帰りの電車の中じゃ全然みどりちゃんと話さなかった。

 今日が藍里ちゃんとのデートだったのに気づいちゃった私は何を言えばいいのかわからなかなかったし、みどりちゃんも何かを考えたよう表情をするだけだったから。

 ガタンゴトンって電車の音だけが人のいない車内に響くだけ。

(……デート、だったんだよね)

 藍里ちゃんといっしょならどこに行こうかってみどりちゃんが考えて、調べて、でも一緒に行きたかった藍里ちゃんじゃなくて私としたデート。

 みどりちゃんはどんな気持ちで今日を過ごしてたんだろう。

 私は藍里ちゃんの代わり、だったのかな? それとも私とお出かけしてるってちゃんと意識してもらえてたのかな? みどりちゃんは楽しかったのかな? 

 ……好きな人とじゃない、デートが楽しい……のかな。

(それとも………)

 まっすぐ前をみつめるみどりちゃんの横顔を覗く。

 いつもほんわかとした笑顔を浮かべてるみどりちゃん、こんな風にいうとみどりちゃんに失礼だけどこんな真剣な表情はめったに見たことがない。

(それとも、他の意味があったのかな?)

 ただ、デートのマネをするだけじゃない意味。

 そんなことを考えてるといつもは長く感じる電車がいつのまにか最寄駅についちゃってた。

 みどりちゃんが立ち上がるのに少し遅れて私も立つと二人で電車を降りて、改札を通って駅の前に出る。

「いこぉ」

「うん」

 それからみどりちゃんと一緒の田圃道を歩き出す。

 家に向かうのとは反対の方向。

 学校に向かってる。

 今日は土曜日だし、部活動とかあるから閉まってるってことはないと思うけど、学校で何するんだろう。

 わざわざ行くんだから、意味があるんだって思うけど、全然思いつかない。

(これも、デート、なのかな?)

 ……違う、かも。

 根拠なんかないけど、なんとなくそんな気がするの。だって、喫茶店でお昼を食べてた時と、今全然違う気がするんだもん。

「私ねぇー」

「っ!?」

 ちょうど学校の校舎が見えてきたところで、ずっと黙ってたみどりちゃんが口を開いた。

「藍里ちゃんのことぉ、本当に好きって思ってるのぉ」

「う、うん」

 歩みは止めることなく、抑揚を感じさせない声を続けていく。

「好きになったのってぇ、きっかけがあったとかじゃないんだぁ。藍里ちゃんのこと、ずーっとかっこいいって思ってたぁ。綺麗だしぃ、小っちゃくてかわいいしぃ、それに誰にでも自分のままで話せるのところとかぁ、一回決めたらちゃんとそれをやりとげるところとか、すごいなぁって。わたしぃあんまりそういうの得意じゃないからぁ、ずーっと憧れてたんだぁ」

 うん、私もおんなじように思ってる。

 藍里ちゃんはすごい。小っちゃくて可愛いっていうのもそうだけど、いつでも自分のまま。それで、いろんな人と衝突したりしてつらいこともあるだろうに、それでも藍里ちゃんは自分のことを曲げない。

 私もみどりちゃんも、本当はこうしたいのにって思っても周りに合わせちゃったりするから、憧れっていうと私も同じ。

「そうやって、藍里ちゃんのこと見てく内にね、もっと近くにいたいって思うようになったんだぁ。今でも仲良くしてもらってるけどぉ、【ここ】じゃやだって思ったのぉ。見てるだけじゃなくて、藍里ちゃんの隣にいたいって思うようになってたぁ。好きに、なっちゃってたのぉ」

「うん………」

「でもねぇ……」

 ちょうど学校について、校門を抜ける。

「……きっと、そんなの無理だって思ってたのぉ」

「………………」

 その一言に私は校門から一歩踏み出したところで足を止めた。

(みどりちゃ……)

 心の中で名前を呼ぼうとしたけどうまくいかなかった。

 みどりちゃんの気持ちがすごく痛かったから、みどりちゃんがどんな気持ちで恋を過ごして、向き合ってたのか、わかるから。みどりちゃんのことならわかるから。

 それと、もう一つ。

 みどりちゃんは私のことをもう怒ってなんかない。そんな浅い気持ちで今日を過ごしてたんじゃない。今だって、きっと、何か大切なことを話そうとしてくれてる。

 それがわかって私はみどりちゃんの隣に戻って、それを待ってたみどりちゃんと一緒に歩き出す。

「葉月ちゃんがいるもん〜。藍里ちゃんの隣にはもう葉月ちゃんがいるもん。私がいたいなぁって思った場所はもう、ううん〜、初めからなかったのぉ。わかってるつもりだったけどぉ……それでも、私……恋をしてたんだぁ」

