あの日結局奏ちゃんのことは追いかけられなくて、夜に一通だけメールが来ただけだった。

 そこではごめんって言ってくれてそれは安心したけど、電話は出てくれなかった。

 それで週が明けた月曜日。

「おはよ。撫子」

 校門を抜けると同時に奏ちゃんが話しかけてきてくれた。

「お、おはよう」

 そんなことされるとは思ってなかった私はおっかなびっくりに応えて、奏ちゃんが寄ってくるのをまった。

「ちょっといい?」

「う、うん」

 うなづきながら私は一緒にいるみどりちゃんに目配せをするとみどりちゃんは、じゃあ先に言ってるねぇと気を利かせてくれた。

 それから校舎までの道とは離れて人気のあまりないところに行くと、

「この前はごめん」

 奏ちゃんは申し訳なさそうながらも明るくそう言ってくれた。

「あんなとこであいつを見るなんて思わなかったから、ちょっとショック受けたっていうか、びっくりしちゃったっていうか」

(ちょっと、じゃなかったよ)

 どう考えても普通の様子じゃなかった。

 そもそも嫌いって言ってた人を、ううん、嫌いなんじゃないっていうのはわかってるけど、仲直りしたい人を偶然見かけたっていうにしては尋常じゃない驚き方と、ショックの受け方だったよ。

 そう、まるで

(………まるで?)

 何かが頭をよぎったけど、それは一瞬で答えがうまく出てこない。

「と、とにかく、もうあのことは気にしてないから」

「………うん」

 そんなわけは、ないよ。

 そのことはわかるけど、何もわからずに奏ちゃんの心に踏み込んでいく勇気となにより資格がないような気がして私はこの場じゃ頷くしかできなかった。

 

 

 それで、お昼休み。

「あの、白雪、さん」

 私に思いもしなかった人が訪ねてきた。

「伊藤さん」

 そこにいたのは、この前学校じゃない場所で見た人。

 奏ちゃんをあんな風にした人。

 奏ちゃんの親友【だった】人で、奏ちゃんが仲直りをしたい人。

 伊藤静夏さん。

「ちょっと、話があるんだけど、いい?」

「う、うん」

「ありがとう。じゃあ、場所変えない?」

「うん」

 そういうってわかってた。伊藤さんが私に話しかけてくる理由なんて奏ちゃんのことしか考えられなくて、多分それはこんな教室で話すようなことじゃないから。

 少しだけ、こんなところを奏ちゃんに見られたらどう思われるかなって不安にも思ったけど、でも、奏ちゃんのためにも伊藤さんとお話したい。

 それはきっと奏ちゃんの力になる鍵になるはずだから。

(ここは………)

 伊藤さんに連れてこられた場所はある意味よく知ってる場所だった。

「ここ、あんまり人こないから」

 そこは、私が何度か意識をしてみることがあった場所。ううん、もう意識してしか見れなくなっちゃった場所。

 奏ちゃんが伊藤さんのキスを目撃した場所だった。

「急に、ごめんね」

「ううん。話って奏ちゃんのこと、だよね」

「っ。うん」

 ここに来た理由をわかってる私は先にそう言っていた。伊藤さんが話しやすいようにっていうのもそうだけど、私が早く聞きたかったから。

「最近、よく奏ちゃんと話してる、よね」

「……うん」

 奏ちゃんに聞かせてあげたい言葉。こういえるっていうのは、奏ちゃんのことを気にしてみてるっていうことだから。

「奏ちゃん、私のこと何か、言ってた?」

 伊藤さんはすごく心細そうだった。きっと伊藤さんも奏ちゃんと仲直りをしたくて、だから私に声をかけたりなんかもしてくれたけど、もし私から聞きたくないことを、例えば、嫌いだって言ってたなんて言われたりしたらとかって不安でもあるんだ。

