この駅に来る時に行くお店っていうのは大体決まってる。駅の中にあるファーストフード店か、駅を出てすぐのファミリーレストラン。今日は、駅の外に出てるからファミリーレストランの方かと思ってたけど……

「ここにしよぉ」

 行きたいところがあるって言ってたみどりちゃんに連れてこられたのは駅から十分くらい歩いたところ。

 外見は、なんていうのかな西洋風の建物? 三角屋根の入口に鈴のついた入口、おしゃれな窓辺から落ち着いた内装の店内が見える。

 ご飯を食べるところっていうよりは喫茶店みたい。

「いらっしゃいませー」

 ドアを開けて入っていくと女の人の声と、音楽が聞こえてきた。流れるようで力強い音楽。あんまり聞いたことはないけど、多分クラシックっていうやつ。

「こちらへどうぞ」

 ちょっと薄暗い店内を通されて、窓辺の席に座った。

「こういうお店好きだったっけ?」

 二人で違うパスタを頼んでから、運ばれてくるまでの間にみどりちゃんにそう聞いてみる。

 今までだって来たことないし、みどりちゃんがこういうお店に詳しいとも知らない。音楽だってみどりちゃんは苦手な方であんまり歌とかを聞いたりもしないのに。

「ううん〜。でも、ちょっと調べてみたのぉ。………デートだから〜」

「そう、なんだ」

 聞いて納得したような、そうでもないような。何度も言うように私はデートなんていうのは初めてだし、したいって思ったこともない。でも、本とかで見る限りデートいうのはこういうお店の方があってるのかも。

 綺麗なお店だし、クラシックってちょっと大人っぽくて私たちには合わないかもしれないけど、こういうのを雰囲気がいいっていうのかもしれない。

 ただそれ以降あんまり話が弾むことはなくて、運ばれてきたサラダや、パスタについてちょっと話すくらいになっちゃった。

「撫子ちゃん〜」

「なぁに、みどりちゃん」

 それまで料理のことと、お店についてちょっと話すだけだった私たちだったけど、デザートのアイスを食べ始めたところでみどりちゃんはこれまでとは違う雰囲気を出して話しかけてきた。

「あーん」

「ふぇ!?」

 そして、いきなりみどりちゃんがしてきたことにびっくりする。

 みどりちゃんはアイスをスプーンに取るとそのスプーンを私の前に持ってきた。

 何して欲しいかっていうのはわかるけど、

「は、恥ずかしいよぉ」

「だって、デートだもんー」

「う………」

 デート。

 そうやって言われると、どうすればいいのかわからなくなる。

 私はデートっていう実感はないけど、みどりちゃんは……デートのつもり、なんだ、よね? 

 デート、なら確かにこういうこともする、よね。

「あ、あーん」

 今日はできる限りみどりちゃんに応えてあげたいって思ってる私は、すごく恥ずかしかったけどそうやってみどりちゃんのアイスを食べた。

(や、やっぱり恥ずかしい)

 二人きりならこんなことたまにするけど、外でなんて多分初めてだから。顔から火が出ちゃいそうなくらいに恥ずかしかった。

「………えへへー、ありがとうねぇ、撫子ちゃん〜」

 私の姿を見ながらみどりちゃんは、ちょっと申し訳なさそうに言った。

 それは今日見せてくれなかった顔。

「……………」

 思わずそれを見つめて黙っちゃう。

「今日来てくれてありがとうねぇ、撫子ちゃん」

「う、ううん。これくらい全然お礼言われるようなことじゃないよ。私も久しぶりにみどりちゃんとお出かけできて楽しかったから」

「そっかぁ。よかったぁ」

 言葉通りに安心したように笑うみどりちゃん。

(……怒ってないのかな?)

 聞けてないけど、ずっとこのことが気になってる。デートしよって言われた時から、ずっと。

 みどりちゃんの世界が変わったあの日、私はみどりちゃんにすごくひどいことをして、謝りはしたけどあんなのは私の自分勝手な言葉でしかなかったし、みどりちゃんはそのことに関しては何にも言ってくれない。

 こうしてデートをしているんだからただ怒ってるわけじゃないとは思うけど……

「ねぇ、撫子ちゃん〜」

「う、うん」

「どこか行きたいところある〜?」

「え?」

 今日初めてそういうことを言われた。今日はみどりちゃんが全部決めてくれてたから。

「え、えっと……私は、特に、ない、けど」

 本当は、いつものおでかけだったらみどりちゃんと行きたい場所はいっぱいある。駅ビルにあったみどりちゃんの好きなお店や、お洋服だって見てみたいし、どこって決めてるわけじゃないけどみどりちゃんとならどこでも楽しいから。

 でも、今の私はみどりちゃんが連れまわしてばっかりだったから気を使ってくれたのかなくらいにしか考えてなくてそう答えていた。

「そっかぁ」

 みどりちゃんはそんな私を見ながら、複雑そうにうなづいた。想像でしかないけど、安心と不安が混ざったようなそんな気持ちが見える気がした。

「……じゃあ、もう少ししたら、かえろっかぁ?」

「え? もう、いいの?」

 だって、まだお昼を少し過ぎたくらい。いつもだって暗くなる前には帰ってるけどでも、三時とか四時くらいまではいるのに。

「うん〜。もういいのぉ。行きたいところ全部行ったから〜」

「そ、そう……?」

 行きたいところ全部?

 それって、本屋さんとゲームセンターと、このお店?

 それがみどりちゃんの行きたいところ、デートしたいところだったの?

 それはおかしいって思う。だって、全部みどりちゃんが好きだって思えないところなんだもん。本屋さんで見てた歴史とか外国とかの本も、ゲームセンターも、このお店もみどりちゃんが好きだっていうものじゃない。わざわざ興味のないところに行くなんて普通じゃない。そこには理由があるはず。

(……理由?)

 デート?

 今日行った場所。

(あ………)

 何かに気づいた。

 それは、今日ずっと感じてた違和感の正体。

(デート、だったんだ、今日)

 デートだったんだよ。

 私とじゃなくて、

(藍里ちゃんとデートしてたんだ………)

 今日行ったところは全部みどりちゃんじゃなくて藍里ちゃんが好きな場所だ。藍里ちゃんは歴史も外国も好きだし、ゲームも得意、音楽も好きで私は全然わからなかったけど、クラシックがどうって言ってたのも聞いたことがある。

「………………」

 だからさっきアイスをあーんしたりとかもしたんだ。

 私とじゃなくて、好きな人とデートしてるつもりだったから。

 みどりちゃんが考えたデート、だったんだ。

(……みどりちゃん)

 私は胸が痛くなるようなせつなくなるような気分になって顔をうつむける。

「………………」

 そんな私をみどりちゃんが鋭い目で見てることにも気づかないで。

「ねぇ〜、戻ったらだけどー」

「あ!? う、うん」

 いつも通りのみどりちゃんのおっとりした声が聞こえてきて私は顔をあげた。

「学校行ってみよぉ?」

「が、っこう?」

「うん〜」

 私が気づかないでいた表情はもうかけらもなくてみどりちゃんは屈託なくうなづいてる。

 みどりちゃんが今日、藍里ちゃんとじゃなくて、私と行きたかった場所。

 それが今口にした場所だなんて私は気づかないまま

「いいよ」

 って、頷いていた。

 そして、みどりちゃんの心に触れる時がくる。

 

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