 みどりちゃんが私に告白してくれた時を思い出す。

 あの時応援しなくてもいいって言ってた。

 それは、もしかしたら……わかってたから、なのかもしれない。

「楽しかったよぉ。今日はいつもよりお話しできたとかぁ、飴もらったりしたとかぁ、二人きりになれたとか……そんなことだけで、毎日すっごく楽しかったんだぁ」

 ゆっくり歩いてたみどりちゃんの足が止まる。

(ここ………)

 そこは中庭の途中で、奏ちゃんとぶつかった場所で、

「……楽しくて、嬉しかったの。好きって思ってから、一緒にいられるのが本当に幸せだったの」

 奏ちゃんの世界が変わった場所で

「だからぁ、このままでもいいかなぁって思ってたのぉ。私だけが恋してるだけでも、お友達のままでも、いいかなぁって思ってたのぉ。えへへ……でもねぇ」

 きっと、みどりちゃんの世界も。

「……見ちゃったんだぁ」

 世界で一番心に響く声。

 空気を震わせて、目から、耳から、体からみどりちゃんの哀しみが伝わってくる。

「びっくりしたぁ……仲いいなぁって思ったしぃ、二人が………そういう関係なのかなぁって思ってたんだよぉ? わかってたんだよ?」

 いつも笑顔のみどりちゃん。優しくて、のんびりしてて、ちょっと流されやすい、私の一番のお友達のみどりちゃん。いろんな姿を見てきた。でも

(泣いてる……)

 みどりちゃんの目にいっぱいの涙。今にも溢れ出しそうくらいで潤んだ瞳を見てると胸が切なくなる。

「頭、真っ白になっちゃったぁ………藍里ちゃんがキスしてるところ……」

 みどりちゃんの表情が崩れていく、いつも笑顔のみどりちゃんの顔がくしゃくしゃに歪んでいく。

「変だよねぇ、そうだって、思ってたのにぃ……心のどこかじゃ諦めてたのにぃ……キス、見たら……そういうのぜぇんぶどこかいっちゃったぁ……」

 ぽたり、ぽたりってみどりちゃんの足元に雫が落ちていく。

 その涙は証。

「へ、変じゃないよ。みどりちゃんが本当に藍里ちゃんを好きだったってことだもん。全然変なんかじゃないよ」

「撫子ちゃん〜……」

「ごめんね。みどりちゃん、私……みどりちゃんのこと全然わかってあげられてなかった。あの時、本当に自分のことばっかりで、みどりちゃんのこと考えてなかった。みどりちゃんは、私に会いに来てくれたのに……」

 みどりちゃんは、キスでそんな風になっちゃったのに、でも……そんな時でも私に会いに来てくれたのに。私は、あの日みどりちゃんのこと傷つけることしかできなかった。

 本当に情けない。

「ううん〜。そんなことないよぉ。あの日、撫子ちゃんが言ってくれたこと……嘘じゃないってわかるもん〜。撫子ちゃんに藍里ちゃんと葉月ちゃんが付き合ってるから、あきらめろ〜なんて言われたら、本当に撫子ちゃんのことぉ、嫌いになっちゃってたかもぉ」

「みどりちゃん………」

 それはすごく嬉しい言葉だった。だって、それは

「だからぁ、ごめんねぇ。……嫌いなんて言っちゃってぇ。撫子ちゃんは私のこと考えてくれてたのにぃ」

「そ、そんな、悪いのは私だよ。あんな時に言うことじゃなかったもん」

「ううん〜。そんなことないよぉ。私の方こそ、撫子ちゃんが私のこと考えてくれてって思えなかったんだもん〜」

「そ、そんな状況だったんだから仕方ないよ。みどりちゃんが謝ることなんてないの」

「違うよぉ。私だって悪かったのぉ」

「そ、そんなことないってばぁ」

 それはいつのまにかの、いつものやりとりだった。

 いつしか私たちはそれに気づいて

「あははは」

「えへへぇ」

 軽く笑い合う。

 もう、みどりちゃんの顔に悲しい色はなくて

「撫子ちゃんってやっぱり優しい〜」

「みどりちゃんのほうが優しいよ。私がみどりちゃんがだったらきっと私のこと許さないもん」

「ううん〜。そんなことないよぉ。撫子ちゃんのほうが優しいもん」

「そ、そんなこと……」

「……撫子ちゃんのこと好きになればよかったかもぉ」

「っ!」

 もう泣いてはいないけど、涙に潤んだ瞳はすごく魅力的で一度目があったらもう離せないほどに吸い込まれそう。

「……………ねぇ、撫子ちゃん」

 みどりちゃんも私から目をそらすことはなくて、静かに私のことを呼んだ。

「な、なぁに?」

「……………今日、デートだったんだよ」

「う、うん」

一歩大きく近づいてきたみどりちゃんのぬくもりを感じる。

「……最後に、したいことがあるのぉ」

 見つめあう私に、みどりちゃんの息がかかる。

「………キス、してみない〜?」

 

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