その日は奏ちゃんと寄り道をする日で、私は放課後になると奏ちゃんが待っているはずの裏門に向かおうと中庭を歩いていた。
「あら、撫子さん」
と、正面から偶然聖ちゃんが歩いてきて私を見つけると小走りにやってきた。
「撫子さん帰らないの?」
「あ、う、うん。えと」
帰る途中だけど、聖ちゃんの質問ももっとも。普通帰るのは正門からで、裏門から出ていく人はほとんどいない。私がいつも正門から帰ってるのは聖ちゃんも知ってるからこう聞いてくるのは当然かも
「人と会う約束があるから」
「あらら、撫子さんってば逢引?」
「ふぇ!? そ、そんなんじゃないよぉ」
奏ちゃんと私は全然そんなんじゃないもん。ただの……あ、もうただのとは言えないかな? 会ってあんまり経ってないけどみどりちゃんのことで助けられたりもしたし、もう仲のいいお友達だよね。
「にはは、わかってるわよ。言ってみただけ」
「も、もう聖ちゃんってば」
「ふふ、怒った撫子さんも可愛いわ」
「っーー」
慣れてきたけど、やっぱりこういうこと言われるのは恥ずかしい。聖ちゃんはどうしていつもこんなことが言えるんだろ。
「ねぇ、ところで撫子さん?」
「な、なぁに?」
「今度のお休み、暇だったらどこか行かない?」
それを聞いた瞬間。
(っ!?)
私は反射的にビクって体を震わせた。
それは遊びに誘われたからじゃなくて、一瞬だけ……その……あの
(聖ちゃんが………)
怖く、見えた、ような………?
本当に一瞬。目を細めて、口元をゆがめて、私を今までにない表情で見た、ような……?
「撫子さん? だめかしら?」
「ふぁ!?」
次の瞬間にはいつもの聖ちゃんに戻ってて、ちょっとだけ寂しそうに聞いてきた。
(わ、私何考えてたんだろ)
聖ちゃんのこと怖く思うなんて。聖ちゃんはいつでも笑顔で、素敵で優しい女の子なのに。
さっき見えたような表情なんて気のせいに決まってるのに。
(……気のせい、だよね)
なぜかもう一度強くそう言い聞かせてから私は聖ちゃんの質問に答えることにした。
「あ、あのごめんね。今度のお休みは予定があって」
「……そう。残念」
(……また?)
また、一瞬だけ聖ちゃんの知らない部分が見えた、ような……?
ただ単純に残念って思うだけじゃない、そんな気持ちがあった、ような……
(っ……そ、そんなことあるわけないよ)
私ってばひどい。聖ちゃんはこんなにいい子なのに変な風に思うなんて。
「んふふ、でも、約束があるんじゃ仕方ないわよね。またの機会にするわ。それじゃあね、撫子さん。また明日」
私が失礼なことを考えてる間に聖ちゃんは軽く私の肩をたたくとそのまま校舎の方へ歩いていった。
「う、うん。またね」
理由もわからずに混乱してた私だけど、それだけはどうにか伝えて
(……なんだったんだろ)
聖ちゃんに思った変なことを少し考えた後に、裏門へ歩き出していった。
もう数分もかからずに裏門へはついたけど
(あれ?)
奏ちゃんがいない。
別におかしなことじゃないんだけど、ここで待ち合わせをするときはいつも奏ちゃん先に来てたからちょっと意外だった。それと、
「撫子」
「ひゃ!?」
いきなり後ろから奏ちゃんが話しかけてきてすごくびっくりした。
「っ、お、大きな声ださないでよ」
でも、もっと奏ちゃんのことを驚かせちゃったみたいでぷくとほっぺを膨らませた。
「ご、ごめんね」
「べ、別に怒ってるわけじゃないわよ」
「う、うん。ごめんね」
「……だから謝るなって言ってんのよ」
「う、うん……ごめ………」
「……もういいわ。行くわよ」
あきれたように奏ちゃんはそう言って先に歩き出しちゃった。
「あ、ま、待ってよ」
慌ててそれについていって、すぐに並んで歩き始めた。
少しの間、いつもと同じように他愛のない話をしながらいつもの公園に歩いていく。
はず、だったんだけど
「そういえばさっき、灰根さんと話してなかった?」
奏ちゃんがちょっと目を細めてそう聞いてきた。
「うん」
もちろん隠すことなんて何もないから私は頷くと
「……ふーん」
(あれ?)
奏ちゃんは少し機嫌悪そうになった。
「仲、いいの?」
「え、えと、う、うん」
いいって、思う。聖ちゃんが私のことをどう思ってるかはわからないけど、少なくても私は聖ちゃんのことそう思ってる、
「奏ちゃん、聖ちゃんのこと知ってるの?」
「別に。でも、なんか気に食わない」
「え?」
急に奏ちゃんが、その……敵意、みたいなものを出しているような気がして、どきりとした。
「ど、どうして?」
お友達がお友達に悪く言われるなんて嫌で私はその訳を聞かざるを得ない。
「……なんか、軽い気がするから」
「っ………」
なんとなく、だけどわかった。
奏ちゃんはキスとか、そういうことを、いけないことって思ってる。
それで聖ちゃんは、軽いっていうのは違うって思うけど、でも、キスをしたことはあるって思う。それも、多分……一回とか、二回じゃないくらいに。はっきりとはわからないけど、それはきっと間違いないって思う。
奏ちゃんはそれをわかってるってわけじゃないと思うけど、何となくそれを察してこんなこと言っちゃってる。
聖ちゃんを悪く言われるのはやだけど、奏ちゃんの気持ちもわかる。
だから何も言えないで黙ってると
「あはは、悪かったわね。いきなり変なこと言っちゃって」
奏ちゃんは私が困ってるのをわかってくれたみたいに笑顔になってくれた。
「う、ううん」
「ま、そんなことよりも明後日のこと話そう」
「う、うん」
そして、この日私たちはもう聖ちゃんのことに触れないで明後日のこと、聖ちゃんの誘いを断った理由のこと、やっと実現する二人でお出かけすることについて話し合った。