奏ちゃんのお家は学校から近くて、十分くらいしか歩かなかった。
その間は全然話さなくて、隣を私のペースで歩いてくれる奏ちゃんのこともたまに考えながらやっぱり、頭の中はみどりちゃんのことでいっぱいだった。
「適当に座って」
そんな言葉をもらって、私は奏ちゃんが用意してくれた青いクッションに座る。
(……可愛い、お部屋)
綺麗に片付いてるのもそうだけど、レースのカーテンがあったり、机の上が小物でいっぱいだったり、普段の奏ちゃんのイメージとはちょっと違うけど可愛いお部屋。
「はい」
私はそんな風に周りを見回していると奏ちゃんは飲み物を取ってきてくれて、小さなテーブルを前に二人で並んだ。
「……あの、ごめんね」
「……何いきなり謝ってんのよ」
「いきなり、押しかけちゃったりしちゃって……」
「いいわよ。そんなの。むしろ…っ……」
何か続きがあるはずなのに奏ちゃんは難しそうな顔になっちゃった。
「むしろ……?」
だからその続きを聞いてみようとしたんだけど
「な、なんでもないわよ。というか、このくらい迷惑なわけなわけないでしょ。……友だち、なんだから」
「う、うん」
お友達。
さっき、泣くきっかけになった言葉。
さすがにまた泣いたりはしないけど、でもお友達って聞くと真っ先にみどりちゃんのことが浮かんで……落ち込んじゃう。
「……………友だちと、喧嘩でもしたの?」
「っ!!?」
そんな私の心の中を見たように奏ちゃんは心配そうに……ううん、違うのかな? あ、もちろん心配はしてくれてるってわかるけどそれだけじゃないような悲しい表情をしてた。
「……………………喧嘩、じゃない」
うん、喧嘩なんて言えない。私が悪いだけ。
「……………嫌われちゃったの」
ただ、私が悪くて、嫌われても仕方のないことをしたの。
「ひどい、こと……しちゃったから」
言葉にすることでそのひどいことを思い出しちゃって、また涙が滲んだ。
「………そう」
奏ちゃんはそんな私を苦しそうに見てるのには気づかないで私は泣きそうな顔を見せたくなくてうつむいちゃう。
(…………なんで、私奏ちゃんのお家に行きたいって思ったのかな?)
みどりちゃんのことは話せるわけ、ないのに。
奏ちゃんがじゃなくて、奏ちゃんでも、前にみどりちゃんのことを話しちゃった聖ちゃんでも絶対に話せないのに。話しちゃいけないのに。
でも……一人になるのが嫌だった。泣いて、その時は落ち着いちゃっても現実は何にも変わってないから。ううん、みどりちゃんに嫌われたっていうのをはっきり意識しちゃったら余計に怖くなったから。
だから、一緒にいたかったの。こんなのただの自分勝手なわがままだってわかってるけど、奏ちゃんと一緒にいたかった。
「………撫子は、さ。その友だちのことどう思ってるの?」
うつむく私を見ているだけだった奏ちゃんはどこか戸惑いを含んだ声で聞いてきた。
「え?」
「その友だちは、撫子のこと、その……嫌ったとしても、撫子はどう思ってるわけ? 友だちって、思ってるの?」
「あ、当たり前だよ! みどりちゃんは……あ!」
「みどり……あぁ、日比野、さん?」
「あ、あの……」
「心配しなくても誰にも言わないわよ。でも……あの子と撫子がそんな風になるなんてね」
奏ちゃんは本当に意外そうな声をしたけど、私も同じように意外な気分になった。
「みどりちゃんのこと、知ってる、の?」
「話したことはない」
「え? じゃあ、どうして」
「いつもあんたと一緒にいるから知ってるだけ」
「そう、なの………」
この時、深くは考えられなかった。奏ちゃんの言うことは驚くことではあったけど、まだまだ頭の中はみどりちゃんのことでいっぱいだったから。
「で、話を戻すけど。仲直りしたいのよね」
「う、うん。みどりちゃんは大切なお友達だもん」
「……そ」
(………?)
私が冷静じゃないから余計に思うのかもしれないけど、なんだか奏ちゃんも変なような……?
