(私って悪い子なのかな……?)

 お昼休みになっても私は聖ちゃんとの朝のことが頭から離れなかった。ううん、今日だけじゃない。

 私の世界が変わってから聖ちゃんにずっとお世話になってきたのに、私は聖ちゃんんのことをたまに怖く思っちゃう。ううん、怖いっていうのかよくわからない。

 とにかく、聖ちゃんのことを少しだけそんな風に思っちゃうの。

 聖ちゃんはいつも落ち着いてて、優しくて笑顔が素敵な女の子なのに。

「はぁ………」

 自然に出るため息にまた落ち込んで私は教室に戻っていくと

「っ……」

 思わず足を止めた。

 別に、何か衝撃的なものを見たわけじゃなくてただ藍里ちゃんとみどりちゃんが二人きりで話してるだけ。

 みどりちゃんの席と前の席に座って楽しそうに話してる。

(……………)

 ちょっとだけドキドキする。

 どんな気持ちで藍里ちゃんとお話をしているんだろう。

 今でもきっと藍里ちゃんのことは好きなままのはず。でも、それを心の奥に隠して過ごす。好きな人と二人きりになれても。

(つらく、ないのかな)

 ううん、こんなこと考えちゃだめだよね。みどりちゃんが自分できめたことなんだもん。私なんかがその決断を踏みにじるようなこと考えちゃだめだよ。

 私は二人の気持ちを知っちゃってるから考えすぎちゃうのかもしれないけど、私は何も知らないふりをしなきゃ。

 きっとそれが一番いいことなんだよね。

 私はそう思って改めて教室の中に入って行こうとするとちょうど藍里ちゃんが席を立った。

 それにタイミングを逃して、私は別の扉から出ていく藍里ちゃんを見送った後またみどりちゃんに視線を戻すと

(あ…………)

 一瞬だったけどみどりちゃんは明らかに寂しそうな顔をした。

 それはもしかしたら当然の反応なのかもしれないけど、今みどりちゃんの前に出ていくのは悪い気がして私はその場を後にした。

 

 

 今日も奏ちゃんと一緒に帰る。

 とは言っても昨日みたいに公園に寄っていくわけじゃなくて、本当に一緒に帰るだけ。

「明日、話す」

「え?」

 校門を出て少ししたところで奏ちゃんはいきなりびっくりするようなことを言ってきた。

「今日、呼び出しておいたの。明日の放課後話ししようって」

 それは本当にびっくりしたこと。昨日奏ちゃんは謝るとは決めてたけど、そうじゃないところ、つまり好きって伝えるかどうかっていうところは全然決められてないみたいだったから。

 一日経ったくらいでもう行動を起こしてるところにびっくりした。

「んでさ………」

 歩きながら私の視線は隣の奏ちゃんにくぎ付けになる。

「よかったら明日付き合ってくんない?」

「え?」

「あぁ、その場にいてって言うんじゃなくて、終わった後……話がしたいって言うか……その、一人になりたくないから」

「………うん」

 切なそうな奏ちゃんの横顔。

 こんなことを言うっていうことはもう決めてるのかな。どっちにするか。

「それでさ……」

 あ、次奏ちゃんが何を言おうとしてるのかわかった気がする。どっちにするかっていうことはわからないけど、そのことを話そうとしてるってなんとなくわかった。

 真剣なまなざしとどこか不安そうで自信なさ気な表情。

 みどりちゃんも似たような顔をしてたのを覚えてる。

「言わないことにする」

「……………」

 心の準備ができてなかったら思わず足を止めちゃってたかもしれないけど、どことなく予想をしていたことに顔をそむけるだけで済んだ。

「やっぱりさー、しょうがないし」

 奏ちゃんは少し早口になった。

「ただ喧嘩したとかなら、言ってもいいかもしれないけど。無駄に困らせちゃうしね。仲直りに行って気まずくさせたらなんのためにするのかわかんないし。だから………謝るだけにしとく」