「………………」

 だから私は言葉に詰まっちゃう。

 そんなことしたらその分伊藤さんを不安がらせちゃうんだってわかってるけど、どんなふうに言えば二人の、奏ちゃんのためになるのかわからないもん。

 奏ちゃんは伊藤さんと仲直りをしたい。私はそう思ってて、力になりたいって思ってる。だから、迷うの。

 今ここで私が変なことを言えば、二人の関係が余計に悪くなっちゃうかもしれない。仲直りなんてできなくなっちゃうかもしれない。私の、せいで。

「………あの、白雪、さん?」

 否定も肯定もしない私を伊藤さんは不思議そうに、でも不安そうに呼んだ。

 ここで黙ってるのだって良くない。

 黙るっていうのは、悪い意味で話してたって言ってるようなもの。そんなのは違うんだから、ちゃんと言わなきゃいけないけど。

(けど………)

 私のせいで仲直りができなくなっちゃうかもしれないなんて、絶対にだめ。ううん、やだよ。

「あ、ご、ごめんね。変なこと、聞いちゃった、よね」

 迷うだけで何にも言えない私についに伊藤さんは音を上げて、切なげな表情になった。私の沈黙を予想通りに悪い意味にとったっていうのがわかる。

 それも、だめ。伊藤さんのほうが奏ちゃんと仲直りできないなんて思ったら、奏ちゃんだってもっとできなくなっちゃう。

(だめ、だめだよ、そんなの)

 奏ちゃんは仲直りをしたいって思ってるはずだもん。

 それが不確かな思いだとしても、それを信じよう。奏ちゃんの気持ちを信じよう。

「あ、あの!」

 私は気持ちを確かめるように胸の前で両手を合わせてから大きな声をだした。

「か、奏ちゃんからは、ね。色々、聞いたよ」

「そう、なんだ」

 これだけで伊藤さんは顔をうつむけた。

 長い沈黙から出てきた私の言葉はいい意味を持たないことくらい想像できるから。だから、私は隠さない。

 奏ちゃんが仲直りをしたいって思っている気持ちを信じるしかないの。

「でも、ごめんね。何を聞いた、とかは話せない」

「……うん」

「でも、それでも! 私、思ってるの。奏ちゃんは伊藤さんのこと嫌いになんかなってないって、仲直りしたいんだって私、そう思うの。奏ちゃんは、伊藤さんのことが今でも好きだって」

(好き……?)

 話しながらその言葉に、朝感じたのと同じ疑問を感じた。

 でも、今はそれを気にしている余裕はないから。

「だ、だからね。き、聞かせて。奏ちゃんと伊藤さんのこと。私、奏ちゃんの力になりたい。だから、知りたいの。奏ちゃんのこと、もっと。ちゃんと力になれるように」

 図々しいこと言ってる。奏ちゃんとすら話すようになってからは一か月くらいしか経ってないし、伊藤さんに至っては今初めてちゃんと話してる。なのに、二人のことを聞き出そうだなんて。

 でも、知らなきゃ何もいえない、何もできないから。

「だから、お願い」

 私は真剣な目で伊藤さんのことを見つめた。

「……………」

 伊藤さんは急に態度が変わった私にびっくりしたようできょとんってなったけど

「うん」

 頷いてくれた。

 それから伊藤さんは気持ちを切り替えるためか、少しの間目を閉じて私は答えを待つ。

 これが奏ちゃんのためになることなのか、それはわからない。でも、何かを知ればちゃんと二人のことをしれば、もっと奏ちゃんの心に手を伸ばせるかもしれない。

「私と、奏ちゃんってね」

 話し始めた伊藤さんは懐かしそうな目をしている。今は離れちゃった奏ちゃんとの距離。それが誰よりも近かったころのことを思い出している。

「お母さん同士が仲良くてね、小さいころ、本当に赤ちゃんのころからずっと一緒だったの。幼稚園の時も、小学校の時もいつも一緒だった。小さい学校だったからクラスもほとんど一緒で、休みの日も会わないことの方が少ないくらいだって思う」

(私と、一緒だ……)

 私とみどりちゃんと一緒。私たちは小学校からの付き合いだけどいつも一緒だったっていうのは同じ。

(みどりちゃん………?)