「撫子が仲直りしたいって思うなら、謝るしかないんじゃないの?」
「っ!!?」
そんなことを考えているといきなり奏ちゃんは耳をふさぎたくなるようなことを言ってきた。
「そのひどいことっていうのが何か聞くつもりはないけど、そうするしかないでしょ。仲直りしたいって思うなら」
「……………」
奏ちゃんの言ってることはあまりにも当然で、もちろん私だって考えたことで、しなきゃいけないって思っていたことで……
でも、絶対にできないって思ってたこと。
「……まぁ、私が言わなくてもわかってるんだろうけどさ」
そう、わかってる。わかってる。……わかって、るの。
悪いのは全部私なんだから謝らなきゃいけないってわかってるの。
でも、
「……だめ、だよ」
「何でよ」
「………きっと、許してくれないもん」
許してくれるわけない。ひどいことをしたんだもん。みどりちゃんのことを傷つけたんだもん。
それになにより、許してもらえなかったら……本当にみどりちゃんとの関係が終わっちゃいそうで、それがどうしようもなく怖くて……しなきゃいけないのに、何もできないでいた。
「……そんなこと言ったら、いつまでもそのままじゃない」
「っ…………」
奏ちゃんはまるで私が目を背けたいところが見えているみたいだった。
「……………」
だから、私は何にも言えない。
奏ちゃんの言うことは正しくて、私がしなきゃいけないって思ったことで……だから、何も言えないの。
「………撫子の気持ち、わかるって言ったら撫子はいい気分しないかもしれないけど。少しは、わかるよ。言えないって言う気持ち」
「ふぇ?」
いつのまにか隣に座った奏ちゃんがどこか遠い目をしながらそう言った。
「……前、友だち……だったやつの話、したじゃない」
「う、うん」
「向こうは私が見てたなんて知らないから、次のあったときは普通に話しかけてきた。私は……が、学校であんなことするあいつのことなんて…もう、お、おかしなやつにしか思えなくて、すごいこと言ってた。そん時は頭に血が上っちゃっててはっきりは覚えてないけど、近寄るなとか、話しかけるなとか、そんなことを大声で言っちゃってた。しかも、教室の中でね」
「そう、なんだ」
「まぁ……そりゃ、向こうはびっくり、しただろうね。なんで、言われたかもわかんないんだし。周りから見たら私が悪いに決まってるし、いろんな人に言われたよ。謝れって」
とっても辛そうな奏ちゃん。そういえば、言ってた。初めて奏ちゃんと話した時。
色々、あって、クラスで浮いてた、し。
「わ、悪いのは学校であんなことしてたあいつだけど。けど、周りが言ってたのも正しいことなんだろうね。……………謝らなきゃ、元に、戻れないのよ」
悔しそうな、悲しそうな、どっちにもとれるような表情で奏ちゃんはそのことを話してくれた。
それは、奏ちゃんが誰にも話してこなかったこと。奏ちゃんが見せてくれた見せたくなかった部分。
「ま、まぁ! 私は別にあんな奴と仲直りしたいなんて思ってないからどうでもいいけど。でも、撫子は違うんでしょ。仲直りしたいって思うんでしょ」
「う、うん」
「なら、取り返しがつくうちにちゃんと謝ったほうがいい。大丈夫よ。ひどいことって言うのが何か知らないけど、撫子は傷つけようと思って傷つけたんじゃないんでしょ? なら、大丈夫よ。ちゃんと謝れば撫子の気持ちちゃんと通じるはずだから」
(……奏ちゃん)
謝らないといけないっていうのはわかってたことで、その背中を押してくれる奏ちゃんの言葉は嬉しくてありがたいものだった。
でも、奏ちゃんの言ってることがなんだか矛盾してるような気もする。
今仲直りしたくなんかないって言ってたけど、それだけが変。本当にそう思ってるなら、私にこんなこと言えないような気がする。
(………もしかして、奏ちゃんは………、奏ちゃんも)
謝りたいのかな?
いつしか、そのことにも心を奪われて奏ちゃんを見ちゃってた。
「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ。黙られると、私が恥ずかしいこと言ってるみたいじゃない」
「あ、ご、ごめんね」
本当は奏ちゃんに聞きたいこともある。でも、今は奏ちゃんが背中を押してくれたことと、奏ちゃんが自分のことを話してくれたっていう奏ちゃんの覚悟みたいなものに私はうんと頷いてた。
「私、みどりちゃんにちゃんと話してみる」
「そ……それがいいでしょうね」
「うん。奏ちゃん」
私は次の言葉を言うために体ごと奏ちゃんに向ける。
「な、何よ」
「ありがとう」
それから自然に出た笑顔でそう言ってた。
「っ! な、仲直りできてから言いなさいよ」
それも間違いじゃないことかもしれない。けど。
(違うよ。今のありがとうは)
私のために奏ちゃんが自分のことをお話ししてくれた。それにありがとうって言ったんだから。
それは、きっと今はまだ口に出すべきじゃなくて私はみどりちゃんにきちんと謝ろうってそう思えていた。