「うん………」

 奏ちゃんの言葉はどこか私にっていうよりも自分に言ってるような響きがあった。というよりも、本当に自分に言ってるのかも。

 奏ちゃんは悩みぬいてこういう結論を出した。でも、悩めば悩むほど本当にそれでいいのかなってきっと思っちゃう。

 だから奏ちゃんは私に言うことで自分の中の迷いを少しでも消そうとしているんだと思う。

 正解はないけど自分で決めなきゃいけない。そんな大きな悩みは私にはまだ経験ないことだけど、でも奏ちゃんがそう決めたのなら私はそれを支えてあげなきゃだよね。

「それで、いいの?」

「っ」

 奏ちゃんが立ち止った。

(あ、あれ?)

 そのことを受けて私は今自分が何かおかしなことを言った気になる。

 今私、何言ったっけ?

 それでいいの? って言わなかった? 

「っ………」

 奏ちゃんの悔しそうにも見える表情が私に自分がしたことを確信させる。

 言った、よね。

 え? な、なんで? そんなこと言うつもりなかったのに。で、でも………え?

 そ、そうなんだか一瞬昼休みに見たみどりちゃんの顔が浮かんで気づいたら、言おうとしてたのと逆のことを言っちゃってた。

「……………」

 奏ちゃんはまだ歩き出さない。私も近寄れないで数歩進んだところで奏ちゃんをみるしかできないの。

 ごめんって言わなきゃいけないはずなのに何にも言えないよぉ。

 だって、わかんない。ううん、わかんなくても私なんかが奏ちゃんが一生懸命なやんだことに口出ししちゃいけないんだから謝らないと。

「あ、あのね」

 謝らなきゃ。

「だ、黙っててもね、きっと後悔しちゃうよ」

 あれ? また。言おうとしてたのと別のことを言って。

「……っ」

 口をつぐむ。い、今私おかしい。思ってるのと逆のことを言っちゃう。

 謝らなきゃ。私なんかがこんなこと言っちゃいけないんだから。

「……………続けて」

「え?」

「言いたいことあるなら言いなさいよ」

 低い声で奏ちゃんは私にそう言ってきた。

 それは何とも言えない威圧感があった。

「う、うん」

 怒ってるようにも思えたけど、これには謝るよりもちゃんと言わなきゃって思った。

「自分の気持ちに嘘をついたまま仲直り、しても、きっと……後悔、しちゃう、よ」

「……………」

「だ、だって、ね。好きな人がすぐそばにいるのに、知らないふりするなんて……つらいこと、だよ」

 うまく言えないし、勝手なこと言ってるのはわかってるよ。それにみどりちゃんの気持ちを、決断を私が勝手に穢しちゃってる気さえするけど。でも……

「きっと、言えばよかったって思うようになっちゃうよ。それって悲しいことだよ」

 みどりちゃんが本当に後悔してるかはわからない。けど、全然してないってこともないと思うの。

ううん、後悔するってわかってたから、私にはちゃんと告白してねって言ったのかもしれない。

「っは」

「っ!」

 奏ちゃんがバカにしたように笑った。

「あんたさ、そういう経験ないんでしょ。それなのに、よくそんなことが言えるわね」

「う………」

 そう言われたら何も言い返せない。

「あんたの言うこと間違ってないかもしれないけどさ、それって告白したって一緒なんじゃないの? したらしたでしなきゃよかったって思うもんなんじゃない?」

「それは……そう、かもしれないけど……」

「でしょ、なら……」

「でもっ……」

 奏ちゃんの言葉をさえぎって私はそう口にしてた。

 それから奏ちゃんと視線を合わせて

「気持ちを伝えたほうがいいって、思う」

 また勝手なことを言っていた。

「……………撫子」

 厳しい表情で奏ちゃんが私を見てる。

 かと、思うと奏ちゃんはいきなり歩き出した。

「あ……」

 私の前を通り過ぎながら

「帰る」

 と一言だけ口にして。

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