 そして、一瞬奏ちゃんとみどりちゃんのことが重なる。

(あれ? どうして?)

 みどりちゃんと奏ちゃんは似てないはずなのに。でも………

「中学校がクラス一緒になったのは今年が初めてだったし、前に比べたら休みの日に会うのも少なくなってたけど、でも、ずっと仲良し、だったの」

(あ……)

 少しの間自分のことにぼーっとしちゃったけど、すぐに私は切り替えて伊藤さんの話に耳を傾けた。

「なのに………」

 伊藤さんの声が震えだした。

 声だけじゃなくて、体も、心も震えてる。

 見てはいないけど、私も知ってる。その時。

「急に、ね。嫌われちゃった、の。朝、いつもみたいに声をかけただけ、だったのに………」

 奏ちゃんが、伊藤さんにひどいことを言ったっていう、その時。

 私だったら、みどりちゃんに言われるようなもの。

 ……想像しただけで怖いのに、実際に言われたらどれだけ恐ろしいのかわからない。

「話しかけないで、とか……近寄らないで、とか……急に、そんなこと言われちゃって、その後も……話しかけようとしても、全然聞いてくれなくて、もうずっと話も、してないの」

「あ、あの……も、もう大丈夫。ご、ごめんね。つらいこと思い出させちゃって」

 泣き出しちゃった伊藤さんの背中を軽く撫でながら私は、二人のことを考える。

(やっぱり、変)

 二人が本当にものすごく仲が良かったっていうのは、こうして泣いちゃった伊藤さんを見ればわかる。

 私とみどりちゃんみたいに本当に二人ずっと一緒に歩いてきたんだ。楽しいことも嬉しいことも、時にはつらいこともあったかもしれないけどそれをずっと二人で分かち合ってきた。

 それは、簡単に崩れるようなものじゃないはず。

 そうたとえ、学校でキスをしてるところを見たって。

 驚きはするし、戸惑う。そういうのがごちゃまぜになって、嫌いっていう気持ちが生まれることもあるかもしれない。

 でも、やっぱりそんなことはないって思う。そのくらいで壊れるような絆じゃないはず。

「ひく……ご、ごめんね……ひく」

「ううん、私のほうこそ」

 抑えようとしていても涙が流れている。それが、二人の絆の強さ。

(……あれ?)

 その涙を見て、私はあることを思い出す。

 それは、奏ちゃんを初めて意識した日。奏ちゃんの世界が変わった日。

 あの時、奏ちゃんは泣いてた。

(なんで、泣いてたんだろう)

 ううん。わかる。わかるよ。泣きなくなるような気持ち。私だって、理由はよくわからないけどそんな気分になったもん。

 でも、あの時の奏ちゃんの涙はそういうのじゃない気がする。

 そう、まるで

(……っ。そう、だ………)

 奏ちゃんのことを考えるとどうしてか頻繁にみどりちゃんのことが頭をよぎってた。そのたび私は、不思議に思ってたけど………不思議なんかじゃなかった。

 そっくりだ。

 みどりちゃんと奏ちゃん。

 みどりちゃんが流した涙と、奏ちゃんが流した涙は一緒。

 そう、奏ちゃんが泣いたのだってきっと当たり前。

 みどりちゃんは藍里ちゃんのことを、好きだった藍里ちゃんがキスをしているところを見て、泣いてた。

 奏ちゃんも同じだ。

(奏ちゃんは………きっと)

 背中を撫でながら、私は胸が切なくなるのを感じながら伊藤さんを見つめる。

(きっと、伊藤さんのことが好きだったんだ)

 

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