるけど、そんなのに気がまわせるわけもなくて
「うぁ……ん、ふああ……ええぁああん」
私はとめどなく涙を流して泣くしかできなかった。
「あぁ……もう」
そう言いながら優しく抱きとめてくれた奏ちゃんの腕の中で、私は泣くしかできなかった。
しばらく泣いた。
「……………」
その後、泣き止んだ私を放してくれた奏ちゃんの肩に頭を預けて少しの間黙って。
「……ひっく」
また、少し泣きそうになってしゃくりあげる。
「……………」
「……………」
多分、泣いてたのと同じくらいの時間そんなことをして、奏ちゃんはその間何も聞いてこなかった。
「……落ち着いた?」
私のすすり泣きが収まって少しすると奏ちゃんが心配そうに聞いてくれる。
「………うん」
「……そう。……まったく、いきなり泣き出さないでよ。私が泣かしたみたいじゃないの」
「あ、ご、ごめんね」
悪いことしちゃった、よね。いきなり泣き出しちゃったんだもん。
「べ、別に文句言ってるわけじゃ……というか、私が泣かせたきっかけ作ったのはそうなんだし……私の方、こそ……その……わ、悪かったわね」
「う、ううん。そんなことないよ。奏ちゃんが心配してくれたってわかるもん。なのに……いきなり泣いちゃってりなんかして、ごめんね」
「だから、それはいいわよ。心配っていうか、私のなんて好奇心みたいなもんだったんだから」
(……………)
こんな風に言ってるけど心配してくれたのはわかってるの。奏ちゃんってたまにこういう言い方するから。
「ま、まぁ、それはそれとして帰ろう。もう暗くなってきたし」
「あ、そう、だね」
奏ちゃんの言うとおり、もう外は夕焼けがまぶしかった。奏ちゃんと会ったのはまだ空が青かったのに。
(そんなに、奏ちゃんの前で泣いてたんだ)
なのに、私が泣いてからは、その原因を聞こうとしない。
「…………………」
それが奏ちゃんの優しさだってわかる。
それがわかるから
「あの、奏ちゃん!」
先に歩き出した奏ちゃんを呼びとめて
「………これから、奏ちゃんのお家に行ってもいい?」
勇気が必要だった気持ちを吐き出した。